ノルウェーの森の上映が始まった。ノルウェーの森が映画化さ れたことは内田樹先生のブログで知った。監督がベトナム系フランス人と聞いて仰天した。内田先生曰わく掃除をしたり料理を作る過程の喜びが理解できず、すでに出来上がった綺麗な店のご馳走の評価しかできないような人間は村上春樹を理解できないそうだ。しかし、ごみ箱にいるような青春時代を送ってきた人間には喪失感の前提になる幸福感すら味わったこともないのである。掃除をしたり料理をする過程を楽しむ余裕も気力もない。ごみ箱の中で残飯を漁っていた人間には掃除や料理をする過程は理解できないのである。村上さんの小説に青春の陰影はある。ストーリーも楽しいし清涼感もある。しかし、村上さんの小説を読んでいると、つるつるとした曇りガラスの表面を滑っているような感覚しか得られない。これはひとえに小生の感性の貧弱さに起因するが、敬愛する車谷長吉氏の赤目四十八瀧心中未遂のような曇りガラスの裏面のトゲトゲしくザラザラしてなぞり続けると血が滲んでくるような感覚がない。そう言えば昔むかし友人に連れられて村上さんが経営していた神宮外苑に通じる千駄ヶ谷のピーターキャットというジャズ喫茶に行ったことがあった。店は二階にあり前面が曇りガラスで覆われおよそジャズ喫茶と思えない明るさがあった。その店の店主が村上さんだと知ったのは随分後のことだが、あの店の透明感は村上小説そのものであった。