自販機でコーヒーを買おうとするパパに、こどもがこう尋ねる。
「この世界はだれがつくってるの?」
困ったパパをバックに、いろんな労働者に扮したパパが、「オレだ!」「わたしだ!」「僕だ!」と登場する。
そして、「この世界は誰かの仕事でできている」とテロップが登場する。
御存じ缶コーヒーのジョージアのコマーシャル。
山田孝之さん扮するパパと労働者の役が、いい味を出していて、しがない労働者たちに「そうだ!オレらが世界をつくってんだ!」という気持ちにさせてくれる。
わたしはこの気持ちはとても大切だと思う。
仕事においても、プライベートでも。
させられている。された。やられた。ではなく、自らが、自分の意志で、能動的に。
そういう思考回路の人は、被害者意識を持つことなく、妬んだり、恨んだり、嫉んだり・・・
誹ったり、罵ったりすることもなく。
穏やかに、そして力強く物事を扱い。いつの間にか成し遂げる。
そして、なぜかラッキーで、だからハッピーな人が多い。
そして概してそのような人は、人を悪く言わないし、解せないことがあっても動機を悪く取らないものだ。悪い可能性は考慮してもそれを言葉に出すことは無い・・・。
彼らは自らの発することの計り知れない影響力を知っているのだと思う。
それを人々は言霊と言うのだろう。
人は自らが人を扱うその方法に応じて、そのとおりに扱われる。
どこかで聞いたが、そのとおりだと想う。
わたしの勤める職場には、社員の士気向上のためのこんなポスターが貼られている。
「会社のせい?その会社をつくっているのもあなただよ」
このポスターは独自のものではなく汎用品で購入したもの。
このポスターの意図するところを社員が理解し、みんなが自己の意志と責任感を持って働けば最強の会社になるはず。
会社も、組織も、社会も、世界も、小さな存在の人ひとりひとりでできている。
良いことも悪いことも自らの選択の結果と考えるほうが、良いのではないだろうか?
誰かのせいにして、させられた、やらされた、やられたと言うより、自らが選び楽しみ、良いことがあったことを悦んだほうが自尊心が保てるしやる気と希望が湧く。
悪いことならさっさと忘れて次の楽しみを懸命に探求したい。
人は一つの分野で極めるとその他の分野でもその能力を発揮して上手にこなすらしい。
あの難しい組織にいたわたしたち。
人としての道を学び、世界にまたがる組織で身の処し方を学び、どこに出しても恥ずかしくない能力と知識と経験を身に着けているはずである。
それは生かされるべきものであって卑下するばかりのものではないはず。
自らと、守るべき人たちの楽しみと幸福を生み出すために活用されるべきだと。
いまだ覚醒途上のいまのわたしはそう想う。
