手前か、奥か、
この間、友人が旅行中に「自分の好きな構図があるから、写真がどれも似た感じ」
って言ってた。
あーそうだよなあって思った。美術作品にしろ、やっぱり自分が好きなものって
実は法則性があるのかも。
私の場合は、一番は狩野永徳の「檜図屏風」のような、最前面にモチーフのあるようなものが好き。
だと思っていたんだけど、あれちょっと違うぞ、と今これを書きながら思ってしまった。
なぜ自分が今まで最前面モチーフ型(勝手に命名笑)が好きだと思っていたかと言うと、
もちろん、狩野永徳のような檜とか松が手前にきて、見る者を圧迫している印象を与える絵がやっぱり好きだったり、
モネの睡蓮(オランジュリーの)にも、最前面に柳を描いているのがあって、日本の影響~♪ってうきうきしたり、
写真を撮るときも、手前に出来るだけ何かモチーフを据えて撮ろうと自然と心がけていたり、
好きな風景の一つである皇居を、お堀の立派な松を手前にして見るのがすきだったりした事があって、、、
でも、よーくかんがえてみると、狩野の場合は最前面に主題といえるものがきているのであって、
私の場合は、奥に主題がきている。ということは、この二つは全くの別物じゃん!!って気付いてしまった(笑)
私のおばか
私のとる写真も、好きな風景の見方も、手前のものを、ある意味額縁のようなものとして捉えて、奥のものを引き立てている(つもり)ということなのかな?
自分の好きなものの法則性がちょっとぶれてしまった私でした。
