以前小泉さんのことを問い詰めたとき、甲斐は私が心配するようなことは何もないと言った。
そして私はあのとき、甲斐のことを信じると言ったはずだ。
実際、甲斐が言っていたことは間違っていなかった。
本当にあの子とは何もなかったのに、botox瘦面 勝手に私が周囲から聞いた噂に惑わされて、甲斐の言葉を信じなかった。
……私、最低だ。
「甲斐、ごめん。私が勝手に……」
「ごめん、今日はもう帰るわ」
まだ食事の途中だったのに、甲斐は立ち上がり床に置いていた荷物を手に取った。
「待って!」
私は必死に甲斐の腕を掴んだ。
このまま帰したくない。
「七瀬、ごめん。……手、離して」
甲斐の声が、冷たく響く。
振り向いた甲斐の顔には、言葉では表せないような深い悲しみが滲んでいるように私には見えてしまった。
私は、掴んでいたその手をゆっくりと離した。
甲斐はもう一度、ごめんと呟き、私の部屋から出て行った。
玄関の扉が閉まる音を聞きながら、私は静かにソファーに体を沈めた。
「……何やってんの、私……」
あんな甲斐の顔、初めて見た。
私の自分勝手な発言で、甲斐を傷付けてしまった。
怒らせてしまった。
追いかけることなんて、出来なかった。テーブルの上には、食べかけのビーフシチューが虚しく残っている。
今まで私が作った料理は全て残さず食べてくれていた甲斐が、食事の最中に帰ってしまうなんて……よっぽど私と一緒にいたくなかったのだろう。
「もずく、私って本当にダメだね……」
落ち込む私を心配したのか、膝の上によじのぼってきたもずくをギュッと抱き締めた。
大事なところで、人を信じることが出来ない。
甲斐はいつだって私の前では正直で、私のことを第一に考えてくれて、真っ直ぐぶつかってきてくれたのに。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
私は自分を変えることもせず、他人を責めることしかしていない。
いつも同じ失敗を繰り返してばかりいる。
そのくせに、愛されたい、裏切られたくないという気持ちは強い。
甲斐がそんな私に愛想を尽かしても、無理はない。
この日私は強い後悔の念に押し潰され、眠ることが出来なかった。甲斐とケンカをした金曜日から、三日が経った。
土日は元々互いに予定が入っていたため甲斐と会うことはなかった。
それでも夜に私から連絡を入れようか散々迷い、スマホの画面をしばらくの間睨み続けたけれど、結局小心者の私には連絡を入れる勇気がなかったのだ。
甲斐の方から連絡がくることも少しは期待したけれど、何の音沙汰もないまま月曜日を迎えた。
「へぇ、あんたたち、やっとケンカしたんだ」
「やっとケンカって……」
「だって、順調過ぎてつまらなかったじゃん」
そんな辛辣な言葉を私に浴びせるのは、親友の蘭しかいない。
この日の夜は、蘭に飲みに誘われ久し振りに女二人で美味しいお酒と焼鳥を楽しんでいた。
それでもあまり食が進まないのは、甲斐のことが気がかりだからだろう。
「でもさ、あの小悪魔女子、甲斐のこと狙ってたわけじゃなかったんだね」
「うん……詳しくは話せないけど、本当にただの噂だったみたい」
蘭には小泉さんと長島主任が交際している事実は伏せながら、甲斐とのケンカについて話した。
「ていうかさ、そのケンカって依織が悪いの?」
「え?」
「だってあんた、さっきからずっと自分が悪いって言い方してるから」「それは……そうだよ。だって甲斐のこと、信じるとか言いながら結局は疑ってたわけだし」
「疑いたくなるような行動をしてたのは甲斐の方じゃん」
「そ、それは……」
「誰にでも優しくするから、相談なんてされるのよ。好きなら嫉妬するのは当然でしょ。甲斐だって逆の立場だったら、絶対嫉妬するから」
蘭は焼鳥にかぶりつきながら、勢いよく甲斐のことを否定し始めた。
「思ってることは何でも言ってほしいって言う割には、依織が不満を言ったら帰っちゃったわけでしょ?意味わかんない。矛盾してるじゃん。何なの、アイツ。マジであり得ない」
気付けば、なぜか私より蘭の方が甲斐に怒りを感じる事態になっていた。
「ねぇ、甲斐と別れた方がいいんじゃない?」
「え?」
「依織が何だかんだ言っても、甲斐の性格は変わらないよ。困ってる人がいたり頼られたら放っておけない性格なんだから、今回仲直りしてもまた同じことを繰り返すと思うけど」
「……」
振る舞いや行動は意識をすれば変えられることもあるだろう。
でも確かに、性格を変えるのは難しい。
この先また同じことが起きる可能性は、きっとゼロではない。「依織はさ、甲斐みたいな八方美人タイプより依織にだけ優しい男の方が合ってるって。結局、友達のままの方が良かったんじゃない?」
「……そんなことないよ」
確かにこの先また、私は同じようなことで嫉妬して、甲斐を信じられなくなるかもしれない。
でも、蘭から別れた方がいいと言われた瞬間、それだけは絶対に嫌だと思った。
自分から甲斐を手放すようなこと、私はしない。
甲斐がそばにいない世界で、生きていける気がしないから。
それくらい、私の中で甲斐の存在は必要不可欠なものになっているのだ。
「別れるなんて、考えてないよ。確かに甲斐が誰とでも仲良くなるのは気になるけど、それは付き合う前からわかってたことだし」
人見知りな性格ですぐに心に壁を作ってしまう私に対して、甲斐は最初からその壁を壊してきた。
誰に対しても平等な態度を取り、周囲からの人望は厚い。
甲斐がそういう人だから、私は甲斐に心を開くことが出来た。
そして、そんな甲斐だから、私は好きになったのだ。
本当は、私と付き合ったことで甲斐に変わってほしくない。
今のままでいてほしいと思っている。
勢いで甲斐にぶつけてしまった気持ちとは矛盾しているけれど、どちらも私の本音なのだ。