こんにちは


明け方に実家で飼っていた愛犬が天国にいきました。




私が学生時代にもらってきた子を、母は最期の最期まで、苦しくないないようにと病院に度々連れて行き点滴や酸素療法等のケアをしてもらっていました。






離れている私ができない分、私に代わってずっとお世話をしてくれていました。




具合が悪くなって1年間は、動物病院で処方された利尿薬と狭心症薬を内服し心臓の負荷を軽くしコントロールができていましたが、ここ1週間で状態が悪くなりました。




私と母は、治療を続けるのか自然に任せる方がこの子にとって楽なのか相談をしていましたが…




母にとっては、14年以上近くにいる愛おしい存在の子が苦しんでいる事に何とかしてあげたい気持ち、安らかに最期を迎えるための準備をしてあげたいという思いが当然強くなります。




私としては、色々な考えからこの時期に無理に栄養を入れるのはどうだろう、余計に辛くならないだろうか。と悩ましいところでした。


が、母の気持ちがわかり辛い気持ちになります。

側にいるのは私ではないから。

私は何もできていないから。








これは、人にも同じことが言えますね。




食事も水分も受けつけなくなった時

延命のために、いつまで治療を続けるのか。




最期だと思っても、最期ではないかもしれない。

本人はまだ生きたいかもしれない。

そのタイミングを看取る側が決めることなんてできない。




けれど、看ている側の精神的、身体的負担がかかることは事実です。


また、お金と命は繋げたくないけれど、経済的負担が大きくなることも避けられない問題です。



それがいつ終わるかもわからない。

いつまで続くかわからない介護の負担ははかりしれません。

 


改めて命の終わり方、看取りについて考えてしまいました。



 



 


側にいられない自分に罪悪感がありましたが、母には本当に感謝しています。
 


 亡くなる直前まで
歩いて自分の足でおしっこに行けたね。
撫でてもらいに歩いて近くまで歩いていけたね。


忘れないよ
本当に、今までありがとう。