堕天使にとって、その野望達成の為には女性たちの気を引く誘惑の力、ハンサムでないと難しいです。

そこで堕天使たちが最大利用したのが、上からの絶対知識、人間たちには非公開だった、知れば人を必ず不幸にするブラック情報だったのです。

女性たちのいかにも好みそうな貴金属の装飾品、関心ある化粧関連と宝石などできらびやかに誘惑したのです。

 

外典聖書には誘惑材料が「腕輪と諸々の装身具とシャドーカラーとまぶたを美しくする化粧品と選びぬかれたありとあらゆる宝石と諸々の染料」と書かれていました。さらには「魔術や魔法」などは現代でも女性たちに関心が高いブラック情報です。そのため大勢の節度ない女性たちが最新エステ、最新美容に狂い、宝石、神秘現象などに夢中になって汚れた堕天使たちなのに、そこに群がり、心も体も奪われたのです。

 

 

日本でも韓国でも終戦後、GHQが属国統治した敗戦期間は、同様のことが駐留米軍基地周辺に起きていました。若くて長身、ハンサムな米兵たち、いまだかつて見たことのない外人、そして軍支給の甘いガムやチョコレート、安定収入の一ドル360円時代の富豪外人。地元では失業と貧困、空腹な男性たちが外人たちに日本人女性たちの奪われる悲劇を戦後の貧困と混乱の中、失意のうちに眺めていたわけです。ちょうどそれ以上に勝ち目なしのカルチャーショックが堕天使到来だったのでしょう。戦後の悲しい童謡・唱歌にこんなのがありますね。
 

「赤い靴(くつ) はいてた 女の子  

異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった

 

外典聖書エノク書ではこのような堕天使についてこう書かれています。

「さて、お前たちは天にいて、隠されたことを明かしてもらっていなかった。しかし、お前たちはつまらぬ秘密を知るようになり、これを心のかたくななお前たちは女たちにあかしたので、この秘密のおかげで、女たちと人間たちは地上で悪をはびこらせている。お前たちに平安はない。」

「ここ(地獄)は天と地が果てるところ、天の星(ルシファー)と天の軍勢(堕天使たち)の牢獄である。火の上を転がる星(堕天使たち)は、東の空に昇ってくる前に、神の命令にそむいたものたちである。定められた時刻に姿を現わさなかったからである。(天使たちは定期的に定めの時刻に天国に戻り地上のことを報告する義務があるのに堕天使らは姿を現わさなかったの意味)彼(神)は彼ら(堕天使たち)に立腹し、秘密の年に彼らの罪が罰せられるときまで彼らを縛られる。」

「女たちと関係を持った天使たちの霊魂はここに立たされるであろう。彼らはさまざまな姿をとって人間を汚し、まどわし、まるで神々にでも対するように悪霊どもにいけにえを供えさせているが、それも彼らが裁かれる大いなる裁きの日まで、彼らが断ち滅ぼされる日までのことである。彼らの女たちも、天使たちをかどわかしたのだから、魔女になるであろう。」


聖書では、旧約時代にもアブラハムやロトなど神様から地上に遣わされた天使たちに出会っていますが、天使たちは普通にもてなされた食事もするし、ロトの家族の手を引いたように人間に触れることもできています。堕天使とて同じこと、人間女性に触れることは可能だったのです。しかし、人間界の秩序、美しい男女の愛を抜本的に破壊する外部からの侵略者を神様が赦しません。断固として厳しく裁かれたのです。

 

発見!なんと!堕天使ネフィリムの数が書いていました!ギリシャ語バルク黙示録です。聖書同様、分厚い外典聖書の本を何冊も次々読みあさって、まるで私は学者か、爆弾発言を繰り返すキチガイ博士のような気分ですが、まともです。

 

 

 

 

 

 

外典聖書ヨベル書では洪水の際、四〇日四〇夜、降り注いだ大雨に加えて、「淵の泉も全世界が水浸しになるまで水を噴きあげた。」と書かれています。上から下から同時に大水が地上を満たしたのですね。

 

神様はネフィリムを剣で互いに争わせて滅ぼしましたが、完全排除のためにも洪水まで起こされたのは英知です。なぜなら、聖書ではモーセを大事にした母が当時のパロ王の命令「へブル人の男の赤子をすべてナイル川に捨てて殺せ!」をも恐れずに赤ちゃんモーセを隠して育て、隠しきれなくなるとパピルスの籠に入れてナイルの葦の繁みに隠した置いたように、剣の害の日、ネフィリムたちが互いに殺しあう流血の雨降る中、ネフィリムを生んだ母はその赤ちゃんを隠していたかもしれないです。巨大なネフィリムは目視できるように剣で全滅でしたが、当時まだ生まれたばかりの赤ちゃんネフィリム、まだ人間サイズの子供ネフィリムも人々に紛れて隠れていたかもしれません。

 

これら生き残りも地の表から一掃する効力があったのが、大洪水だったのです。箱舟に入ったのは8人だけ、船外では生き延びることは誰もできませんでした。そして、先に剣で大物を排除、その後、生き残りが無いよう大洪水というのは、やはり神様の英知です。もし、大洪水が先、次に剣の災害と順番が逆だったなら、溺れる者、わらをもつかむ、ことわざ通り、巨人ネフィリムが箱舟に溺れまいと手をかけ、ノアたち一行も危険にさらされました。

 

「あ、ちょうどいい木製箱型レスキューボード、最後に発見!」

という具合に。救命ボート代わりにずっと箱舟をつかんで離さないし、大暴れで船体を上下さかさま乱暴に扱って破壊されたかもしれません。あるいは、巨人だから泳いで山頂に逃れてそこに立ち上がって洪水を逃れたかもしれません。

外典聖書ではその日、「水位が最も高い山よりも15キュビトも高くまで上った」とありますが、山頂は一番高いところで陥没プラス6m86cm(15キュビト)の水位です。そこで6m86cm以上、身長ある巨人ネフィリムが足もとだけ水につかりながら、滑りやすい山の頂上で「大丈夫だよ。俺は巨人だから山の頂上に立ったら、世界のTOP。見晴らし最高!水なんか怖くないさ。」と言われたら困ります。

 

神様はネフィリム巨人が大木の上に登って逃げられないように、当時、木の先端のこずえが雲の中にまであったレバノン杉を切り倒しました。現代その残骸がデビルズタワーなど世界中にあり、山と思われていますが、そこには上空から見ると木特有の年輪があります。

  
エゼ31:3 見よ。アッシリヤはレバノンの杉。美しい枝、茂った木陰、そのたけは高く、そのこずえは雲の中にある。
 

レバノン杉には、エデンの木々同様に当時、高ぶる人間のような感情もあったようです。


エゼ31:9 わたしが、その枝を茂らせ、美しく仕立てたので、神の園にあるエデンのすべての木々は、これをうらやんだ。31:10 それゆえ、神である主はこう仰せられる。そのたけが高くなり、そのこずえが雲の中にそびえ、その心がおごり高ぶったから、
 31:11 わたしは、これを諸国の民のうちの力ある者の手に渡した。彼はこれをひどく罰し、わたしも、その悪行に応じてこれを追い出した。31:12 こうして、他国人、最も横暴な異邦の民がこれを切り倒し、山々の上にこれを捨てた。その枝はすべての谷間に落ち、その大枝はこの国のすべての谷川で砕かれた。この国のすべての民は、その木陰から出て行き、これを振り捨てた31:13 その倒れ落ちた所に、空のあらゆる鳥が住み、その大枝のそばに、野のあらゆる獣がいるようになる。
 

こうしてネフィリムの洪水からの逃げ場は、なくなりました。

 

すさまじい神様の審判を記録しますが、歴史中しばし、古くからの概念として「アガルタ世界」や小説「地底旅行」などの悪影響を受けた、どこかの博士たちが主張する、大洪水の水が地中から噴出した結果、そこに巨大な空洞ができて現在、誰かがそこに住んでいるという地底人の住処がある地球空洞説があります。 

