今の私である。
独身の頃、頼るものは自分自身だった。
他には何もない。
何かあれば自分で対処するしかない。
自分でやったことの責任は自分に降りかかる。
何をやろうとも自分の責任出自分に還ってくる。
当たり前のことだ。
仕事では今でもそうだ。
だけど少し違っていた。
結婚してから護るものが出来た。
子供が産まれてからは、家内の他に護るものが増えた。
自分一人で決断することでも、その結果は家族にも降りかかる。
「あの人の奥さんよね」とか「PTA会長の子供」とか。
他にも色々、自分で決めたことが自分に還ってこず、家族やその両親にまで及ぶ。
自分の人生なのに、自分の自由にならない歯がゆさの中生きていた。
自宅に帰れば、口の減らない家内が居て、言うことを聞かない子供達が居た。
窮屈だった。
バツイチになり、ようやく何でも自分の自由になった。
マンションに帰っても縛られることはない。
好きな音楽も、念願のアダルトDVDも、ゆっくり本を読むことも自由になった。
でも、何故か寂しい。
人恋しい。
人の温かみを感じたい。
何故だろう?
人は自分に無いものを求めるようだ。
私は独り、我慢を覚えなくてなはならない。
家というのは、家族が居て自分の甘えを赦してくれるところだったのだろう。
窮屈差ばかり見ていて気が付かなかっようだ。
今や甘えるところは無くなったのだ。
どこにも…
自分に甘えて生活して良いものだろうか? 解らないことだらけが目の前にコロンと転がってくる。
金魚鉢に浮いている根無し草のように移ろうばかりだ。
Android携帯からの投稿
独身の頃、頼るものは自分自身だった。
他には何もない。
何かあれば自分で対処するしかない。
自分でやったことの責任は自分に降りかかる。
何をやろうとも自分の責任出自分に還ってくる。
当たり前のことだ。
仕事では今でもそうだ。
だけど少し違っていた。
結婚してから護るものが出来た。
子供が産まれてからは、家内の他に護るものが増えた。
自分一人で決断することでも、その結果は家族にも降りかかる。
「あの人の奥さんよね」とか「PTA会長の子供」とか。
他にも色々、自分で決めたことが自分に還ってこず、家族やその両親にまで及ぶ。
自分の人生なのに、自分の自由にならない歯がゆさの中生きていた。
自宅に帰れば、口の減らない家内が居て、言うことを聞かない子供達が居た。
窮屈だった。
バツイチになり、ようやく何でも自分の自由になった。
マンションに帰っても縛られることはない。
好きな音楽も、念願のアダルトDVDも、ゆっくり本を読むことも自由になった。
でも、何故か寂しい。
人恋しい。
人の温かみを感じたい。
何故だろう?
人は自分に無いものを求めるようだ。
私は独り、我慢を覚えなくてなはならない。
家というのは、家族が居て自分の甘えを赦してくれるところだったのだろう。
窮屈差ばかり見ていて気が付かなかっようだ。
今や甘えるところは無くなったのだ。
どこにも…
自分に甘えて生活して良いものだろうか? 解らないことだらけが目の前にコロンと転がってくる。
金魚鉢に浮いている根無し草のように移ろうばかりだ。
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