「でも、やっぱり家族っていいものだな」

 

 

「え?」

 

 

「久し振りに依織に会って、家族の大切さが身に染みたよ。離れていても、お父さんはこの先もずっと依織の味方だからな」

 

 

「……よくそんな恥ずかしいこと、平気で言えるよね」

 

 

「それ、昔よく志穂に言われたよ」

 

 

父は目尻を下げ、幸せそうに微笑んだ。

その笑顔を見つめながら、singapore stock trading platform やっぱりこの人のことはどうしても憎めないと思った。

 

 

きっとそれは、家族だからだ。

目の前にいるこの人が私の父で、共に暮らしてきた記憶が深く刻み込まれているからだ。

 

 

どんなに許せないようなことをされたとしても、家族の繋がりは自分が思っていたよりも強く、簡単には切れないものなのかもしれない。

 

 

「……お父さん、ありがとね」

 

 

「依織にお礼を言われるようなことはした覚えないんだけどな」

 

 

「ごちゃごちゃ言わなくていいから。……ありがとう」

 

 

この先もずっと私の味方でいると言ってくれた父へ向けた、精一杯の感謝の言葉だ。

 

 

「僕の方こそ、今日は会ってくれてありがとう。今度は依織の彼氏も含めて三人で会おうな」

 

 

「すぐ調子に乗らないでよ」

 

 

「怒り方も志穂に似てきたな」

 

 

こんなに父と二人で語り合ったのは、初めてだと思う。

今まで会うことを避けてきたのが何だったのだろうと拍子抜けしてしまうくらい、私にとっては有意義な時間となった。約二時間ほど二人でゆっくりお茶をしながら話し、店を出た。

 

 

「じゃあ、またね。何度も言うけど、もう若くないんだから体調管理とかちゃんとしてよ。あと、女性関係のだらしなさも直すように」

 

 

「わかったよ。心配してくれてありがとうな」

 

 

「……じゃあ、また気が向いたら連絡するから」

 

 

「待ってるよ」

 

 

店を出て父と別れた後、私はすぐに甲斐に電話をかけた。

いつも何かあったときは、甲斐の声が聞きたくなってしまう。

甲斐の声を聞いただけで、不思議と私の心は穏やかになるのだ。

 

 

電話をかけると、すぐに甲斐の声が耳元で響いた。

 

 

「親父さんとの話、終わったの?」

 

 

「うん、今終わった。甲斐は今何してるの?」

 

 

「……札幌駅にいる」

 

 

「えっ」

 

 

「……七瀬のことが気になったから、つい」

 

 

辺りを見渡すと、遠くの方でスマホを耳に当てたまま私に手を振る甲斐の姿が見えた。

 

 

「来てくれてたんだ……」

 

 

「今、キモいと思っただろ。どんだけ過保護なんだって思っただろ。言っとくけど、俺は……」

 

 

「そんなこと思ってない。……甲斐の顔見たら、ホッとして力抜けちゃったよ」

 

 

札幌駅の喫茶店で父に会うことは甲斐に伝えていた。

わざわざ心配して駆けつけてくれるなんて……どれだけ私は甲斐に想われているのだろう。

 

 

大切にされていることが嬉しくて、胸がいっぱいになる。「どうだった?会うの、六年振りくらいだったんだろ?」

 

 

「うん……お父さん、相変わらず私には甘かった」

 

 

「そりゃ娘に会えたら、親父さんも嬉しいだろうな」

 

 

話しながら、甲斐は私の目の前に手を差し出した。

差し出されたその温かくて大きな手に、私は自分の手を重ねた。

たったそれだけのことでも、今なら幸せを感じる。

 

 

「まだ再婚はしてないんだって。でも、やっぱり今も女性関係はだらしないみたい。私と話してる間、スマホに何件もメッセージ入ってきてたし」

 

 

「そっか。でも、七瀬にとっては良い父親だったんだろ?」

 

 

「お母さんを裏切った時点で良い父親だったとは言いたくないんだけどね。……でも、会えて良かったかな」

 

 

父と母と、私。

三人で暮らしていた頃の記憶は、胸が苦しくなるようなものばかりだった。

 

 

寂しくて、悲しくて、家を出て行った父を憎んだこともある。

 

 

でも、今日父に会って、私は何十年振りに思い出していた。

 

 

自転車が乗れるように父に特訓してもらったときのこと。

家族三人でファミレスに行ったときのこと。

動物園や水族館に一緒に行ったときのこと。

 

 

幸せだと言って笑っていたときの記憶も、確かに存在していたのだ。そしてそれは、母が父と結婚したからこそ、その娘である私が感じることの出来た幸せなのだと思う。

 

 

「ちゃんと話したかったこと、話せた?」

 

 

「え?」

 

 

「何か大事な話があったから、何年も連絡取ってなかった親父さんに会ったんだろ?七瀬が何の意味もなく会いに行くとは思えないし」

 

 

「……」

 

 

最近ずっと、結婚について考えていた。

だから父に会って、母との結婚生活のことなどを聞いてみたかった。

そう正直に今甲斐に打ち明けたら、甲斐はどんな反応を見せるのだろう。

 

 

「……ちょっと、今後のためにいろいろ聞いておきたいことがあったの」

 

 

「ふーん、そっか。でも、スッキリした顔してるから良かった」

 

 

「そんな顔してる?」

 

 

「ん、何か悩みが解決した顔してる」

 

 

甲斐は、私がなぜ父に会ったのか、その理由を聞こうとはしなかった。

ただ、私の顔を見て嬉しそうに笑っていた。

 

 

私は甲斐の笑顔を見つめながら、繋いだ手にギュッと力を込めた。

 

 

甲斐の言うように、悩みならきっともう解決している。

 

 

既に自分の中で、答えは出ている。

 

 

ただそれを口にするのは、決して簡単なことではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

甲斐のそばにいる内に、甲斐との結婚を意識し始めたことは本当に自然な流れだった。

 

 

絶対に結婚なんてしたくないと思っていたのに。

だから、長年交際していた年下の恋人からプロポーズされても、心が動くことはなかったのに。

 

 

甲斐の存在だけが、私の心を突き動かす。

でも、改めて甲斐に結婚の話題を振ることが、私には出来ずにいた。

 

 

私は付き合う前から甲斐には、結婚願望がないことを伝えてきた。

それを知っていても、甲斐は私を好きになってくれた。

 

 

大好きな人が、私の気持ちを尊重し一緒に歩んでくれる。

少し前の私なら、なんて贅沢なシチュエーションなのだと感じていたに違いない。

 

 

だからこそ、口に出すべきなのか躊躇ってしまうのだ。

客観的に見たら、私は酷く自分勝手な女性に映ってしまうだろう。

 

 

これ以上、甲斐を振り回したくない。

その想いが、私の中では強かった。

 

 

「七瀬さん。発注リストにさっき七瀬さんが担当していた患者さんのコンタクト載ってないけど、発注した?」

 

 

「あ……!すみません、今すぐやります!」

 

 

「どうしたの?最近、ミス多いわね」

 

 

先輩に苦言を呈されてしまうのも、無理はない。

仕事以外のことに意識が集中し、ミスを連発してしまうなんて……社会人として失格だ。