むなしいことばに、だまされてはいけません。彼らの仲間になってはいけません。それは嘘です。人間もいかなる生物も太陽と新鮮空気、光合成された緑の食物がなければ生きられません。地底人も宇宙人も存在しません。但し、人間が製造した一般人には絶対未公開の軍事機密である最新型飛行機「UFO」なら米国もロシアもすでに所有しています。宇宙人はいません。

  

 

「神はノアに洪水の難をまぬがれさせるために箱舟を造るよう命じられた。ノアは命じられたとおりに、第二七ヨベルの第五年週の第五年に箱舟を造った。彼はその(年週の)第六(年)の二月、二月の一日から十六日までかけて乗り込んだ。彼と、われわれが彼のところへ連れて来たすべての者が箱舟に乗り込んだ。十七日の夕方に主は外から(戸を)閉ざされた。主は天上の七つの水門と、数にして七つの口をもった大きな淵の泉の口を開かれた。水門は四〇日四〇夜にわたって天から水を流し落しはじめ、淵の泉も全世界が水浸しになるまで水を噴きあげた。地上の水はかさを増し、すべての高い山々より一五キュビト深くなり、箱舟は地上から浮き上がって水面を漂った。水は地表に五ヵ月、百五〇日間あった。」

 

ネフィリムは実在した堕天使と肉体を持った人間の混血児であるため、その巨大な遺骨は何千年たっても巨大な恐竜の化石同様、地に残るわけです。

20世紀初頭から盛んになった化石発掘調査によると巨人の遺骨は現在、アメリカだけで数千体以上、世界でもそれ以上に多数、あらゆる場所から出土され、新聞記事にもなっています。

 

 

 

計算すると、アメリカだけ数千体以上の巨人の化石発掘ですが、外典聖書では200人の堕天使が人間の娘たちに身籠らせたわけで、仮に200人の堕天使相手に200人の女性が一人当たり10人もの子、ネフィリクを生んだとして、ようやくアメリカ国土だけに匹敵する数千体の巨人になるわけで、到底、女性の数が足りません。

 

当時、一つの大陸であったパンゲア大陸の端から端まで堕天使たち200人は行き巡って人間の娘たちを妻としていったのですが、堕天使は一人の女性だけを手掛けたのではなく、一夫多妻制度を導入していたのです!

堕天使200人が自分たちよりはるかに数多い女性たちを妻としていたのです!

聖書でも悪人たちが一夫多妻を行なっています。真面目なノアは一人の妻を愛しましたが、悪人レメクは最初の一夫多妻を行ないました。

創4:19 「レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名はアダ、他のひとりの名はツィラであった。」

しかし、このレメクは殺人者でありながら、殺人を剣の歌にして公言するほど邪悪な男でした。

 

創4:23-24 「さて、レメクはその妻たちに言った。「アダとツィラよ。私の声を聞け。レメクの妻たちよ。私の言うことに耳を傾けよ。私の受けた傷のためには、ひとりの人を、私の受けた打ち傷のためには、ひとりの若者を殺した。カインに七倍の復讐があれば、レメクには七十七倍。」

 

現代でも金ある悪人が、妾とか愛人とか沢山もうけるのと同じですね。

 

 

創6:14-16「 あなたは自分のために、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。箱舟に部屋を作り、内と外とを木のやにで塗りなさい。それを次のようにして造りなさい。箱舟の長さは三百キュビト。その幅は五十キュビト。その高さは三十キュビト。箱舟に天窓を作り、上部から一キュビト以内にそれを仕上げなさい。また、箱舟の戸口をその側面に設け、一階と二階と三階にそれを作りなさい。」

 

箱舟のサイズは長さ137メートル。幅22メートル。高さ13メートル。形状を比率で言うと30対5対3ですが、これは現在の高度計算されたタンカーなどの大型船を造船する際に、最も安定しているといわれる比率と同じ黄金律、L/Dは30/5=6です。三階建てによる内部構造は洪水対策として船体強度を高め、内と外とを木のやにで塗ることにより防水加工されましたが、優れた構造計算もないこの時代に神様が示されたサイズが最適であったという事実は奇蹟であり、英知の神様がおられる証拠です。

模型実験を動画映像で見たことがありますが、実験では30対5対3で作られた模型の箱舟は大波が来て90度に横揺れで立ち上がっても次の瞬間、また元通りになりました。この比率より長すぎると強度が弱くなり中央から折れるリスクがあり、短すぎると横転リスクがあるようです。英知に富んだ神様を褒め称えます。

 

資源探査衛星アーツがトルコの上空で箱舟らしき人工的に加工された物体を発見、衛星撮影しました。計測すると聖書通りのサイズと確認。トルコ空軍もアララテ山中腹に地震の影響で地表に隆起して現れた人工的な物体を確認。アマチュア考古学者ロン・ワイアットは航空写真と探査器を使って10年におよぶ調査をおこない、地下に埋まっている船体を確認した後、発掘。これは聖書の語るノアの箱舟と断定され、1987年6月20日、トルコ政府はノアの箱舟国立公園を設立しました。

 

写真はその現場です。以前、現地観光した知り合いから石化した石を頂きましたが、それは現地販売されているゴフェルの木から作られた箱舟の残骸の一部と聞きました。いつか炭素測定でこの石の素材が本当にゴフェルの木だったか調べようと思っていましたが、無くしてしまいました。ロン・ワイアットのレーダスキャン探査によると現地では周囲には金属反応がないのに箱舟船体の上では探知器に金属反応が強く出るそうです。

写真は現地と、想定された箱舟の復元図です。

 

   山頂なのに巨大なイカリも周囲に発掘されています。

 

さて、このような完璧サイズの箱舟に入れた人はノアとその妻、三人息子とその妻たち三人、合計八人だけです。漢字はクリスチャンが作った象形文字ですが、船は八人の口、ノアの家族八人の箱舟入りを表します。聖書では、ノアの大洪水後の時代、カナンの地を偵察したイスラエルのスパイ10人が、そこにはネフィリム人の生き残りがいたとフェイクしながら騒いでいます。

 

民13:32-33 「彼らは探って来た地について、イスラエル人に悪く言いふらして言った。「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。そこで、私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」

と言ってますが、それは恐れから悪く言いふらしたデマで誇大妄想、ネフィリムの記憶を聖書と民間伝承から知っていたイスラエル人ならではの虚偽報告です。彼らの伝説概念では「ネフィリム」と「人間」は、「人間」と「いなご」ぐらい身長格差があるようですね。しかし、今はいません。フェイク情報提供者たちは忌まわしいです。その証拠に否定的な虚偽報告するこれらのスパイたち10人を神様は忌み嫌われ、その後に荒野で滅ぼされています。確かにネフィリムはノアの時代にすべて滅亡しました。全地の表から諸悪の根源、堕天使200人は地球の谷と呼ばれる地に完全拘束され、ネフィリムも排除されました。


スラヴ語エノク書では、人間の女性に近付きネフィリム巨人を生ませた堕天使200人が拘束された史実を、このように記録されています。

「かの男たち(天使たち)は私(エノク)を達れて、第二天におろした。そして私に際限のない裁きにとらわれた囚人たち(堕天使200人)を見せてくれた。またそこで私は、断罪された天使たちが泣いているのを見た。私はいっしょにいたかの男たちに言った。「なぜこの者たちは苦しめられているのですか。」男たちは私に答えた。「彼らは主にそむき、主のみ声を聞かず、自分たちの意志で談合した者である」。私は彼らのことを大いに悲しんだ。するとその天使たちが私におじぎして言った。「神の人よ、私たちのことを主に祈ってくださいますように。」私は彼らに答えて言った。「私がだれであるとおっしゃるのですか。死すべき人間で、天使のことを祈るなどとは。私がどこに行くのか、何が私を待ちうけているのか、だれが私のことを祈ってくれるのかも皆目見当がつきませんのに。」

 

その後、エノクは天国と地獄を見ました。スラヴ語エノク書五章。

 

