朝から大掃除をして、茶道の大先輩をお迎えします。
早速、アレコレ出して・・・
結局、実家から送られてきた亡き母の着物と私の帯びの、コラボとなりました。良い感じです。
これで、やっと安心して眠れます。但し、お祝いの記念茶会なのて、袋帯との事。私・・・袋帯の結び方知らないのですけど・・・。
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この母の着物は、私が高校2年生の頃、宝塚ファミリーランドで開催されたお茶会の時、母が着ていた着物です。その時の母と一緒に写っている写真も確かあったはずですが(私の写真はありましたが)残念ながら見つかりませんでした![]()
このファミリーランドの中にあったのも、もちろん今回生誕150周年を迎える小林一三が建てた茶室『宝集席』一三さんが建てた多くの茶室の初期の様です。
ネットで調べてみると、昭和2年1927年にファミリーランドの前身?植物園に作られたが、1995年の阪神大震災の時倒壊して、今は無いとの事。
昭和2年といえば、祖父がまだ大阪の鹿島銀行(広岡浅子)に勤めていた時代。何だか繋がって行きます。
この一三さんが作った不審庵好みの茶室『宝集席』に母が着て行った着物を今回私が生誕150周年の古彩庵で、着る事になった訳です。不思議な巡り合わせに歓喜しながら、着物にまつわる事も色々思い出しました。
取り敢えず、着物が決まって良かったです。
小林一三が、戦争直後「茶道」についてこう語っているそうです。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsahj/47/0/47_31/_pdf/-char/en
『簡素即茶道・芸術即茶道』
アーメン(全くその通り)ですね。
でも・・・今回・・・なかなか実家の弟や妹にその意図は伝わりません。
ただ母だけは理解してくれると思います。
あの高度成長期、華やかな茶道世界で堂々と簡素を貫いた母の心意気が、残された簡素な着物から感じられます。
この精神を母は私に徹底的に叩き込んだのだと思います。私も母の残した着物を着てコレからも堂々と『簡素すなわち茶道・芸術すなわち茶道』を貫きたいと思います。
それにしても、中学・高校生の多感な私に、小林一三や関西・関東の財界人達が徹底的にこだわった『簡素の中にある美しさ』を、母を通して体験させてもらえた事・・・何とありがたい事だったのでしょう。

