とうとう、私の父も76歳にして、この世からいなくなってしまった。
癌告知から1年2ヶ月、奇跡の回復を期して闘病生活を続けたが願いは叶わなかった。
10月7日(日)am5:02に逝った父は、その日の夕刻に自宅から葬儀場へ搬送され、
桐の棺に納まり、祭壇の中央へ安置された。
次の朝、小雨の中を斎場へ運ばれて行き、11:00頃には骨と灰だけになってしまった。
ただ、唯一焼け残った眼鏡の金属フレームだけが、灰にまみれて鈍く光っていた。
あたかもそれは、この世に父が確かに生きていたことを静かに語っているかのようであった。
身長180㎝と、この世代にしては大柄な父であったが、その骨壷はあまりにも小さかった。
10月12日(金)の夕方まで実家に滞在し、可能な限りの手続きを済ませて新幹線で
帰宅したが、やらなければならないことは山のように残っている。
人が死ぬということは、ある意味大変なことだ。
自宅での闘病を強く望んだ父であったが、母の疲労はピークに達しており、
限界が近づいていた矢先の逝去だった。
もう1週間、命の炎が揺れ続けていれば、母は倒れていたに違いない。
それ程、末期の看病は過酷だ。 モルヒネの幻覚により、寝る暇も与えてもらえない。
私にとって、父の存在とは一体なんだったのだろうか。
一度も親子らしい会話をしたことがなかった。 親子らしい接し方も出来なかった。
もう一度やり直せるとしても、恐らく同じことの繰り返しになるだろう。
いなくなって寂しいわけでもなく、ずっと昔から父という存在感は全くない・・・。
