学ぼうとしないのは子供より親の責任 | JetClipper's Bar

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東京生まれですが、沖縄、多摩ニュータウン、横浜、尼崎、川崎を経て、三鷹市民になりました。

教育格差の問題で必ずといってよいくらい出る話。

「親の収入次第で子供の学校が決まってしまうのはいけない。格差の固定化につながる。」

この論理は前提条件が間違っている。教育格差は親の収入ではなく親の学ぶ意志があるかどうかが一番重要。所得によって確かに有名私立高校に進学は出来ないかもしれないが、昨今公立高校もレベルアップし、大学もほぼ全入。奨学金制度もあれば、防衛大学等、入学できれば学費どころか収入を得ることが出来る大学すらある。親の収入が決定的要因とは到底いえない状況である。


学びを重要視しない親の子供が勉強が出来るようになる確率はかなり低い。低いからこそ物語として成立する。エリート一家からエリートがでても驚かないがドロップアウトする話なら物語になるのと同じである。

様々な学者が「子供の学びからの逃避」は「学ぶことによる成功体験がない親」が原因であることを述べている。私もその意見には賛成だ。

最近は、学ぶことの成功体験がない親が子供に学ぶことの大切さを教えることはかなり少ない。昔は学ぶことによる成功体験がなくても学ぶことで成功した人がたくさんいたから、子供により良い教育を与えることに熱心だった親が多く存在した。ところがいわゆる55年体制の崩壊、長引く不況でいわゆるエリート層であってもドロップアウトしてしまう人が出てきた。またパラダイムが変わったことにより、今まで学んで習得した技術がそのまま使えない事態が起こった。努力してもドロップアウトしてしまうのならば学ぶことが必ずしも成功体験に結びつかないと短絡する人が出てくるのは時間の問題だったはずだ。


親が学びを奨励しないと、当然子供は学ぶことを放棄する。学校が学ぶことを奨励しても、学ぶことによる成功を一番身近な親が肯定しない限りその説得は無意味になる。だからどんなに良い学校に入れても親が基本的な考え方を教えない限りその子供が成長する見込みは低くなると考えてよいだろう。


極論になるが、学ぶことをしない親は、困った時にどうすればよいかという対処方法をどこに相談すればよいかもわからないだろうし、生活保護からどうしたら抜けて普通の生活が出来るようになるかということもわからないだろう。

困った人を助ける行政サービスは子育てに対する行政サービスよりかなり充実している。民間のNPOや宗教団体も援助してくれる可能性が高い。そういうサービスや援助を知ることもなく、闇金融に吸い込まれたり、ホームレスになったり、衰弱死してしまうケースも出てくる。赤ちゃんポストにわざわざ県外から3歳の子供を連れてきたという父親がいたとの報道があったが、児童相談所や行政の相談窓口等、色々な方法があることもおそらく知らずにいたのだろう。


残念ながらこうした親達を再教育する方法はない。貧困の再生産の連鎖を止めるのは、身近な大人が学ぶことで、努力することで貧困から抜け出したという事実を見せるくらいだろうが、難しい話だ。

防ぐ方法として、やはり義務教育のあり方を考え直すことが重要だろう。義務教育は本来、これを学べば社会に出れるという程度まで教えるべきだ。ところが義務教育ではお金の話もしないし、法律の話も殆どしない。きちんと自分達の果たすべき勤労の義務とそれにより得ることが出来る権利について学ばせないでいるのは教育現場の怠慢ともいえる。勿論親もそれを教えなければならないが、貧困の再生産を止めるには学校でも教えることが大事だろう。