「その場所は景色の美しさからしてはかり知れないものであった。すなわち、木々はすべてよく花咲き、果実はすべて熟れ、食物はすべていつも豊富で、風はすべて香りよかった。そして、静かな流れで庭園全体をめぐっている四本の川が食物となるすべてのよいものを生み出していた。また生命の木がその場所にあって、そこには主が天国におはいりになるおりに休息される場所である。その命の木は香りのよさで言うに言われぬほどのものである。近くにもうひとつオリーブの木があって、絶えず油を注ぎ出していた。木はどれもよい実を結ぶもので、実を結ばない木はそこにはなく、そこはすべて祝福された場所であった。そして天国を守る天使たちは常に輝かしく、間断なき声と甘美な歌で日々神に仕えていた。私は言った。「これはなんときわだってよき場所であろうか。」かの男たちが私に答えた。「エノクよ、この場所は正しい人のために設けられている。正しい人とは、生きているうちは苦悩に苦しみ、自分の魂を悩ませ、不正からは目をそらし、正しい判断をなし、飢える人にパンを与え、裸の人を衣服でおおい、また倒れた人を起こし、不正をこうむった人々を助ける人、さらに主の顔前を歩み、主のみに仕える人のことである。そのような人にこの場所は永遠に継がれるものとして設けられているのである。」

 

 男たち(天使たち)はそこから私を連れて、天の北方に昇らせ、そこで実に恐ろしい場所を見せた。その場所にはあらゆる苦しみと苛責があり、また闇と霧があって光はなく、暗黒の火がたえず燃えていて、炎の川がその場所全体に押しよせており、さらに寒さと氷があり、牢獄があり、残酷で無慈悲な天使たちが武器をもって容赦なく苦しめていた。私は言った。「これはなんときわだっておそろしい場所であろうか。」かの男たちが答えた。「エノクよ、この場所は地上で不敬のことを行なった不信心者のために設けられている。それは、魔法や呪術を行なったり、自分たちの業を自慢したり、人の魂をこっそり盗んだり、結びつけられたくびきを解いたり、他人の財産で不正に富を得たり、飢えた人を満腹させることができるのに飢えで滅ぼしたり、裸の人に衣服を着せることができるのにそれを奪ったり、また自分の創造主を認めず、虚無の神々を拝し、偶像を作り、手で作ったものをおがんでいるもののことである。こうした人すべてにこの場所は永遠に継がれるものとして設けられているのである。」

 

エノクは「断罪された天使たち」なる200人の堕天使たちが「泣いている」のを見たと言います。堕天使たちの子ネフィリムたち巨人も最後の審判の日には火の拷問にかけられます。裁きが行なわれるその時、新しい時代が始まり、正義と道理の木が生え、地は豊かな実を結び、人々が安らかに暮らす時が来ます。その時、人の子らはすべて正しくなり、すべての民は神様をあがめるようになり、天は祝福の蔵をあけ、平和と道理が一つになります。

 

また、エノクは天国でなんと、ネフィリムよりもっと大きい人間のような姿の巨大天使エグリゴリたちも目撃しています。正しい天使エグリゴリたちは、元は仲間の同僚だった堕天使たちの堕落行為を天国で大変悲しんで、何もしないでいたようです。そこを人間エノクが励まして、彼ら天使たちは元の天国勤務に復帰したということです。こうしてみると天使も結構、喜怒哀楽や同情心ある人間の性質に似ていますね。聖書では一人の罪人が地上で悔い改めてイエス様を救い主として信じ、救われた時も天国の天使たちには大いなる喜びがあると書かれています。その逆も、しかりアーメンなのですね。スラヴ語エノク書七章。

 

「私はそこでたくさんの軍勢、エグリゴリたちを見た。彼らの姿は人間の姿と同じであるが、大きさは巨人よりも大きく、顔は悲しげで、ロは沈黙を守っていた。そして第五天にありながら、勤務はなかった。私はそばにいた、かの男たち(天使たち)に言った。「いったい何故、彼らはひどく悲しげで、顔は打ちひしがれ、口は沈黙を守り、この天においてお勤めがないのであろうか。」

男たちは私に答えて言った。「彼らはエグリゴリである。彼らエグリゴリから、二人のきみと、それに従う200人が別れてしまい、地上に降りて、人間の女とともに身を汚すためにヘルモン山の背で約束を破り、身を汚した結果、主の断罪するところとなったのである。それでこの者たちは自分の兄弟たちのことと彼らに加えられた侮辱のことを泣いているのである。」

私はエグリゴリたちに言った。「私はあなたがたの兄弟に会ったし、彼らの行ないを知ったし、彼らの祈りを知っている。そして私は彼らのことを祈った。主は天と地が終わるまで彼らを地の下へと断罪されたのである。だから、なぜあなたがたは兄弟を待っているのか、あなたがたは主の御前に仕えるべきではないだろうか。かつてのお勤めを始めなさい。主の御前に仕えなさい。あなたがたの神なる主の怒りを買って、この場所から追い出されたりしないように。」

彼らは、私の教えの慰めを聞いて、天において四つの隊形になった。そして、私のいるところで、彼らは一緒に四つのラッパを吹き、かくてエグリゴリたちは一つの声のようになって主に仕えはじめ、彼らの声は御前に昇った。」

 

発見!「彼らはエグリゴリである。彼らエグリゴリから、二人のきみと、それに従う200人が別れてしまい、地上に降りて・・・」

なんと!堕天使たちは元、「第五天」という天国内のある部署で、「天使エグリゴリ」と呼ばれた「巨大天使」だったのです!

なるほど「天使エグリゴリ」と呼ばれた堕天使200人が天国で「巨大天使」だったから、その子であるネフィリムも巨人になったのですね。ゲノムは遺伝情報で生き物の設計図ですが、そのわずかな違いが体つきなどに影響を与えます。ただ、遺伝ですべてが決まるわけではなく、環境的な要因も関係して、一般的に身長は約6割、体重は3割弱が遺伝的な要因と言われます。

「巨大天使」×人間=「ネフィリム巨人」

 

しかも、「彼らの姿は人間の姿と同じである」と言うことです。であれば、堕天使200人には、もともと翼がなかったのかもしれません。天使にも翼がある天使と、ない天使がいることが聖書と外典聖書からも分かります。翼のない天使の場合、聖書と外典聖書では、義人たちがそれをすぐに気付かないで、もてなしたり、家に泊めたりしています。人間の娘たちは、この巨大天使エグリゴリが小さくなって地上にやってきたので、まるで人間そのものであるかのように、しかも天国の最新情報満載で天才のようにやって来るわけだから、違和感乏しく容易に受け入れ、騙されたのかもしれません。詳細は後述しますが、エデンの園にいたヘビも当時、人間によく似た姿で現われたので違和感乏しくエバは騙されて、容易に罪悪に引き込まれています。

 

堕落しなかった天国の「第五天」という部署に配備されていた天使の軍勢、エグリゴリたちは「エノクの教えの慰めを聞いて」心をリセットして復職しますが、彼らもまた、ルシファー同様、天国の四つの聖歌隊だったことが分かります。

「天において四つの隊形になった。そして、私のいるところで、彼らは一緒に四つのラッパを吹き、かくてエグリゴリたちは一つの声のようになって主に仕えはじめ、彼らの声は御前に昇った。」

堕天使の長ルシファーに関しては、聖書イザヤ書とエゼキエル書で元、聖歌隊長だったと分かります。

 

イザ14:11 「あなたの誇り、あなたの琴の音はよみに落とされ、あなたの下には、うじが敷かれ、虫けらが、あなたのおおいとなる。暁の子、明けの明星よ。どうしてあなたは天から落ちたのか。国々を打ち破った者よ。どうしてあなたは地に切り倒されたのか。」

 

