地獄暮らしby JESUS CHRISTjr俺は地獄行きです。リンクyoutu.be



 皆様、こんばんは。主イエスキリストの息子JESUS CHRISTjr浜崎博己です。今日はスウェーデンボルグ「天界の秘義」出エジプト記第2章の、仁慈の教義と「水星の霊たちについて」解説します。その前にまず今日の日記を書きます。

 今日は午前3時半に起きて、シャワーを浴びて、朝シャンして、朝食を食べ、朝までゆっくりYouTubeミュージックを聴きました。そして7時に家を出てバスと市電に乗ってハローワークの失業認定に行きました。先月は1日だけアルバイトをして、6676円の収入があったので、失業手当は59940円でした。いつもより2000円だけ少ないでした。でも失業手当が貰えるだけ幸せです。

 今日は朝コンビニに寄って梅干しのおにぎりを食べ、求人情報誌タウンワークを手に入れました。そしてランスタッドという会社に応募しました。電話による面談は上手くいったので、運が良ければ採用されるかもしれません。しかし期待は禁物です。何しろこれまで一般就労で決まったのは、肉体労働の朝日功建しかないからです。でも上手くいって欲しいです。

 今日の日記は以上で終わります。

 続いて恒例の霊界のゲストの紹介に移ります。今日のゲストは昨日に引き続いて古代ギリシャの哲学者プラトンです。それではプラトンに登場してもらいましょう。

 「こんばんは。私はソクラテスの弟子プラトンです。私は真善美のイデアの実現を人間の最高の目的だとし、ソクラテスの教えを発展させました。しかし今日は霊界での私の生活がテーマになっているため、世での私の思想については触れないことにします。私は第二の天界の天使です。つまり隣人への愛に生きる天界の天使です。私は隣人を愛することが人間の最高の徳だと自然界でよく弁えていました。私は旧約聖書を読んでいたわけではありません。しかし人間は凡ゆる宗教を信じていても、結局人間の死後の天界行きを決定するのは隣人に対する愛であることを本能的に知っています。それは仏教徒であっても神道教徒であっても同じことです。なぜなら愛が人間の生命の基本だいうことは誰でも当然知っていることだからです。だから私も世では隣人を愛する生活を送っていました」。

 私はプラトンに対し霊界での生活について訊きました。

 「私はただ一人の妻と結婚愛に生きています。私は結婚を貞潔なものだと考えています。つまり単なる肉体的欲望を満たすために結婚があるとは思っていません。結婚のセックスも姦淫のセックスも同じものだと地獄の悪魔は言っていますが、それは全く違います。確かにセックスとは男のペニスを女の膣に挿入する性行為です。しかしだからと言って、それが猥褻な行為だと主張する悪魔の考えは全く誤っています。結婚におけるセックスは最高度に神聖な行為です」。

 私はプラトンに対し地球人に何かメッセージはないかと訊きました。

 「私が天界を哲学的に考えるに、天界とは結婚そのものです。善と真理の結婚は天界的結婚そのものです。私は結婚を卑猥なものに考える地獄の悪魔の考えを全く的外れな形体的な考えだと思っています。だから皆様も主イエスキリストを信じて十戒を守って生きて、死後天界に入りましょう。天界の素晴らしさについては天使にしか分かりません。皆様も死後是非天界の天使になって下さい。天界がどんなに聖なる素晴らしい世界かを皆様も納得することでしょう」。

 以上でプラトンの話を終わります。

 最後にスウェーデンボルグ「天界の秘義」出エジプト記第2章の冒頭の仁慈の教義と「水星の霊たちについて」解説します。

 まず仁慈の教義です。

 古代人は隣人を部類に分け、その部類によって隣人に愛の善を行いました。  

 善は凡て主イエスキリストから発しているため、主は最高の意味における隣人です。

 善の中にいる者が隣人です。

 自己愛に生きていない者たちは、主イエスキリストから隣人の起源を得ており、凡ゆる者を、主イエスキリストに対する愛の性質に従って隣人として認めています。

 それでは次に「水星の霊たちについて」解説します。

 水星の霊たちは、地的な単に物質的なものから抽象された事柄の記憶に関連しています。

 水星の霊たちは、物質的な、身体的な、地的なものを見ることには何の喜びも覚えない、ただ現実のもののみを見ることに喜びを覚えています。

 霊たちは人間の霊の記憶の中に入り、その記憶の内容を読むのです。

 水星の霊たちは宇宙の凡ゆる者の記憶の実質の事柄を知っています。

 水星の者たちは他の社会に来ると、その社会の霊たちの知っていることを探し出し、それが終わるとすぐさま去って行きます。

 水星の霊たちは判断の能力ではほとんど優れていないし、単に知ることが彼らの歓喜なのです。

 水星の霊たちは、物質的な物から引き出された霊的な物を愛している、すなわち内的なものを見たいと言っています。

 それでは以上で今日の解説は終わりにします。主イエスキリストの息子JESUS CHRISTjr浜崎博己でした。

 ああ天地の神主イエスキリストよ、アーメン、ハレルヤ!!!