ジェスロ・タルが久しぶりに来日する。大阪公演は4月15日にサンケイホール。仕事の予定とバッティングしているが変更しても行きたい。ジェスロ・タルは1972年の初来日を観ただけだから、今回行けば、実に40年ぶり。当時、日本のジェスロ・タルのファンと言えば、まさに奇人変人倶楽部。久しぶりに奇人変人仲間と会えるかも。
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永井荷風の伝通院という随筆が好きだ。荷風が生まれ育った小石川にある名刹がテーマになっている。東京ドームからさほど離れていないにもかかわらず、伝通院周辺は本当に静謐な地域である。荷風は長じてすでに人手にわたった生家付近を散策する。荷風曰く「われわれはいかにするともおのれの生れ落ちた浮世の片隅を忘れる事は出来まい。もし、それが賑な都会の中央であったならば、われわれは無限の光栄に包まれ感謝の涙にその眼を曇らして、一国の繁華を代表する偉大の背景を打目戍るであろう。もしまたそれが見る影もない痩村の端れであったなら、われわれはかえって底知れぬ懐しさと同時に悲しさ愛らしさを感ずるであろう。」荷風らしからねノスタルジックな筆致である。この随筆を読むと、荷風が、いかに伝通院近くの生家を気にいっていたかがわかる。


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パステルナークのドクトル・ジバゴの新訳が出版されるらしい。日経日曜文化欄の辺見庸さんの随筆で知った。翻訳者は当代随一のパステルナーク研究家の工藤正廣さん。本当に楽しみだ。パステルナークの詩で一番好きなのはバリエール越え。

ぼくは生きることの目的を理解した
そしてぼくはその目的を目的として崇める。この目的は四月がそうであるところのものとぼくはとても和解しえないと確認することだ。ひとすじ帯になってモミの木からモミの木へハンの木からハンの木へ。鉄の斜めの液状の そして道路の雪の中へまるで鍛冶屋の手のなかの炭のようにしゅうしゅう音たてて果てることなく吸いついた空焼けの流れがにじんだことを
教会の鐘の音が一〇プードの重量であることを鐘楼守は計量係に採用されたのだということを雪解けのしたたり 涙のせいで 精進のせいでこめかみが痛いということを。


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