エゼ28:12-14 「神である主はこう仰せられる。あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。あなたは神の園、エデンにいて、あらゆる宝石があなたをおおっていた。赤めのう、トパーズ、ダイヤモンド、緑柱石、しまめのう、碧玉、サファイヤ、トルコ玉、エメラルド。あなたのタンバリンと笛とは金で作られ、これらはあなたが造られた日に整えられていた。わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。」

 

イザヤとエゼキエルの預言を統合すると、ルシファーは琴の演奏が巧みで、金製のタンバリンと笛が与えられていたようです。心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立ちます。ルシファーは高慢が原因で追放されます。

 

一方、ネフィリム巨人は剣で滅亡しましたが、徹底排除するよう、神様が念入りに大洪水をもって地の表を新しくされました。ネフィリムの生き残りは、もはやいませんが、万一いても箱舟サイズでは到底入れず、そもそも神様からノアに啓示された箱舟入場許可の乗船名簿リストにも選ばれませんでした。聖書から。

 

創7:1-9 「主はノアに仰せられた。「あなたとあなたの全家族とは、箱舟に入りなさい。あなたがこの時代にあって、わたしの前に正しいのを、わたしが見たからである。あなたは、すべてのきよい動物の中から雄と雌、七つがいずつ、きよくない動物の中から雄と雌、一つがいずつ、また空の鳥の中からも雄と雌、七つがいずつを取りなさい。それはその種類が全地の面で生き残るためである。

それは、あと七日たつと、わたしは、地の上に四十日四十夜、雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面から消し去るからである。」

ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。大洪水が起こり、大水が地の上にあったとき、ノアは六百歳であった。ノアは、自分の息子たちや自分の妻、それに息子たちの妻といっしょに、大洪水の大水を避けるために箱舟に入った。きよい動物、きよくない動物、鳥、地をはうすべてのものの中から、神がノアに命じられたとおり、雄と雌二匹ずつが箱舟の中のノアのところに入って来た。」

 

私が初めて聖書を読んだ時は、どうやって動物たちを集めたのかな?と思いました。「北海道で鹿を狩る猟師たちが、鹿集めに使うメスの声を似せた鹿笛のような道具で集めたのかな?賛美を歌いながら集めたかな?」など想像をめぐらせましたが、外典聖書を読むと、夢壊れて普通にノアと家族の8人で捕まえて来たと書かれていました。

 

 

闇勢力の連中が中世から現代に至るまで子供を誘拐してまでも、若い血を好んで飲む異常な悪魔的ドラキュラ習慣を持つことは、ネフィリム巨人の真似事です。闇のエリートたちは自分たちも巨人になって長生きし、人間たちを奴隷にする支配者になりたいようです。

米国の臨床試験で判明済みは、輸血による血液入れ替えであれば血液中の血漿によって脳内で新しい神経細胞が形成され、アルツハイマーの症状が改善される効果があり、すでに損傷した組織機能も改善でき、さまざまな疾患の治療が可能。若返りの過程で何が起きているのかを解明するにはまだまだだが、若い血液だけが持つ若返り作用、長寿と健康は期待できるようです。

しかし、ただ飲むなら下痢するだけですが、ある医学論文では人の血液を飲み続けると遺伝子異常の先端巨大症になって背が伸びると書かれていました。

米国で16~25歳の健康な若者の血を輸血する治療は保険適用外で一回90万円。日本でも人工透析は一般的ですが、その血が若者からの血であれば健康回復の効果が高いそうです。

 

外典聖書ヨベル書では、ノアの時代の出来事をまた違った表現で記録します。

「人類が地の表に増えはじめ、彼らに娘が生まれたとき、主の天使たちは、このヨベルのある年に、彼女らが見た目に美しいことに気づき、自分で相手を選んで結婚した。彼女らは子を産んだが、これが巨人であった。暴虐が地上にはびこり、すべて肉なる者は人間から始まって、家畜、獣、鳥、地上を歩くすべてのものに至るまで、その道と定めを退廃させ、とも食いをはじめた。暴虐は地上にはびこり、人間どもはだれもかれも四六時中まったくろくでもないことばかり考えていた。主が地を見られると、どうであろう、それは退廃し、肉なるものはみな彼の定めを退廃させ、地上にあるものはことごとく彼の前で悪事をはたらいていた。彼は言われた、『人間および地表にあるものでわたしが創造したすべての肉なるものを抹殺しよう』。ノアだけは主の目の前に恵みを得た。地上につかわされた天使たちに対しては彼はひどく立腹され、彼らをそのいっさいの地位から追い落とそうとされ、また彼らを地の深みにつないでおくようわれわれに命じられたが、見よ、彼らは今ひとりさびしくつながれている。彼らの子らに対しては、これを剣で剌し、天下から迫放するとの命令が主のみ前から発せられた。彼は言われた、『わたしの霊は人間どもの上にはけっして宿らない。彼らは肉であるから。彼らの寿命は百二十年である。」彼らが互いに殺しあうように、彼は彼らの中に剣を投じられた。すると、彼らは同士討ちをはじめ、ついに全員剣にたおれ、地から抹消された。彼らの父祖たちはこれを眺めていたが、こののち彼らは地の深みにつながれ、主の前でその道と行ないを退廃させたすべてのものに対して裁きが行なわれるその大いなる判決の日を待っている。」

 

 

このようにヨベル書では堕天使たち200人は一人一人個別に地獄の暗黒に鎖で拘束され、その子供たちである巨人ネフィリムの滅亡は、「彼らが互いに殺しあうように、彼は彼らの中に剣を投じられた。すると、彼らは同士討ちをはじめ、ついに全員剣にたおれ、地から抹消された。」と書かれたように、大洪水以前に神様が彼らの中に剣を投じて同士討ちで争わせ全滅させました。

 

ガブリエルとミカエルとラファエルとウリエルの四天使は、地上の暴虐を見て、この有様を天国の神様に報告し、暴れまくったネフィリム巨人らと堕天使、人間による暴虐の犠牲となった死者の魂の叫びが天の門に届いていると告げます。彼ら天使たちが神様に裁きを祈り求めた結果、堕天使200人に与えられた審判が永遠の禁固刑だったと聖書は記録します。

ユダ1:6 「また、主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。」

「永遠の束縛」「暗やみの下」とは、光さえも吸い込む宇宙空間、暗闇のブラックホールでしょうか?いや、伝説ではエデンの東に位置した場所とされていますが、エデンの園はアダムが罪を犯した以降、一旦、地上から隠され、地球の中心に移動しています。

エゼキエル31:16 「わたしがこれを穴に下る者たちとともによみに下らせたとき、わたしは諸国の民をその落ちる音で震えさせた。エデンのすべての木、レバノンのえり抜きの良い木、すべての水に潤う木は、地下の国で慰められた。」

 

エデンの園は現在、イエス・キリストの復活と昇天の際に共に天国に移されたので地球の中心に残された空間は、霊的な地獄の暗闇だけです。その地獄の一部分に神様が堕天使200人を逮捕拘束されたようです。

Ⅱペテ2:4-5 「神は、罪を犯した御使いたちを、容赦せず、地獄に引き渡し、さばきの時まで暗やみの穴の中に閉じ込めてしまわれました。また、昔の世界を赦さず、義を宣べ伝えたノアたち八人の者を保護し、不敬虔な世界に洪水を起こされました。」

 

聖書ではこの同じ地獄空間のことをレギオン悪霊どもが「底知れぬ所」とも呼んで、やがて来る神様の正義の裁きの日を知って恐れています。

ルカ8:31-33 「悪霊どもはイエスに、底知れぬ所に行け、とはお命じになりませんようにと願った。ちょうど、山のそのあたりに、おびただしい豚の群れが飼ってあったので、悪霊どもは、その豚に入ることを許してくださいと願った。イエスはそれを許された。悪霊どもは、その人から出て、豚に入った。すると、豚の群れはいきなりがけを駆け下って湖に入り、おぼれ死んだ。」

 

