本当に久しぶりのブログです。

あんまり間があいてしまうと、書きづらくなるものですね。

気楽にいこうと思います。

 

さて先日、わりと参詣させていただいている寺院さんで、何故かおみくじを引きたくなって引きました。

 

結果はなんと、「凶」。。。

 

もちろんいい気はしないのですが、それ以上に、「凶」の確率は少ないであろうに、そのなかで「凶」を引いたことが不思議でした。(「凶」が多いことで有名な神社仏閣さまもありますが、そこでは無く普通の寺院さまでした)

 

あれこれ思い当たることを考えて見ますに、最近は心があまりきれいでなかったことを反省。。。

なんとなく納得できました。

 

人によっては何度も引くことは避けるようにとご指摘されていることは知りつつ、「小吉」などであればまだしも「凶」だと再度引いてみたくなる気持ちを抑えきれずに、2度目のチャレンジ。

 

結果は、ありがたいことに「大吉」でした。

 

自分勝手な解釈ですが、心をきれいにすることを心がければ運気は良くなる、でもその逆だと悪くなるので気をつけるようにとの、目に見える形での、とても分かりやすいアドバイスをもらったように思います。

 

 

※ある方のお話では、おみくじの運勢が良くない場合、「神(仏様)、この運勢はいりませんので、どうか引き取ってください」と言いながら、所定の場所に結ぶと、その運勢を引き取ってくれるそうです。上記はそれを行ってます。

ミネラルだより 2024年9月 174号より

 

 

レプリコンワクチン(以下レプワク)の接種が始まります。

 

このレプワクと直近のmRNAワクチン(以下mRNA)との違いは、mRNAの効果が短期的なものに対して、レプワクは長期間効果がある点です。

 

通常のワクチンは、体内にワクチンという抗原等(以下異物)を注射して、意図的に免疫反応を引き起こし、抗体を作り本番に備えます。mRNAが従来と異なる点は、異物そのものではなく、異物の設計図を注射し、その設計図に基づいて体内で異物を作ることでした。

 

レプワクは、更に設計図を体内複製する自己増殖機能を加え、少量接種でも長期間、体内で異物を作り続けます。この異物により、抗体が作り続けられる仕組みです。

 

世界初のワクチンで安全性は許容範囲とされますが、開発国や先行治験国では未認可。医師や看護師にも懸念を表明する方が増えています。

 

そもそもウイルスは変異します。変異時に、未対応の体内で作り続けられる異物とその抗体は効果があるのでしょうか。

 

国は任意接種としていることから、個人的には最低1年以上は様子を見たいと思います

 

 

全国有志医師の会

 

 

 

 

方丈社

 

 

 

一般社団法人日本看護倫理学会

https://www.jnea.net/wp-content/uploads/20240806kinkyuseimei.pdf

 

 

人には立場があります。
立場上、言えない事や命令を拒否できなかった経験がある人もいらっしゃるのではないでしょうか。
これは政治家でも、官僚でも、マスコミでも、学者でも、医師でも同じです。
 
私たちは、政府が言っているから大丈夫。
マスコミが言っているから大丈夫。
学者が言っているから大丈夫。
お医者様が言っているから大丈夫。
 
と思いがちですが、本心からのものか、立場上、言わされているのか、考えても良いかと思います。
 
虚偽を信じると、不幸が待っていることも多いものです。
それは虚偽を言った人も、言うように命じた人も同じです。
 
虚偽を言わざるを得ない立場の人を人を助ける方法は、その人の言葉を鵜呑みにせず、自分で情報を集めて自分で判断することです。それによって、言わざるを得ない人を助けることができます。
 
※日本政府は日本人にとっては最高権力でも、国際的には上位の国々が存在し、本心で政策を行えているかは不明です。

私たちの判断の拠り所として、マスコミ報道が大きな影響を与えています。

 

例えば、前回ブログの「死後の世界は存在しない」「宇宙人は存在しない」というルールも、マスコミが存在しないと言っているから、という理由が大きいと思います。

 

仮にマスコミが180度方針を変えて、「死後の世界は存在する」「宇宙人は存在する」と一斉に報道し始めると、最初は否定的であっても1年も経たないうちに多くの人が報道を受け入れ、存在を否定する人たちを遅れている、などと言い始める気がします。

 

もちろん科学的根拠はなくてもです。マスコミの意向に沿った見栄えのいい人を取り上げ、反対意見を取り上げないだけで充分です。(直近でもあった気が)

 

要はそれだけ多くの人がマスコミを信頼している証です。

 

