お盆の頃は、終戦記念日でもあるから、過去の戦争についての特番が多くなります。
見慣れた映像ですが、リメイクされて鮮明に遺体や殺す場面が映し出され、ますます生々しく表現されます。
人を焼く火炎放射器の炎。遺体の転がる地を進む洗車。崖から飛び込む女性。波間に漂う遺体。広島・長崎の上空のきのこ雲、色がつくと余計におどろおどろしい・・・。焼けただれた肌。おおざっぱな形を残しただけの見分けもつかない黒焦げの遺体。震えるこども。これでもかと言わんばかりの銃弾を浴びながら戦艦に突っ込む零戦。
おろかな指導部の誤導のせいで、かくも無残な過去を持つ国、日本。この歴史を繰り返してはならない。日本国民は大きな過ちを犯したのだ。というメッセージを強力に印象付けます。毎年かかさず。
かたや、今回の3.11の一連の“災害”についての放送される映像にご遺体や、これから命を落とすであろう人は映っていません。
ニュース配信元で膨大な映像資料を編集し、人の出てくる場面を削除しているはずです。
時のながれの差はあれども、かたやあからさまに表現するために、かたや流出しないように、用意周到に手間をかける。真逆の手間をかけています。
悲惨さを強調するためと、かたや悲惨さを和らげるために。
人為的なものか自然災害(“自然”ではないと見る向きの方々もいるようですが・・・)かの違いはあれども、それぞれに手間をかけた映像を使う意図がしっかりと伝わります。
この時期、毎年まつは想います。
日本人は自分たちを卑下するような映像によって定期的に“教育”されなければならないほど、愚かな、あるいは世界に脅威を与え得る国民なのだろうかと・・・。
そして今年のまつは想います。
世界の誰もが経験したことのない出来事を経験したいまこそ、また再び、“教育”されたのではない生粋の純で粋な日本人の資質が試されるときだと・・・。
手を取り合って、あきらめずに。