ノアの当時、堕天使200人の悪影響は酷いものであり、本来人間が知ってはならない数々の有害なブラック情報を女たちに教え込みました。

魔術、呪い、薬草の根や潅木の断ち方です。魔術、呪いとは、人を滅ぼす呪術の手順や儀式の方法。薬草、これは健全な薬草による漢方薬だけではなく麻薬を差します。いかにして麻薬を快楽の道具に利用できるか、ハイになるための専門情報などです。堕天使の一人アザゼルは人間に金属の加工法を教え、剣や小刀、盾、鉾など武器を作らせ、戦争を学ばせました。

淫乱と好色に通じる貴金属製品の腕輪や飾りなどのジュエリーの作り方、アンチモンを使った美容や眉毛の手入れの仕方など化粧の方法や染料、各種の石のなかでも大柄の選りすぐったものを見せました。占星術や月の軌道を教え、禁じられた秘義で霊的に交信できるよう儀式を教え、堕落を引き込みました。

 

ギリシア語エノクの黙示録ではアザエールが人間どもに教えたのは、「軍刀と武器と小楯と鎧の作り方、これが天使たちの教えであり、彼らに教示したのは、金属とその製法、腕輪と諸々の装身具とシャドーカラーとまぶたを美しくする化粧品と選びぬかれたありとあらゆる宝石と諸々の染料であった。こうして多くの不敬が生じ、そうして彼らは姦淫し、迷い出て、自分たちのあらゆる道において堕落した。セミアザスは諸々の呪文と諸々の根の採集を教えた。アルマロースは諸々の呪文の解き方を。バラキエールは天文学を。コーキエールは占いを。サティエールは星座研究を。セリエールは月の運行を教えた。ところが、人間どもの破滅するとき、その叫び声が天まで登った。」

 

その影響下で地上の人々の堕落ぶりは目を覆うほどで、エチオピア語エノク書では「人間どもが、滅んでゆくと天使たちは大声にわめき、その声は天に達した。」「そのとき、ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエルが空から見下ろすと、おびただしい血が地上に流され、ありとあらゆる暴虐が地上に行なわれているのが見えた。彼らは互いに言い合った。彼ら人間の叫び声で、人気のない大地が天の門までこだました。」と言います。

聖書の創世記でも「地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。」と言います。

神様が「悔やまれた」のは、人間創造に失敗や錯誤があったのではなく、それ程まで人間を愛されたのに背いて堕落した人への愛と憐れみ、はち切れんばかりの痛恨の思いです。なぜなら罪悪が増大する時、裁きも近づくからです。その裁きがノアの時代の大洪水と溺死後の審判です。神様は罪悪に身を委ね、堕落しきっていた当時の人々に大洪水の裁きを送られました。

 

外典聖書ヨベル書7章21~23節では「彼らは誰もが自分を悪に売り渡して暴虐を行ない、おびただしい血を流した。地は暴虐に満ちた」とあります。ここで言う暴虐とは、ヨベル書によれば、「偶像礼拝」と「近親相姦」と「殺人」の三つのこと、これに「休閑すべき農地を休ませない」ことが加わり「この三つ、四つのゆえに洪水が起こる」と書かれています。

外典聖書ベン・シラの知恵16章8節では「主は、いにしえの巨人たちを容赦されなかった。彼らはその力を誇って反逆した」とあり、外典聖書の知恵の書14章6節では洪水は「高慢な巨人たちを滅ぼした」と、背が高く腕力ある巨人たちが高ぶっていたと言います。

 

天にいる堕落しなかった見張りの天使たちは、人間エノクに向かって地上で堕天使たちが裁かれる事を告げます。エノクが堕天使アザゼルたちに裁きを告げると、彼らは恐れおののいて、赦しの嘆願書を神様宛に書いてくれるようエノクに懇願します。堕天使たちにはもはや神様に合わせる顔がないからです。しかし、聖にして大いなる神様は、彼らには赦しがないことを文書に書いて堕落天使たちに渡すようエノクに命じます。彼らの裁きはすでに終わっているからです。彼らは二度と天に戻ることができません。エノクは、堕天使たちがやがて燃えさかる火の海に投げ込まれる幻を見ます。地上では、巨人たちが死ぬと、その死体から悪霊どもがでてきます。巨人たちの肉の存在は、死ぬまで裁かれることがなく、人々は大いなる裁きの日まで、堕落した生活を続けます。

神様は天使ウリエルを遣わして言われました。「レメクの息子ノアを救い、彼に世の終わりを告げろ。」天使ラファエルには人間を堕落の極致に落とした堕天使アザゼルの手足を縛り、暗闇に投げ入れ、鋭い石で覆いダドエル砂漠に閉じ込め永遠の審判が終わるまで「丘の下へ」つないでおくよう命じました。そして天使長ミカエルを送り、堕天使シェムハザをリーダーとした200人の堕天使たちは自分たちの子供ネフィリムたちが地上で殺しあう光景を見届けなければならないと告げました。

神様は巨人ネフィリムを地の表から一掃するために、彼らに鉄の武器を作ることを学ばせました。剣をもって自分たちの子供ネフィリムたちが互いに滅亡するのを見た堕天使たちはその後、70世代にわたり地獄の牢獄に縛られる定めになりました。天上の霊と地上の肉とを区別する神様の掟を破ったために、堕天使200人を拘束、これらは地上で悪霊に変じることになります。

 

 

 

歴史は繰り返されています。聖書でイエス・キリストが石をパンに変えるよう悪魔から誘惑され、これを断固拒絶して勝利されましたが、同様の誘惑に負けた企業家たちがいます。本来、石のような食用でない素材を食用に変えてしまう遺伝子組換作物や生物。その起源は古く、創世記の時代、すでに実験されていました。


 
時は、有名なアッシャー司教の試算に基づくと、天地創造がBC4004年。ノアの大洪水は天地創造から1656年目にあたるBC2351-2304年頃と計算されますが、ノアの大洪水直前まで凶悪な巨人がこの世界に多数生息していました。昔の勇士であり、名のある者たち、その名はネフィリム。
堕落した天使と人間のDNAが交じり合った巨大な混血児、その存在自体、神様が大洪水で当時の世界を滅亡させなければならなかった原因そのものでした。


神様はノアの時代に大洪水が起きる前から、エノクやその息子メトシェラを選んで祝福され、夢でやがて来る大洪水による審判を事前に預言されました。それを聞いた当時の人々は悲しんでとりなし祈ったようです。今、世界の終わりに臨む最後の火の審判を事前に聖書で知るクリスチャンたちが、世の罪悪と滅びを悲しんで、とりなし祈るのと同じ現象です。これは、スラヴ語エノク書からです。

「メトシェラの日々が終わったのちに、主が彼の夢見のうちに現われ、言われた。「メトシェラよ、聞きなさい。私は汝の父エノクの神である。私はお前に、お前の生きる日々がつき、休息の日が近づいたことを知らせようと思う。お前の息子レメクの二番目の息子ニルを呼びなさい。彼にお前の聖なる衣服を着せ、私の祭壇に立たせ、彼の日々に起こるであろうことすべてを告げなさい。なぜなら大地全体とあらゆる人間と地上を動くすべてのものの破滅の時が迫っているからである。すなわちその日には地上に大きな混乱が起こるであろう。なぜなら、人間は隣人をうらみ、民は民に襲いかかり、民族は民族に戦いを起こし、地上全体は血とひどい混乱で満たされるからである。そのうえ、彼らは創造主を捨て、天にかかるもの、地を歩むもの、および海の波をあがめるであろう。そして敵(悪魔・サタン)があがめられ、私にとって悲しみであるが、敵は自分のわざを喜ぶであろう。地上全体が秩序を変え、あらゆる果実と草は時節を変えるであろう。それは破滅の時を予期するからである。そしてあらゆる民族が、私にとって悲しみであるが、地上でみずからを変えるであろう。そのとき私は黄泉に命じると、黄泉は大地に襲いかかり、天にある水の貯蔵庫が大地に襲いかかり、第一材料によって大きな材料とするであろう。そして大地の構成要素はすべて滅び、大地全体がふるえ、その日から大地の確固たるものは失われるであろう。そのとき私は汝の息子レメクの長男ノアを守るであろう。そして彼の種から別の世界をおこし、彼の種は永遠に続くであろう。」

