昨日このような記事を
書かせて頂きました
ご相談者様が
「理解をする」について
ご質問くださりましたので
もう少し詳しく書いてみようと思います。
「理解をする」に一番近いのは
「この人から見ると、
この出来事はこう見えるのだな」
と考えることが
「理解する」に近いと思います
ですが、
例えば
「この人は幼少期親にDVを受けて育ったから、私に暴力を振るうのだろう」
と理解をしても、
「だから殴られ続けよう」
というのは違いますよね?
「なぜそうしたのか」は理解しても
「その行動を受け入れる」かは
別問題ということです
自分には自分の感覚があるように
相手には相手の感覚があります。
「この人はこうなのだ」
と理解をするから、
自分の思い通りにならなくても
相手を尊重し、
寛容になることが
出来るのだと思います
