不況と言われる時代になると、人々はいろいろな支出を減らしていく。そうなるとユニクロのようなSPAやEDLPの店に人が集まるようになり、これらの企業の売り上げ増という形で見えてくる。
確かにコモディティ化した食材や服はどこで買っても殆んど品質の差がないので安いところで買ったほうが合理的だ。そうなると巨大化した量販店のPBに勝つことはまず難しい。世界的にみれば、ウォルマートのPBが一番の売り上げというものがあるのだから、日本のようにNBが乱立し、そこにリージョナルの会社まで乱立するような状況というのは珍しい。
その点では、私も肌着になる白のTシャツや普段着、オックスフォード地のボタンダウンシャツは今のところユニクロで買うことになる。下着についてはワコールのクロスウォーカーと決めたのでヨーカドーやイオンで二割引ぐらいになる時に買えばいい。食材もコストコを上手く使えばコストが削減できるし、PBにどうしても手が伸びる自分がいる。
確かにコモディティ化したものであれば価格が安いところで買えばよい。ブランド物だって直営店や正規店で買えばよいというものでもない。アウトレットでも良いし、韓国に買いに行くのが安上がりだろう。季節限定とか直営店でしか手に入らないという限定のものでなければ手に入れる方法はいくらでもある。
極論すれば実店舗でしか手に入らない限定アイテムを除けば、大手流通やしっかりとしたネット通販には勝つことができない。
とはいえ今の日本は小売業も一部を除いて不調。特に百貨店業態やGMSが不振だ。
コモディティ化したものは低価格で販売できるところには勝てない。衣料品はメーカーやバイヤーからすればコモディティ化したものはと考えられないのだろうけど、確実にコモディティである。
リーバイスのジーンズはユーズド感を出したジーンズを販売することで他のブランドより高く販売する事が出来る。逆に言えばユーズド感のないまっさらなインディコブルーのジーンズだったら余程ブランドにこだわらない限り大きな差を感じる事はできないだろう。
そうなると勢い価格というところで勝負するとか、大きなニーズがあると思われる世代やグループに焦点を当てたデザインでという話になる。ただ、そうなるともうSPAを確立しているユニクロ等に勝つ事はまず難しい。しかもヒートテックのようなものを作られては勝ち目が薄い。イオンも同様の製品があったのに売り上げは話にならないくらい差がついた。店舗数や販売力からすれば勝てないはずがないのにである。
GMSがそんな状況だと、百貨店も同じ風潮になってくる。そうすると仕入力やバイヤーのセンスというものが業績の差になってくる場合もいままではあった。だから共同仕入機構が成り立ったし、メーカーからの派遣社員で成り立つ売り場でも良かった。また伊勢丹のようなバイヤーを育成できればセレクトショップ的に本店を運営する事は可能だった。でも残念ながら伊勢丹は本店以外成功しているという事例は殆んどない。そういう意味ではどこの百貨店で買ってもGMSで買っても大きな差はないという状況になっているように思う。そうなるとカテゴリーキラーやSPA業態の価格訴求力に飲み込まれるという悪循環に陥っている。
そういう点では百貨店で買う意味、という事をもう一度考える必要があるのではないだろうか。
例えば私の場合、子供の頃から池袋や渋谷の西武、そして伊勢丹に行く機会が多かったのでどうしても西武か伊勢丹が自分のセンスにあったものを扱っている百貨店として自分の中で認知されている。その点では銀座松屋や阪急百貨店はこれらに近いものを感じる。
逆に三越や高島屋、大丸で買い物をする事はものすごく稀だ。日本橋の三越・高島屋の本店はあえて暴論を言えば普通の人が行って良い店ではない。それこそ車寄せに外商の担当者が待ち構えていて、必要なものを買えるようにエスコートしてくれ、帰りの車に積み込みお見送りまでしてくれるような人が行くべき店で、店の作りもそういう形になっているように見える。
東京のその他の電鉄系百貨店や松坂屋等で買い物する事はまずないし、仮に買い物に行っても自分のセンスに合う商品がないし、好みを伝えてもそれが伝わらないことも珍しくない。それは残念ながら三越、高島屋、大丸にもいえる。
元々百貨店は店そのものがブランドだったはず。三越で売っているというのがある意味品質の証みたいに取られる時代が長く続いた。ところが百貨店各社はバイヤーの質を高めるという方向ではなく、場所貸し業に移行してしまう。確かにその方が利益に繋がるだろう。これは確実に百貨店が自殺にむかった行為だと多くの識者が言っていると思う。
極端な事を言うと、メーカーがブランドの店を出し、店員は百貨店ではなくメーカーからの派遣。そうなると定期的な転勤もあるし売り上げが不振ならばブランドを引っ込めて別のブランドを投入するだろう。表面としては売り場が変わっただけだから問題がないように見える。ところがお客はそのブランドや自分の好みを知る店員を頼りに百貨店に足を運んでいたはずだ。そうでなければ百貨店に買い物にいく意味がない。しかしメーカーの都合で自分の好みを知る気心しれた店員さんがいなくなれば次第に足が遠のき、その売り場に行くことを止めるだけではなく百貨店に行く事自体を止めてしまう。
そういう意味では今、各社ともバイヤーの育成にも力を入れているのだが、売り上げを重視すると一番大きな客層を狙った品揃えになり、差別化図る事は難しくなる。
その点、銀座の松屋はバイヤーがしっかりしているせいか、小規模な店で顧客が見えているせいか分からないが、時々他の店では見ることが出来ないセンスの良いアイテムを扱っている事がある。西武や伊勢丹の場合は単に自分のセンスがこの店と相性が良い事を知っているから問題がないのだ。
もっと言えば、百貨店のバックオフィスや共通で仕入が出来る部門は巨大化する規模の経済が働くかもしれないが、売り場レベルでは規模の経済が必ずしも機能するとは言い切れない。
その点では日本の顧客は自分の好みという事を把握していない。雑誌に載っていたとか、トレンドがこうだ、というものに皆が飛びつく。でも自分の好みというものがはっきりとしていれば買いに行く店はいつもの店で良い。だから私はスーツはいつもの東戸塚西武でいつもの担当の人に相談する。他の店ではこうした好みを全て理解してくれるまで時間がかかる。
そもそもファッションをはじめとする消費行動はその人のセンスや教養、そして好みが現れるものであるはずだ。だからカバンやブランドがその人の社会階層を表すアイテム足りえたのだ。ところが大衆社会では金さえあれば手に入るし、日本人の一点豪華主義をよしとする風潮がそれを加速させた。本来、シャネルのバックをもつならアクセサリーや服もシャネルに統一するのが普通だろう。
それを考えると日本のお父さん達のファッションが良くなる日はまず来ないだろう。男性陣にそういうセンスがないし、使えるお金も限られる。そして一番いけないのが、シャツや靴下だけなら良いがスーツまで奥さんに任せてしまうという行動だろう。ちゃんとスーツの色やシャツ・ネクタイの色の意味を理解して選択してくれれば良いが、そこに安かったから、という理由だけで選ばれてしまうとセンスは二の次になる。
その点では日本は男女平等社会どころか女尊男卑がずいぶん進行しているという思考も出来るのではないだろうか。男女平等ならば少なくとも仕事着で戦闘服であるスーツを決めるという意思決定権を世のお父さん達は取り戻すことから始めるべきではないだろうか。