そして、いざ、ノアの時代になると当時の様子を聖典である聖書にはこう記録します。

創世記6:1-7「さて、人が地上にふえ始め、彼らに娘たちが生まれたとき、神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。そこで、主は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう」と仰せられた。神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもができたころ、またその後にも、ネフィリムが地上にいた。これらは、昔の勇士であり、名のある者たちであった。主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」

一般的な福音派のプロテスタント教会では外典聖書は一切読まず、この聖書箇所をこう解釈します。「神の子らが、人の娘たちのところに入り、彼らに子どもができたころ」を、「神の子ら」は「神様を信じるセツの子孫たち」、「人の娘たち」とは「神様を信じない殺人者カインの子孫たち」、これらの信者男性と美しい不信者女性が神様の御心を求めないで、外面的な美しさだけで判断して結婚、子供を産んだ。ノアの当時はそれほど堕落した時代だったと教えます。しかし、真実はそのレベルではない驚愕の異変が起きていました。

「ネフィリム」というヘブライ語は「巨人」と訳せますが、動詞「ナーファル」(倒れる、落ちる)の語呂で「天から落ちた者」の意味もあります。プロテスタント教会のクリスチャンたちからなる新改訳聖書翻訳委員会はあえて「巨人」の存在が信じられず、そのまま「ネフィリムが地上にいた。」とあいまいで中途半端な翻訳を選択したようですが、カトリック教会採用の外典聖書であるエノク書や他の書簡には巨人の存在がありのまま記録されています。但し、外典聖書(アポクリファ・ギリシャ語で「隠されたもの」を意味する)は聖典と呼ばれる聖書とは違って、偽物もわずかながら含まれているので吟味が必要な難しい書です。牧師なら読むべきと思いますが、一般の方には聖書一冊で十分だと思います。またカトリック教会もその闇の歴史と異端的な教理堕落のため、おすすめではないのが私の考えです。

さて、聖書の記録「神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。」という本当の意味は、「神の子ら」は「堕天使200人」を差しています。エチオピア語エノク書では「そのころ人の子らが数が増していくと、彼らに見目麗しい美人の娘たちが生まれた。これを見た天使たちは彼女に魅せられ、「さて、さて、あの人の子らの中からおのおの嫁を選び、子をもうけようではないか」と言い交したようです。

ギリシア語エノクの黙示録では「そうして、人間どもの息子らがいや増す時になって、その日々に、うるわしくも美しい娘たちが生まれた。そこで、天の息子たちである天使たちはこれを見て、彼女たちに欲情し、お互いに言い交わした。「さあ、人間どもから自分たちの妻を選ぼう、そして自分たちの生子をもうけよう。」

本来、人間を教え監督する「見張り役」として地球に使わされた天使200人は人間の娘たちが美しいのに気が付きました。そこで堕落した天使シェミハザがリーダーとなって言いました。エチオピア語エノク書では、「実は、あなたがたはこういうことが実行されるのをひょっとすると好まず、私だけがこのけしからん悪事のしりぬぐいをするはめになるのではないかと心配なのだ。」すると他の天使たちも異口同音に答えて同意して言いました。

「この計画をふいにしないこと、これを確実に実行することを一緒にはっきり誓い、誓いを破った者は仲間外れにするとしよう。」
ギリシア語エノクの黙示録では「全員がいっしょに誓い、その場所でお互いに呪いをかけて誓い合った。」とあります。

こうして互いに密約を交わしてヤレデの時代に地上のヘルモン山の頂きに降り立ち、人間の娘たちを思いのまま選び、自分たちの妻としました。この山がヘルモンと名付けたのは、そこで仲間外れを罰とする誓いを結んだからです。エノク書にはこの犯罪に参加した堕天使たち200人の首長天使たち20人の名前も記されています。無論、これは神様の摂理に反する遺伝子交雑による重大な霊的大罪でした。

堕天使と人間のDNAが交じり合うとは許されないこと。堕天使が禁断の世界に足を踏み入れるとやがて混血児ネフィリムが人間の娘たちから生まれました。当初は人間の母親から人間の赤ちゃんサイズで生まれたはずですが、その後は果てしなく巨大化するとは!その身長はいずれも3000キュビト、キュビトとは、肘から中指の先までの間の長さに由来する身体尺で、古代より西洋の各地で使われてきた長さの単位です。 1キュビトを一般的に知られた45、72センチメートルとすれば、3000キュビトは1371メートル!とてつもない巨人です。
 
ネフィリムは父である堕天使200人に似た罪悪と暴虐に満ちた性格を持ち、人間の食料を食いあさり、食い尽くしても飽き足らず、ついには人間が彼等を養う事が出来なくなってしまい、最後に巨人は人間を食べ、自分たち同士でも食らいあい、血をすすりはじめました。その時、地はこの無法者たちに対して非をならし訴えをおこしました。


ギリシア語エノクの黙示録ではこう記録します。「やがて女たちは胎にはらみ、身の丈3000ペーキュスある大きな巨人たちを産んだ。この者たちは人間どもの労苦をむさぼり食い。そのため、人間どもは彼らを扶養することができなくなったので、巨人たちは彼らに対して大胆にふるまい、人間どもをむさぼり食った。こうして、彼らは羽根あるものらに対して、獣に対して、這うものらに対して、魚どもに対して罪を犯しはじめ、お互いの肉までむさぼり食いはじめ、血を飲んだ。そのとき、大地はその無法を訴えた。」


「ゲノム食品、食卓へ=安全審査、表示義務なく-消費者に懸念も」

遺伝子を効率良く改変できる「ゲノム編集」技術を使った食品について、開発者が国へ届け出る制度が始まり、ゲノム編集食品が流通し、食卓に並んでます。ゲノム編集には、DNAを狙った位置で切断して特定の遺伝子の機能を止める手法や、狙った部分に新たな遺伝子を組み入れる方法がある。品種改良を短期間で効率よく進められ、栄養価の高いトマトや収穫量の多いイネ、肉厚のマダイなどが開発されている。」

 

遺伝子組み換え技術の発想原点は聖書にあった!

 

聖書でエゼキエルが見た天使は特殊で人間のようで手があり、鳥のような翼もあり、足の裏は子牛の足の裏のようであり、彼らの顔かたちは、人間の顔であり、四つとも、右側に獅子の顔があり、四つとも、左側に牛の顔があり、四つとも、うしろに鷲の顔があったと言います。

 

エゼ1:5-11 「その中に何か四つの生きもののようなものが現れ、その姿はこうであった。彼らは何か人間のような姿をしていた。彼らはおのおの四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。その足はまっすぐで、足の裏は子牛の足の裏のようであり、みがかれた青銅のように輝いていた。その翼の下から人間の手が四方に出ていた。そして、その四つのものの顔と翼は次のようであった。彼らの翼は互いに連なり、彼らが進むときには向きを変えず、おのおの正面に向かってまっすぐ進んだ。彼らの顔かたちは、人間の顔であり、四つとも、右側に獅子の顔があり、四つとも、左側に牛の顔があり、四つとも、うしろに鷲の顔があった。これが彼らの顔であった。彼らの翼は上方に広げられ、それぞれ、二つは互いに連なり、他の二つはおのおののからだをおおっていた。」

 

これをもし遺伝子工学の発想から分析するならば、基本は天使ですが、掛け合わせは人間、子牛、獅子、鷲となります。これは異なる生き物たちを一つにミックスしてかけ合わせる技術、異種交配に位置します。

 

堕天使200人は元々、天国にいたのでこれら四つの異なる顔を持つ四人の天使を知っていたはずなので、その感覚も働いて神様の真似をして異種交配という動物と自分たちの交配発想があったのかも知れません。しかし、その作品は粗悪で凶暴な人食い巨人や人食い恐竜。下品で危険、生まれて来なかった方が良かった失敗作の連続です。堕天使がいくら頑張っても神様のようには立派に創造できません。

