他人に奢られながら生きる中島太一が出ていた。MCのふかわりょうは上手に話を回していた。途中でアシスタントの柴田阿弥が泣き出したり、多少の混乱はあった。
自分で稼いだお金で生きるか、他人が稼いだお金を奢ってもらって生きるか。
これはキリスト教を信仰するかイスラム教を信仰するかくらいの話で噛み合うはずがない。
ただ中島太一はいわゆる下層社会の人間だから、私と出会うことはないだろう。いや、別に下層社会を馬鹿にしているんじゃない。価値観の違いということ。
私には自由に食べ物を食べることが出来、中島太一は奢られた食べ物しか食べられない。
つまりプロ奢ラレヤーには選択肢がないのだ。
金持ちには選択肢がある、貧乏人には選択肢がない。ただそれだけのこと。
希望のない、希望を作ることが困難な、希望を作る環境に乏しい社会において、プロ奢ラレヤーがストラテジーとして登場することは悪くない。人に迷惑もかけていないし。
私はプロ奢ラレヤーにはならない。理解はしようと思うけど。ただそう感じるくらいかな。