香椎なつさんから、
「兵庫維新の会」に苦言。
別に三木さんを批判するわけではないが、
— 香椎なつ(ryo) (@es_335_ryo) 2026年8月5日
「委員長ポストは会派に振り分けられるものなので」という一説、
これがまさしく会派に属する議員の感覚であり実態だよね。
実際、会派内部から委員長を選出するのが慣例であったという話であり、会派あってのポジションである事は確かだろう。… https://t.co/dGfMDQtzvO
この文章、論点はかなり明確です。要するに、「会派に割り当てられたポスト」と「就任した議員本人の職責・意思」は別問題だ、という指摘ですね。
特に重要なのは、
「会派あってのポジションであったとしても、その責務についた以上、その務めを果たすのは県議個人としての門さん」
という部分だと思います。
会派内の慣例として「この委員長ポストは維新枠」という認識があったとしても、それだけで会派が本人の意思を代行して辞職手続きを進めてよいことにはなりません。実際に辞職届や委員長辞任の手続きがどういう法的性質を持つかは、地方自治法・議会規則や具体的な手続きの確認が必要ですが、少なくとも「会派の枠だから、除名したらポストも当然に返ってくる」という感覚で処理すると、組織統治の問題が露呈します。
そして最後の「膿み出しすべきタイミングは、これまでにもずっとあったのにね。堕ちるべくして堕ちてるだけ。」はかなり強い表現ですが、文章全体としては、三木さん個人への批判ではなく、三木さんの発言から兵庫維新の組織文化・ガバナンスの問題を読み取っている構成になっています。
おっしゃる通りだと思います。
「委員長ポストが会派に振り分けられている」という慣例と、実際に委員長に就任した議員本人の意思とは、分けて考えるべきですよね。
維新枠のポストだったとしても、門さんが委員長である以上、辞職するかどうかは本人の意思確認が必要だったはずです。
今回の件は、単なる手続き上のミスというより、「会派の都合が個人の意思より優先される」という組織運営の感覚が表に出てしまったように感じます。
これまで何度もガバナンスを立て直す機会はあったはずなのに、それを先送りしてきた結果が今なのかもしれませんね。
コメントにもある通り、三木姉さん以外、