また人の関心事は人それぞれです。自分に関心が無いことには時間を割きたくない、大勢の意見に従った方が楽という心理も働きますので、マスコミ報道は便利です。

 

しかし、それだけ頼りにされるマスコミが常に真実を伝えるか、というとそうでもありません。マスコミも私企業ですから、スポンサーや株主等の意向を無視できません。N〇Kにしても、いろんな圧力があるかと思います。

 

影響力があればあるほど、様々なところに利用され圧力を受けるのは世の常です。

 

またマスコミで働く人たちは普通のサラリーマンです。上の命令には背くことはできません。下手に主張するとラインから外され家族にも苦労をかけます。どこの世界も同じです。

 

マスコミに理想を求めるのであれば、マスコミ以外の情報も得た方が良いと思います。多くの人が、マスコミとは別の自らの考えを持つことが、逆にマスコミを解放する手助けにもなります。

 

マスコミは戦後一貫して、国や日本人の良さを否定し、自信を失い、罪悪感を覚え、衰退に向かう報道を行うよう業務命令を受けており、不本意ながら従わざるを得ない立場でもある気がしますから、なお更です。

 

 

ミネラルだより 2023年7月 160号

 

世界数十か国の大学・研究機関が参加する2020年「世界価値観調査」のマスコミ信頼率によると、欧米諸国の3割台に対し日本は約7割あります。

 

これは多くの日本人がマスコミを「権威」として捉えているからだと思います。しかし今後も続くかどうかは疑問です。

 

マスコミの権威は、情報の公平さと正確性に基づいています。

かつてはマスコミが唯一の情報源であったため、比較されることもなく不可避的に権威が確立されていました。

 

しかし、現在はインターネットで様々な情報が手に入ります。このためマスコミ情報が必ずしも全てではないとの認識が生まれ、権威や信頼率の低下が起こり始めています。

 

なおマスコミには、世論操作や世論形成の役割もありますが、信頼率が低下すると、これらが上手く機能しなくなる可能性もあります。例えれば、マスコミ情報という見えない柵があちこちで破れ、そこから逃げ出す人が増えるイメージです。

 

将来的には、マスコミに物事の判断を委ねる人が次第に少なくなり、代わって個人の判断を大切にする人が増えるように思います。

現代社会は、何かと生きづらい気がしますが、その理由の一つに、価値観の押し付けがあります。

 

一例をあげれば、経済至上主義。

 

人は十人十色と言われるように、価値観や好みは人によって異なります。

 

経済に興味がある人もいれば、芸術や医療、理工、建築土木、食関係など人の関心は様々です。また競争が好きな人もいれば、嫌いな人もいます。

 

そういった人の多様性を無視して、競争して周りに勝ち、経済力を得るのが素晴らしい、との価値観が幅を利かせています。

経済に興味があって、かつ競争好きの人にとっては性に合っている社会だと思いますが、全員がそうでもありません。

 

経済至上主義というのは、あくまでも数多くの中の一つの価値観です。

たった一つの価値観が正しいと押し付けられているため、合わない人にとっては生きづらく感じます。

 

昔のように生産性が低い社会であれば、物も不足気味ですから、経済至上主義も理解できなくもありません。ただ現代は物が売れなくて不況になるような社会です。

 

 

なお前世紀、20世紀に一つの壮大な実験が行われました。

 

それは資本主義と社会主義。

 

乱暴なほど極論すれば、

資本主義は、人よりたくさん物を持っていれば幸せ。社会主義は、人と平等に物を持っていれば幸せ、とする価値観です。

 

どちらも物を中心としています。

 

社会主義の雄であるソ連は崩壊し、一方の資本主義の雄のアメリカも怪しくなり始めています。物を中心とした価値観は終わりが近い感じがします。

 

 

今後の時代は、世界各国の経済力もつき、物も行き渡って来たことから、次第に精神性を重視する時代へと変わっていくように思います。経済至上主義の価値観は見事役割を果たし終えたとも言えます。

 

 

ミネラルだより 2023年6月 159号より

 

野球には野球、サッカーにはサッカーのルールがありますが、私は地球もルールに基づくゲーム会場だと思うことがあります。

 

ゲーム会場であればルールは何でしょうか?

