公費をかけて海を埋め立てて生み出した県有地を、なぜ県民の資産として保有・活用するのではなく、所有権ごと分譲したのでしょうか。



例えば、造成原価が高いのに地価下落後に安く分譲していたなら、買った側には有利でも、県企業庁には損失という可能性があります。逆に造成費以上の価格で売却し、事業費を十分回収できているなら話は違います。

なので「誰が得した?」を本当に答えるには、

潮芦屋の総事業費・土地取得/埋立造成費・分譲収入・分譲単価の推移・企業庁の最終損益を見る必要があります。とな。悲しい


兵庫県企業庁が手がけてきた潮芦屋について、改めて考えると疑問があります。

県が海を埋め立て、多額の事業費をかけて土地を造成し、住宅用地や業務用地として分譲してきました。県企業庁の資料によれば、潮芦屋事業の収入は約1,407億円、支出は約1,651億円で、事業収支は約244億円のマイナスと推計されています。

一方、土地が民間に分譲され、住宅や事業所が建てば、その後の固定資産税や都市計画税などは芦屋市の税収になります。住民が増えれば、市民税などの税収にもつながります。

もちろん芦屋市にも、道路や公園をはじめとする公共施設の維持管理など、街ができた後の負担があります。

しかし、大規模な埋め立てや造成という事業リスクを県企業庁が負い、結果として事業収支が約244億円のマイナスと推計されている一方で、完成した街から生まれる税収は地元市に継続的に入っていく。

こうして考えると、県が大きな負担をして芦屋市の将来の税源をつくったようにも見えます。

初期段階では、広域自治体である県が大規模開発を担わざるを得なかった事情もあったのでしょう。

だからこそ、分譲が進み、街として成熟した後まで県企業庁が関与し続ける必要があるのでしょうか。

県が担うべき役割を終えた地域については、市町や民間に任せ、企業庁は撤退する。その「出口」を最初から明確にしておくことも、公営企業の経営には必要ではないかと思います。

県民全体が負うリスクと、開発によって地元市が受ける長期的な利益。そのバランスが本当に適切だったのか、一度きちんと検証する必要があるのではないでしょうか。ニヤリ 


兵庫県、特に阪神間から神戸にかけては、本当に埋立地が多い。

もともと臨海部では、県などが海を埋め立て、工場や物流施設などを誘致するための事業用地を整備してきました。産業を呼び込み、雇用を生み出し、地域経済を発展させるために新たな土地をつくる。当時の埋め立てには、そうした明確な目的がありました。

ところが時代が進むにつれ、埋め立ては工業・港湾用地だけではなく、住宅地や商業地を含めた「街そのものをつくる事業」にまで広がっていきます。

潮芦屋もその一つです。

県が海を埋め立て、多額の事業費をかけて土地を造成し、住宅用地や業務用地として分譲する。

しかも兵庫県企業庁の資料では、潮芦屋事業は収入約1,407億円に対して支出約1,651億円、事業収支は約244億円のマイナスと推計されています。

土地を分譲すれば、その後に建つ住宅や事業所から固定資産税や都市計画税などが地元市の税収として継続的に入ります。

もちろん市側にも道路や公園などを維持していく負担があります。しかし、大規模な埋め立てと造成というリスクを県が負い、土地をつくり、街をつくった結果、県企業庁側には大きな収支不足が残る一方、完成した街から生まれる税源は地元自治体に残っていく。

ここに私は疑問を感じます。

工場や港湾施設など、兵庫県全体の産業基盤を整備するために県が埋め立てを行う必要性は理解できます。

しかし、住宅地まで県が大規模に造成し、最終的に土地を分譲して所有権を手放すところまで、県が担う必要があったのでしょうか。

せっかく県が海を埋め立てて生み出した土地です。

売却するだけではなく、県民の資産として所有し、貸付によって長期的な収入を得るという選択肢はなかったのか。売却するのであれば、造成費や利息まで含めて県民に十分な利益が還元される価格・事業設計になっていたのか。

兵庫県には数多くの埋立地があります。

だからこそ、過去の埋立事業について「土地が売れたから成功」で終わらせるのではなく、造成にいくらかかり、いくらで売り、最終的に県に何が残ったのかまで検証する必要があると思います。

県民のお金と県の信用力を使って生み出した土地です。

誰のための開発だったのか。
そして、その利益は最終的に誰のところに残ったのか。


埋め立てなくてもよかったんじゃないってずっと思ってました。