東方神起の数ある魅力の中でも、特に彼らの仲の良さが私の心を惹き付ける。

初めてミュージックステーションで彼らを観た時は、トークのコーナーでジェジュンがジュンスの膝に手を置いた瞬間はちょっと違和感を感じたっけ。
その時は何も知らなかったから…

それから漁るように彼らの映像を観るようになって、その仲の良さや、スキンシップにも微笑ましさを感じるようになった。

ところが、知人に東方神起の仲の良さを話すと、信じられないと云われた。
その人は男性で、ばりばりの体育会系の人だから、男同士でのスキンシップは有り得ないと云うのだ。

そう云われて私も少し考えてみたのだけれど、22~24才くらいの男の人同士が常に一緒にいて、わちゃわちゃしている姿は確かに変に思うかもしれない。
でも、彼らにはどうしてそれを感じないのだろう?
変に感じるどころか、逆に癒されてしまうのは何故だろう?

人の心は変わるものだし、慣れるものだから、観ているうちに私が慣れてきたのだろうか?
いや、そうではないと思う。
どこの国の芸能界でも、アイドルのイメージアップのためにわざと仲睦まじくさせることがあると何かで読んだけれど、彼らはそうしなくても仲が良いのだと感じる。
ファンとしての贔屓目かもしれないが…

やっぱり特別な5人のような気がする。
他のK-POPのグループのことはわからないが、やはり東方神起には特別なオーラがあると思う。
それが私達を癒してくれるのだと思う。

今日も彼らの歌を聴き、姿を観て癒されよう。
5人の健康を祈りながら…



アンビリバボーの再放送で、歌声を失ったボーカリストの復活劇を観た。
声が出なくなってから14年間も戦い、リハビリに励んでようやく声を取り戻したのだった。
復活劇はサプライズで行われ、極秘にファンを会場に集めて開かれた。
本人にはショートフィルムの上映会だと偽り、フィルム上映後に本人をステージにあげるていう作戦で、それは大成功だった。

それを観て、涙が止まらなかった。
声が出なくなっても待ち続けたファンの人達。
その想いに胸を打たれた。

今、東方神起が陥っている状況も決して容易く解決できる問題ではないけれど、いつの日かまた5人で歌える日が来ることを信じて待とうと、その想いを新たにした。

彼らはまだ歌えている!!
声を失ったわけではない。
ただ、5人で歌える機会を失っているだけだ!!
5人の声が、5人の心が、いつかまた必ずひとつになる日は来る!!
ファンがそう信じなくて誰が彼らを信じてあげられる??

おこがましいけれど、ファンの想いが少しは彼らの支えになっていると思うし、そうであれと願っている。
でも、押しつけの想いではなく、信じて待つという想いでいたいと思う。

彼らがいつかきっと私達の前に帰って来てくれることを、変わらない想いで待っていよう。

それまで彼らが健康で、元気でいられるように、今日も祈っている。



東方神起の公判の件で、いろんなブログでたくさんのコメントが挙がっている。
そこにはさまざまな考え方があって、読んでいて「なるほど~」と思ったり「そんな考え方もあるか」と感心したり、首をひねったりしている。
コメント欄で争いになっている所もあって、大変だなぁと思う。

ジェジュンはツイッターで追っかけファンのことを呟いているし、ユチョンの家の前にはファンが大勢来ていて結構な騒ぎになっているみたいだし。

それもこれも、考えてみれば東方神起を愛しているからなのだと思う。
いいか悪いかは別にして、その人達の気持ちもわかる気がする。
好きな人のことは知りたいと思うし、心配もするだろう。
でも、やっぱり節度を持って行動した方が良いんじゃないだろうか?
その行動のせいで、好きな人が不快に感じたり、恐怖を感じたりするのはファンにとっても本意ではないんじゃないか?

彼らにしても、これほどの騒ぎになるとは思っていなかったかもしれない。
歌手として夢を描いていた頃は、人気が出ることを望んでいただろうが、こうやって毎日プライベートな時間もないほど常に見られている窮屈な現状を想像してはいなかったと思う。
そのことにたぶん戸惑っているかもしれない。

何が良くて何が悪いのか、私には計り知れないことだが、好きな人が負担に感じることは悲しいと思う。

いろんなことがあり過ぎて、疲れてしまって彼らから離れることも個人の自由だ。
でも離れるなら、何も云わずに離れてほしいと思う。
それでも云わずにいられないのは、可愛さあまって憎さ100倍だからだろう。
その気持ちも理解できるけれど、やっぱり節度を持つことは大事だと思う。

しばらくこんな状況が続くかもしれないけれど、自分の気持ちをしっかり持って、これからどうなっていくのか見守りたいと思っている。