「人として」
よく、子供が怒られる時などの慣用句として
「あんたは動物といっしょか?」と言われる事がある。
何遍言われても分からなかったり、
同じ悪さやミスを繰り返して、
何度も怒られ続けると
必ずと言っていいほど言われるセリフだ。
要は、動物のように
欲求のまま、抑制なく
物事をしてしまう事を例えて
ターゲットをなじる言葉なのである・・・
ということは、人として
人らしい判断や、人らしい行動、
人らしい想像力で物事に対処していると
「動物といっしょか?」とは、なじられないわけだな。
そこで、ふと思うのだが・・・
敬愛してやまない読者の皆様は・・・・・
人として、人らしく・・・
「屁」をこいているのだろうか?
というのも・・・・・・・
ただ、屁がしたい時に、
腹に普通に力をこめて、
「すぴっ!」と出していたり
脱糞する時に、何も考えず
「んびぃぃぃぃぃぃ」と超なりゆきまかせで
放屁しているのなら・・・
いわゆる「動物といっしょ」だからだ。
子供には
動物的行動を怒るのに、
大人の自分が動物と同じ放屁行動を取っていたのでは
なじる資格ががないというものだ。
では、人として、人らしく屁をするとはどんなだろうか・・・
それは私のように・・・
創造力をもって放屁する事
に他ならない。
私は、
もし1リットルの屁が腸にたまると
規則正しく1デシリットルずつ放屁できるか
トライする。
「分け屁」というテクニックだ。
もちろん「分け屁」は
ただ分ければいいというものではない。
ドレミの音階が出るか、どうかやってみる。
それとは逆に、全て同じトーンの屁が出るか
チャレンジする。
結構テクニックがいる。
さらに高度なテクニックになると
ブンブンブン♪蜂が飛ぶ♪のフレーズを
抑揚をつけながらしぼり出す。
プッピップ♪ビチ・ビ・ブ・ンプ~♪
屁でこのように出してみてほしい。
これがかなりむずかしいのだ。
たいがい、・・・・蜂が♪ぐらいまでで
屁を使い切ってしまうので
飛ぶ♪まで出来たときには、マラソンを完走したくらいの
感動と達成感が尻穴周辺に広がる。
ものすごく小さな屁を出すのもなかなかディフィカルトだ。
「豆屁」だ。
大きさならさほど苦もなく、満足いくものが
出るものだが、
本来大量に出るものを、肛門括約筋を
究極に絞り込んで、米ほどに縮め区切って
出す事は至難の業である。
そして「・・・・ピ」と
必ず、わずかに音をさせて、屁の存在感を
表現しなければならない。
すか屁になっては、全く意味がないのだ。
その他にも
尻を回しながら屁でソフトクリームを
作る仕草を表現したりする
「パントマイ屁」や、
これは有名だが
ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、
ぶうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、
と長い棒、
ンピ、プ、チュピ、ブ、プリッ、ビ、ビチと短い棒を屁で表現する
「はしごっ屁(ぺ)」など
人間だからこそ出来る、クリエイティブな放屁行動。
ふふふふ・・・
人の繰り返しのミスには
「動物じゃあるまいし」となじるくせに、
会社や彼氏の前では決してこがない割には
一人の部屋では、ドラマ見ながら
ぴーぴーぷーぷー出している。
そんな人は・・・
誰も私を「動物」とはけなせまい・・・・