 

ちなみにこの四つの天使は美しくバランスが取れていて、その意味するところは、人間の顔の天使はイエス・キリストの人間性を強調したルカの福音書を象徴する天使であり、獅子の顔の天使はイエス・キリストの王性を強調したマタイの福音書を象徴する天使であり、牛の顔の天使はイエス・キリストの従順なしもべの姿を強調したマルコの福音書を象徴する天使であり、鷲の顔の天使はイエス・キリストの神性を強調したヨハネの福音書を象徴する天使です。

 

新約聖書を始めから読むと四つの福音書が書かれていて、同じイエス様がなさった働きに関する違った角度から四人の著者による別々の記録がありますが、おのおの強調する視点が異なり、四つの福音書すべてを読むと、イエス・キリストの姿がより一層、立体的に見えてきます。イエス・キリストは王であり、しもべであり、人間であり、神である。これらすべての側面を同時に持たれたお方なのです。四つの天使の存在目的はイエス・キリストを四つの異なるスポットライトで照らすことです。

 

一方、ネブカデネザル王が夢見た偶像は、もし遺伝子工学の発想から分析するならば、遺伝子操作による変質種になります。

 

ダニ2:31-33 「王さま。あなたは一つの大きな像をご覧になりました。見よ。その像は巨大で、その輝きは常ならず、それがあなたの前に立っていました。その姿は恐ろしいものでした。その像は、頭は純金、胸と両腕とは銀、腹とももとは青銅、すねは鉄、足は一部が鉄、一部が粘土でした。」

 

この偶像はあくまで人間ベースで他の生物は掛け合わせしていませんが、各所の素材が純金、銀、青銅、鉄、粘土と違います。遺伝子情報のゲノム設計図の中からどの部分を編集操作すれば、例えば背が高くなる、皮膚や髪の毛が何色になる、病気に対する抵抗体を備えるなど、すでに人間の遺伝子情報は解読されています。一人の人間を産む前から受精レベルで好みのままに遺伝情報を編集操作する、これはまさに遺伝子操作による変質種です。驚きです。聖書は時代の先取りでその最先端技術をまるで事前に暗示していたかのような記述です。

 

生物界だけでなく植物界にも同様の遺伝子工学が成り立ちます。

まずは異種交配。これも異なる品種の植物を一つにミックスしてかけ合わせる特殊技術です。

 

黙22:1-2「 御使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができた。また、その木の葉は諸国の民をいやした。」

 

いのちの木は毎月、十二種の実がなるとは、まさに異種交配です。あえて遺伝子工学の発想から分析するならば、実がなる品種の木々を十二種類組み込んでかけ合わせたことになります。

 

一方、遺伝子操作による変質種に位置する植物。それは一度の種まきで百倍もの実を結んだ穀物や巨大なぶどうの実など、やがて来る遺伝子操作による大量生産型、現代農業を暗示しているかのようです。

 

創26:12-13 「イサクはその地に種を蒔き、その年に百倍の収穫を見た。主が彼を祝福してくださったのである。こうして、この人は富み、ますます栄えて、非常に裕福になった。」

 

民13:23 「彼らはエシュコルの谷まで来て、そこでぶどうが一ふさついた枝を切り取り、それをふたりが棒でかついだ。また、いくらかのざくろやいちじくも切り取った。」

 

遺伝子操作で百倍の収穫や巨大なぶどうの実など、人工的ゲノム操作で栽培可能です。しかし、いずれも神様がなされた完璧な創造の御わざとは程遠い、人間わざは、まだまだ未熟な技術で、危険性が高い食用に不適な栽培レベルです。

 

 

 

負わされた十字架が祝福に代わる 

アレキサンデルとルポスの父シモンというクレネ人にむりやりに負わされた十字架

 

マル15:20 「彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。15:21 そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。」

 

マルコは、わざわざ「アレキサンデルとルポスとの父」と、息子たちの名前まで書いています。これは、当時この二人が教会でよく知られた信徒だったからと考えられます。十字架を無理に背負わされたルポスは、アレキサンデルとルポスという子供たちが救われる祝福にあずかったようです。親が信仰に立って子供たちが救われる典型例です。

 

さらに、ローマ人への手紙16章13節にはこうあります。

ロマ16:10 「キリストにあって練達したアペレによろしく。アリストブロの家の人たちによろしく。16:11 私の同国人ヘロデオンによろしく。ナルキソの家の主にある人たちによろしく。16:12 主にあって労している、ツルパナとツルポサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。

 

シモンというクレネ人の息子「ルポス」とその「母」によろしくというのは、クレネ人シモンの妻も救われたという意味でしょう。私との母はシモンの妻。パウロ自身の母ではないと思われます。このときパウロは47-52歳ですから、母は既に昇天していた可能性もあります。そうでなくてもパウロはクリスチャンの家族のことを、「真実のわが子テモテ」というように実の家族のように表現しています。
Ⅰテモ1:2 信仰による真実のわが子テモテへ。父なる神と私たちの主なるキリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とがありますように。
 

つまり、

父はシモン

息子はルポスとアレキサンデル

そして母も救われて全家族がそろって、初代教会の中でよく知られたクリスチャンになっていた可能性が高いということになります。

「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」

イエス様の十字架を無理に負わされた一見、災いであっても、それはやがて全家族に及ぶ祝福へと変わります。

 

老いた親や、痴呆症の家族、病気の家族、障害者への介護など、大変な十字架でしょう。 

しかし、その十字架を愛をもって背負い続ける時、後には復活の栄光へと変わります。

 

Ⅰテモ5:1 年寄りをしかってはいけません。むしろ、父親に対するように勧めなさい。若い人たちには兄弟に対するように、5:2 年とった婦人たちには母親に対するように、若い女たちには真に混じりけのない心で姉妹に対するように勧めなさい。5:3 やもめの中でもほんとうのやもめを敬いなさい。5:4 しかし、もし、やもめに子どもか孫かがいるなら、まずこれらの者に、自分の家の者に敬愛を示し、親の恩に報いる習慣をつけさせなさい。それが神に喜ばれることです。5:5 ほんとうのやもめで、身寄りのない人は、望みを神に置いて、昼も夜も絶えず神に願いと祈りをささげていますが、5:6 自堕落な生活をしているやもめは、生きてはいても、もう死んだ者なのです。5:7 彼女たちがそしりを受けることのないように、これらのことを命じなさい。5:8 もしも親族、ことに自分の家族を顧みない人がいるなら、その人は信仰を捨てているのであって、不信者よりも悪いのです。

 

テモテの家族のように親から子へ代々下る信仰の祝福もあります。

 

Ⅱテモ1:5 私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。

 

 

 

イスラエル40年史で岩から水は二回出ました。二度目には主が命じるようモーセに言われた意味

 

Ⅰコリ10:1  「そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの父祖たちはみな、雲の下におり、みな海を通って行きました。10:2 そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、10:3 みな同じ御霊の食べ物を食べ、10:4 みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。」

 

「海を通って」とは、紅海です。赤い海を通ったイエスの血の象徴であり、同時に水のバプテスマを意味します。

 

モーセの杖(十字架象徴の木)で砕く岩から流れ出た泉は命の聖霊様です。

イスラエル40年史で岩から水は二回出ました。

同様に、聖霊の命の泉は旅人であり、寄留者である神のイスラエル、クリスチャンにも二回あります。

一度目は救いの十字架です。

「さあ、わたしはそこ、ホレブの岩の上で、あなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。岩から水が出て、民はそれを飲む。」モーセはイスラエルの長老たちの目の前で、そのとおりに行った。」

出エジプト17:6

 

この時、神はモーセに杖で岩を打つように言われ、その通りにすると岩から水が出てイスラエルの民の喉を潤すことができました。

クリスチャンは一度目、イエス様をモーセの杖の木のような十字架の木で打たれて死なれたこと、三日目に復活されたことを信じれば救われます。

 

2回目は出エジプト20:8 

「杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。彼らのために岩から水を出して、会衆とその家畜に飲ませよ。」 

 

2回目は岩に命じれば、岩は水を出す。ところがモーセは今回も岩を杖で打ちました。水は出たのですが、 

20:12 「しかし主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたはわたしを信頼せず、イスラエルの子らの見ている前でわたしが聖であることを現さなかった。それゆえ、あなたがたはこの集会を、わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない。」 

 

杖を取れと言われたのですから、前と同じく岩を打つのだと思ってもおかしくないと思うのですが、今回は「命じなさい」でした。前と同じように岩を打つのでは無く、命じなければならなかったのです。神の言葉には力があるので、同時にその言葉に忠実さが求められるようです。

そして、二回目は、命じるように言われた意味があります。

 

一度目、2000年前、聖霊の命の泉は、岩なるイエスを十字架の木の杖で打って、湧き出たリバイバルでした!