 

2つ挙げると、宗教を除き「死後の世界は存在しない」と「宇宙人は存在しない」です。私はこれらの存在を信じますが、ごく少数派ですね。

 

さてルールで人々の意識が地球の物質界に閉じ込められた結果、物質(お金)を多く所有した者が力を持つ社会が生まれました。またこれらは科学的な研究の対象外となり、玉石混淆しています。

 

筋力は勝るものの、霊的感性は女性に劣る男性に有利な社会に思えますが、女性が幸せになれない社会は男性も幸せになれません。

 

一方ルールを作る側は、ルール外からの情報や技術を独占活用します。ルールを信じる人々を常識人として定義し、意識を狭めた上で、分断し争わせて管理します。

 

しかしルールは単なる設定であり、変わるものです。例えば、サッカーの試合中にボールを手に持って走り出した少年がきっかけでラグビーが生まれたように、地球のルールも多くの人々が気づいて望めば変わります。

AI(人工知能)ChatGPTが話題になって1年以上が経過しました。

 

現時点のAI進歩状況はパソコンに例えると、1995年にWindows95が発売された当初のようなものだと思います。

Windows95により業務用であったパソコンが、一般家庭に入りインターネット普及の契機となりました。性能も今とは比較にならないほど低スペック、そんな時代です。

 

今後のAIの進歩とともに、人間にしかできないと思っていたことが、意外に少なく、大抵のことはAIが行うようになります。

 

しかし、いくらAIが進歩しようが、それが人間の生活を楽にするかどうかは別です。

人間の意識が変わらない限り、生活のためにAIと仕事で激しい競争する、そんな社会になりかねません。手作業が機械に代わったのと同じように、頭脳労働がAIに代わっただけのようなものです。

 

そもそも物理的には今の生産性をもってすれば、現在でさえ必要以上に働かなくても人々は生活できる気がします。

 

それをさせないのは、人々の意識です。

例えば、小さい頃より植え付けられている学力競争などで育まれる競争(争い)意識。

社会に出れば、年収、地位、名誉等を巡っての競争(争い)。

当然国家間でも競争(争い)を繰り広げており、最たるものが戦争です。

 

つまり全人類が、競争は素晴らしい、周りは敵だ、勝者が正義、勝者が作る社会が良い社会、等と洗脳されてしまっているのです。

 

ただ実際のところ、競争によって社会は良くなっているかと言うと、むしろ殺伐とした社会になっているだけです。身近な例で考えれば体の各臓器は競争でなく協力しているように思います。各臓器が競争し合っている体は何だか嫌です。

 

 

競争より、協力、共生、といった意識の方が社会にプラスに働くはずですが、そうはなりません。これは人類の意識レベルが幼いと言うこともありますが、あえて幼くさせようとしている存在があるのも知れません。

 

昔の支配者は武力で支配し、被支配者を働かせていました。被支配者が怠けないように対立させ、競争もさせてもいました。現在は効率が悪いことから武力で支配することは少なくなり、思考操作が中心とはなっていますが、基本構造は変わっていないのかも知れません。

 

私は今は時代の転換期だと思っています。気象も含め、いろいろと大変な出来事が起こり混とん状態ですが、これは転換期に良くある事象です。混とん状態が続き困難で大変な生活が長く続くか、思ったよりも短くて済むかは人の意識次第です。

 

人口が大幅に減るなど、ネガティブな話も聞きますが、私自身は将来は明るいと思っています。新しい時代は競争から抜け出して、協力や共生といった意識に重きが置かれるように思います。その時代の意識を実現しやすい国の一つが日本です。

 

希望の命水はこういった時代だからこそ生まれた商品です。

 

 

 

ミネラルだより 2023年5月号158号より

 

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AI(人工知能)を使った対話型ソフト「ChatGPT」が話題になっています。

 

これはネット上でメッセージを送ると、人間のように言葉を理解し、瞬時に文章で返答されるサービスです。小説、脚本、詩、歌詞、作文や論文などの作成、添削、校正、要約。数学や物理の問題の解決、翻訳、アイデアの提供など、そのサービスは多岐にわたります。

 

私も試してみましたが、非常に知識の豊かな人と対話しているような感覚に陥り、驚きました。将来、AIによってホワイトカラーの仕事をはじめとする半数以上の仕事がなくなると予測されていますが、ChatGPTを使用してその実感を得ました。

 

現在は「働かざる者は食うべからず」という考え方が社会体制の基盤となっています。しかし、この考えに固執すると、多くの人々がAIに職を奪われ、困窮する未来が待っています。

 

一方において、この考えから離れ、違った価値観の社会に舵を切ることができれば、AIが働く分、人は生活のために働く必要がなくなるだけです。

 

その結果、人々は自分が喜びを感じる仕事や活動を、生涯を通じて行えるようになります。