ジャーキーの魅力が織りなす歴史:古代インカから現代へ
ジャーキー(Jerky)は、単なる肉の乾燥食品にとどまらず、人類の知恵と生存の歴史を凝縮した魅力的な保存食です。その起源は遥か古代に遡り、文明の発展や探検、そして戦争の歴史においても重要な役割を果たしてきました。ではそのジャーキーの歴史を見ていきましょう。
ジャーキーは古代からの贈り物!その起源と語源
ジャーキーの原型となる干し肉は、冷蔵技術がなかった時代に肉を長期保存するための、人類共通の知恵でした。世界各地で独自の干し肉文化が発展しましたが、「ジャーキー」という言葉の直接のルーツは、南米・インカ帝国に暮らした先住民の言葉、ケチュア語にあります。
彼らは、リャマなどの肉を薄く切って天日干しにし、保存食として利用していました。この乾燥させた食材全般を指す言葉が「チャルケ(charque)」またはチャルキ(charqui)」です。これが、スペイン人や他の探検家たちを通じて英語圏に伝わり「ジャーキー(jerky)」へと変化したとされています。この語源からも、ジャーキーが持つ携帯性と保存性、そして栄養価の高さという本質的な魅力が、古代から重要視されてきたことがわかります。
大陸を渡るための保存食がジャーキーの元祖
南米で生まれた肉を干す、つまりジャーキーにするという、この優れた保存技術は、やがて北米大陸に伝播します。最初に広めたのはカウボーイ、開拓者たちです。広大な未開の地を旅する開拓者やカウボーイたちにとって、ジャーキーは軽くてかさばらず、携行に便利で、過酷な環境下でもエネルギー源となる理想的な食糧でした。彼らは焚き火を囲み、この荒々しい干し肉、ジャーキーを食いちぎることで、フロンティア時代のタフなイメージを築き上げました。
軍用食として活躍したジャーキー
ジャーキーは、その保存性の高さから、特にベトナム戦争の時代にアメリカ軍の野戦食、軍用食として採用されました。戦地という極限状態において、兵士たちの命を繋ぐ重要な糧となったのです。また非常食としても普及していきました。
戦争が終わると、ジャーキーは保存食からスパイスやフレーバーを楽しむ嗜好品へと進化を遂げます。進化したジャーキーは大量生産・大量消費されることで、一気に一般にも普及していきました。
ビーフジャーキー、日本での展開
日本にジャーキーが本格的に広まったのは比較的最近、1980年代以降のことです。日系アメリカ人のケン大崎氏が開発した、かつてのハワイ土産の定番ともいえる「テングビーフステーキジャーキー」が、その後のジャーキー文化を形作る決定打となりました。
醤油との出会いで生まれた「和風ビーフジャーキー」
ケン大崎氏が開発した「テングビーフステーキジャーキー」はなぜ多くの日本人に受け入れられたのでしょうか。彼は、当時アメリカで主流だった濃い味付けとは一線を画し、日本人になじみ深い醤油をベースにした、繊細で奥深い味わいをジャーキーに導入しました。これが、海外旅行が一般的になった時代のハワイ土産として大ヒットを記録し、日本国内にも輸入が始まるきっかけとなったのです。
牛肉の旨味と醤油の香ばしさが見事に融合したこの「和風」のビーフジャーキーは、ビールやウイスキーに合う極上のおつまみとして瞬く間に国民的な人気を獲得しました。冷蔵・冷凍技術が発達した現代でも、ジャーキーは、その凝縮された肉の旨味と噛み応えのある食感、そして多様な素材、フレーバーで、私たちを魅了し続けています。
まとめ
ビーフジャーキーは、古代の知恵から生まれ、探検家や兵士、そして日系アメリカ人の創意工夫を経て、現代の食卓にたどり着きました。その固い食感の中には、人類の歴史、サバイバルの知恵、そしてフレーバーを楽しむ豊かな文化が詰まっているのです。なんとなく、ジャーキー、食べたくなってきませんか。今日のおつまみ、和風のビーフジャーキーはいかがでしょうか。








