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まつ再び・・・

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人は誰も幸せになることを強く願っていると想う。
そのためにいろんな方面で努力を重ねていく。

わたしの方法が一番だというつもりは無いが・・・

わたしが自らに課しているのは人を信じることをあきらめないこと。

もちろんバランスは欠かせない。

例えば運転中、車列に割り込みされたとしても、何か危急の用事があって、そう、のっぴきならないそうせざるを得ない事情があるのだろうと考えるようにしている。

事象だけを捉えるならその後はピタァっとリアに迫りクラクションを連打していると想う。なんならわざわざドアを開け、その車の運転席のウィンドウを激しくノックしながら自らの正当性を訴えて謝罪させるまで後ろの渋滞を招くことまでするかもしれない。
仮にそんなことをしてみても、爆発させてしまった怒りを収めるためのエネルギーは相当なものになる。そして多くの人に迷惑をかけることに。

快く譲ってあげるほうがカッコイイではないか。わざわざ心拍数を上げて自らの不快さを多くの人に伝染させることはない。

上記は例えばの話だけれども、信じて背後にあると思しき理由を想像すること、これには例え難い利点があると想う。

わたしは比較的エネルギッシュにいろいろなことに取り組んできたほうだと思うのだが、40代半ばを迎えて振り返ってみて、そんなに大きな被害には遭っていない。
うん。遭っていないというか大きな被害になるようにしていないと言ったほうがいいだろうか。
ネタはいっぱいある。
わたしのことだけを書いてもかなりのアクセス数を稼げるだけの。
その他、わたしが関わったこと、見聞きしたことを書き連ねたら、きっとみんな興味深く読んでくださるとは思う。

アメブロ会衆ですか?そんな方々が歓んでくださるネタ、いっぱいありますよ。

でも、そんなネタは、お互いが信じ合えなかった、あるいはすれ違っていた、あるいは自らの意見を強引に押し通そうとした、あるいは人が生来持つ欲求を剥き出しにした結果起きたことがほとんど。

人の愚かさを声高に吹聴していったい何になるだろう。

中にはとてもひどい目にあって気持ちの整理をつけるために、書き綴りまとめることも必要なこともあるかもしれない。それに多くの方の賛同が得られれば立ち直り、また前向きに人生を歩むための大きな力となる。
かつて私もそんな記事を書いている。削除した期間もあるが。



ずっと放置していたアメブロだが、理由がある。

読めば、書けば、どうしてもマイナスのマインドになってしまう。
イイことだってあったはずだし、あの頃の自分があるから今の自分があるのに、組織の批判をして過去の自分をあえて否定することなどしたくないと思ったから。


こうしてまた記事を書くことになったのは現役の親友のせいだ(笑)
彼も放置しっぱなしだが、時々は読んでいたらしい。
久々の電話で組織もいろいろ変ったよと。そして、アメブロに投稿されている記事も過激になっていると。
手紙をUPしたり、イニシャルや実名で事件の内容をUPしたりと。

そりゃぁ、興味深く読ませていただきました。
実際に関わりあった方々のお名前も・・・

ただ、なんか違和感を感じたんですよね。

あ、あくまでもわたしの主観ですよ。

その記事を書く人が、読む人が幸せになれるのかなぁって…

大きなお世話なんですけどね…