「おめでとうございます。良かったですね。
お子さんは、神様からのギフトですよ・・・・・」
神様からのギフト?
なぜギフトなのか、私も耳を疑った。
「最初は、冗談をいって励ましているのかと思いました。
でも、本当に神様からの贈り物だって気づきました。
この子はどこか違う。育てにくい。夫婦喧嘩の原因にも
なっている・・・そう、私は自分のことばかり考えて子どもを
見ていたのです。できないことばかりを意識し、躾と称して
子どもを叱責していたのは、実は私の方だったのです。
言う事を聞かないとぶったりもしました。
その度にジュンイチはおびえていました。
脅しという罰を利用して、なんとしてもジュンイチを他の子
と同じようにしようと「支配」していたのです。」
母親は涙目になっていた。
「保護者会の方から言われたのは、自閉症の子を育てると、
実は、親の方が育てられていること。
何よりも互いに磨き合うことにより、共に輝いていく最高の
機会を子どもが提供してくれているといってくれました。
子どもが、「親育て」をしてくれるのです。
教育とは、「共育」と書くそうです。そして、「協育」であり、
大切なことに気づいたら、明日からではなく、今日から・・・・
そう「今日、行く」(キョウイク)とのこと。
親を親として、親をひとりの人間として育ててくれるわが子。
いつも他の子どもと比較して、うちの子はおかしいとか、
うちの子は、遅れているとか、常に他の子と比較しながら
わが子を見ていたのです。」
そして、忘れられない一言を耳にする。
「比較は暴力ですね。私は、ジュンイチにも主人にも、
比較による暴力をふるっていたことに気づきました。」
比較は暴力???
初めて聞く言葉だった。
人間は、比較することにより、今の自分の立場に安心したり
不安になったり、怒りや嫉妬を覚えたりする。
常に、誰かと、何かを比較しながら自分を計っている。
「自分がいかに無意識で比較していたかを、恥ずかしながら
その時初めて気づきました。
いつの間にか主人のせいにしたりしていたのです。
世間の体裁ばかり気にする、そんな私の意識を根底から
変える為に神様がこの子を預けてくれたのかもしれない。
心からそう思えるようになったのです。
そして、久保先生はじめコーチの皆様との出会い・・・
先生たちは、自閉症の子たちを他の子と比較せず、本気で
指導してくれています。みなさんのひた向きな姿に、本当に
ありがたく感謝で胸がいっぱいです・・・・」
ジュンイチの母親はここからは、言葉にならなかった・・・
「比較は暴力」・・・・一生忘れられない言葉・・・
普段、比較してばかりいる自分が脳裏に浮かんできた。
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