二度目、世界の終わりには、聖霊の命の泉が湧き出るリバイバルは、「命じなさい。」

言葉の戦いです。あなたの口で発する言葉が聖霊様の働きを水のように岩なるイエス様から世界に解き放ちます!その命じるべき言葉は、

賛美の言葉です!

聖書を告白する伝道の言葉です!

祈りの肯定的な宣言の言葉です!

 

「イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」するとイエスは、彼に答えて言われた。バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」
(マタイ十六章十三~十七節)

 

イエス様が誰であるかを知ることは重大で、ペテロのように「生ける神の御子キリスト」と信仰告白できれば天国に入れます。しかし単なる歴史上の聖人や宗教家、教師、預言者と考えるなら危険です。ペテロはイエス様を正しく評価できましたが、誉められると未熟者なので有頂天になり、心にスキができました。そのためイエス様によって十字架の死と復活に関する重大なメッセージが語られた直後、心のスキに入り込んだサタンがペテロの口を使ってもっともらしく不正をしゃべりました。

「イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」(マタイ十六章二十二節)

 

事もあろうに十字架を「そんなこと!」呼ばわりして軽蔑したサタンですが、一見この発言はペテロらしい人情味あふれる親切な言葉にも聞こえます。だまされてはいけません。サタンは巧妙な偽りの父です。人情に訴えながらその実、全人類の唯一の救済策、十字架を否定する悪い敵です。イエス様はこの時、サタンにだまされることなく完璧に背後の霊を見分けて仰せられました。

「イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」(マタイ十六章二十三節)

 

人が霊の見分けなくサタンにだまされる時は、決まって神様のことを思わないで、忘れている時です。サタンは神様より目に見える人のことや世俗の事柄ばかり意識させ、真理から目をそらさせようと誘惑します。だから使徒パウロは命じました。「私の福音に言うとおり、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。」(テモテ第二 二章八節)どんなに熟心に走りこんでも道を間違えたら労苦が無駄になるように、だまされてサタンの側について行ったら死後に気付いた時、すべてが台無しです。霊を正しく見分けないといけません。

 

 

 

「世界は地獄の現実を知らねばなりません。多くの罪人だけでなく、私の民(クリスチャン)の中にさえ地獄が現実にあることを信じていない人々がいます。これらの真実を彼らに明らかにするために、あなたは私によって選ばれたのです。私が地獄についてあなたに示すどんなことも、また私があなたに示す他のどんなことも、すべて本当のことなのです」

 

私たちは穴のところに来ました。その穴の内側は、大きさは他の穴と同じでしたが、別の骸骨の姿がありました。ひとりの男の人の声が穴から叫んで言いました。「主よ、私をあわれんください!」

話し声が聞こえた時だけ、私はそのたましいが男性か女性かわかりました。激しい悲嘆にくれた泣き声がこの男の人から聞こえました。「本当にすみませんでした。イエス様。私を赦してください。私をここから連れ出してください。もう何年もこの苦しい所にいます。お願いですから私を出してください!」

彼が懇願したとき、激しいすすり泣きで彼の骸骨のからだが揺れ動きました。

「どうか、イエス様、私を出してください!」

私がイエス様を見るとイエス様も泣いておられました。その男の人は燃えている穴から叫びました。

「主イエス様、私の罪のためには十分苦しんだじゃないですか?死んでもう四十年たちましたよ」

イエス様は言われました。「こう書かれています。『義人(神の前に正しい人)は信仰によって生きる!』すべてのあざける者たちと信じない者たちの受ける分は、火の池の中にあります。あなたは真理を信じようとしませんでした。幾度も私の民があなたのところに送られて、あなたにその道を示しました。しかしあなたは彼らの言うことを聞こうとしませんでした。あなたは彼らをあざ笑い、福音を拒みました。私はあなたのために十字架の上で死んだのに、あなたは私をあざけり、あなたの罪を悔い改めようとはしませんでした。私の父はあなたに救われる機会を幾度も与えました。もしあなたが耳を傾けてさえいたのなら!」

イエス様は泣かれました。その男の人は叫びました。

「知っています、主よ、知っていますよ!だけど今は悔い改めています」

イエス様は言われました。「遅すぎます、裁きは決定しています」

その男の人は続けて言いました。「主よ、何人か私の知り合いがここに来るはずです。彼らも悔い改めることはないでしょうから。お願いです。主よ、私を彼らのところに送って、まだ地上にいる間に自分の罪を悔い改めなければいけない、と話させてください。私は彼らにここに来てほしくないんです」

イエス様は言われました。

「彼らには福音を語る説教者、教師、長老たちがいます⋯その人たちはみな福音の奉仕をしています。その人たちが彼らに語るのです。彼らは私から学ぶために、現代の情報伝達のシステムなどさまざまな方法を利用することもできます。彼らが信じて救われるため、私は働き人たちを彼らのもとに送りました。彼らが福音を聞いたとき信じようとしないなら、死人が生き返っても彼らは聞き入れないでしょう」

このとき、その男の人は非常に怒り出し、のろい始めました。悪い、ののしる言葉が彼から出て来ました。私はおびえて見ていると、炎が立ち上ってきて、彼の死んで腐った肉は焼かれてくずれ落ち始めました。この死んだ男の人の形の内側に、彼のたましいが見えました。それは、きたない灰色の霧のように見え、彼の骸骨の内側に満ちていました。私はイエス様の方を向いて叫びました。

「主よ、なんて恐ろしいことでしょう!」

イエス様は言われました。

「地獄は現実にあり、裁きも現実にあるのです。我が子よ、私は彼らをとても愛しているのです。」

「地獄が現実にあり、男も女も自分の罪を悔い改めなければならないことを、私の代わりに世界に語りなさい。来なさい、私について来なさい。私たちは進んで行かねばなりません」 

 

聖書の言葉通り天国も地獄も現実に永遠に続きます。神様はあなたを愛して天国入場を願っています。

本来なら、私たちは罪の刑罰を受けて、死後、地獄に行くしかなかったのですが、イエス様が、私たちの罪の身代わり十字架にかかり血を流して死なれました。イエス様は、墓に葬られましたが、三日目に、復活されました。イエス・キリストは、2千年経過した今も生きておられ、世の終わりに、もう一度この世界に戻って来られます。もし、あなたがイエス様を信じて罪を悔い改めるなら罪がゆるされて、死後、地獄ではなく祝福された天国に移されます。あなたが、心からイエス様を信じるなら、神様は守られます。永遠の命が与えられ、あなたの将来には希望があります!次のように祈ってみて下さい。神様は本当に生きておられます。祈りと聖書で聖霊様の満たしを体験できます。

 

「天の父なる神様。私のすべての罪をゆるして下さい。悔い改めます。罪なき神の独り子イエス様が、十字架で私の罪の身代わりとなって血を流して死んでくださったこと、三日目によみがえったことを信じ感謝します。復活したイエス様、私の心の中にお入りください。助け主の聖霊様を与えてお救い下さい。イエス・キリストの名前によって祈ります。アーメン」