うちの息子は来年中学を卒業するのですが、


今年は、30歳半ばの若さで急逝した、私の同級生の息子さんが同じ中学校を卒業します。


その同級生と私は「ふた従兄弟」で、保育園はもちろん、小学校から中学を卒業するまで同じ学校に通いました。


私は保育園に入った当時、不安が強く、入園して初めて「一緒に砂遊びしよう」と声を掛けてくれた人がいた事は大変嬉しかったためか、人生半ばを過ぎた今でもあの日の事は忘れる事が出来ません。


その、声をかけてくれたのがふた従兄弟の同級生Tくんでした。


おませな子だったのか?年中だった私はその日からTくんの事ばかり気になるようになりました。

と言うか、まるで生まれて初めて見たものを母親だと思う、ひよこみたいですね~目ヒヨコ



小学校も私たちは学級が一クラスしかなく、人数も非常に少なく、また大変仲が良かったので、


学校が休みの日には約半数の気の合う級友たちと山へ川へと繰り出したものです。


いつもその同級生は一緒に遊ぶ友達で、私はいつも遊びに行こうよ、の言いだしっぺでした。


Tくんは勉強もスポーツも、絵を描いても他の人の比ではなく、私はもちろん、他の女子も憧れの男の子でした。特にスポーツでは秀でた才能があり、中学の時は野球部で、卒業前には高校からスカウトがあったと聞いています。


家業を継がなくちゃならない人だったので、普通に高校,大学を卒業して地元に帰っていたのですが・・・。


小学生の頃、私がいつも「遊びに行こうよ」の言いだしっぺだったのは、Tくんのそばにいたかったから。


だけど私の態度はいつも、なんだか嫌われるような行動が多かったように思いました。


中学になって、田舎の学校は数箇所が合併し、新しい沢山の友人に囲まれた彼Tくんとは、Tくんを好きになった女の子からTくんにラブレターを渡してくれないか?と頼まれて、心で泣く泣く渡した日以外、全く会話を持たない三年間でした。


ふた従兄弟、と言っても、ほとんど交流は無く、普段は他人と変わりありません。


卒業式が近くなった時、私は同級生たちにサイン帳を廻しました。


Tくんも書いてくれていました。


今年中学を卒業Tくんの息子さんは、Tくんが亡くなった時、小学一年生。

立派な息子さんに成長されましたよ。


Tくんが私のサイン帳に残してくれた、私へのメッセージは・・・(ノ◇≦。)キラキラ









                   卒業おめでとうございます。


            〇〇みちゃんとは、小学校の時からのお友達でしたが、

            中学にはいってから、あまり話す機会なかったね。

            

                    でも、いつまでも、僕が、

               

              この地球に存在していた事は忘れないでほしい

            

             これからは、あまり会うことがないかもしれないけれど 

                  体に気をつけて、頑張ってください。

                「苦しい時も、悲しい時も、マザービスケット」

            意味はわかりませんが、いつもマザービスケットはおいしい

            ということに等しい。         では。


                  Good Luck    〇〇 〇

            




     



      初恋は切ないです。しかも完全な片思い。なので勝手に好きでした。今も理想の人ですね~。


      「非の打ち所が無い」という言葉がぴったりだった人でした。お葬式の日、見送りの人の数には、長年生きてきたうちの母がぶったまげていました。人望厚い人だったのですね・・・。そういえば、今はお彼岸。



jeraはけれども亡くなるずっと前、Tくんが結婚したての頃、新車の入魂式に呼ばれた時の酒に酔った勢いを借りにひひ本当は保育園の時からずっと好きだったの!」と告白ラブラブしました。優しいTくん「え~?僕はずーっと嫌われてると思っていた!」と言って笑っていましたっけ。











  でも、いつまでも、僕が、 この地球に存在していた事は忘れないでほしい















たったひとつの形見 たったひとつの形見























                               忘れるなんて、出来ないよ。