子安と云えば、私が認識したのは子安観音が先でした。聖観音から慈母観音、子安観音はスムーズに認識できます。しかし私の地域(稗貫、和賀地方、もっと広域かな?)では、子安と云えば「子安地蔵」です。
当地方でも観音堂は幾つか有ります。それぞれ聖観音や十一面観音、或いは千手観音などを祀ってあります。しかし、私の知る限り、当地方で子安観音は見当たりません。
子安地蔵は、御堂に祀られているものもありますが、石碑だけのものもあります。東和町北成島の上(かみ)(つまりは毘沙門下)の子安地蔵は御堂の中です。写真は、御堂の中の地蔵の像です。
私がイメージしたものとは少し違っていましたが、確かに地蔵です。外にも浮田駒込にも子安地蔵がありますが、北成島のものと全く似通った像です。
当地域には、また趣が異なる子安地蔵があります。次の写真です。
これは同じ北成島の下(しも)にある子安地蔵です。子を抱いた観音様のようなお姿ですが、子安地蔵として祀られてあります。像は人形(ひとがた)ですが、平板な石に線刻された像です。祭日は8月24日ですので、確かに地蔵講で祀られていることのようです。(次の写真)
石の形は違いますが、お姿は全く似た子安地蔵の石碑が、北成島の近くの平良木にあります。刻んだ方は、北成島のものと同じ方なのでしょうか。次の写真です。上部に「子安」と刻まれ、日輪も描かれてあります。
外に像で祀られている子安地蔵は、東宮野目の石持公民館前で見かけましたが、小振りなもので、古いため大分削れた(溶けた?)ものです。
中根子にも子安地蔵があります。古くは桜華山延命寺地蔵堂という修験宗の寺ということです。像はあるか分りませんが、延命子安地蔵尊の由緒を刻んだ石碑がありました。ここでは十一面観音も祀ってあり、陸中八十八箇所霊場の第八番札所でもあります。
上根子の玄番にも、また二子町の下川端にも、立派な御堂で祀られている子安地蔵があります。像として祀られてあるかどうかは解りません。
更に湯口の高松寺の農道脇にも、また横志田の天満宮境内にも子安地蔵の石碑が祀られていることを確認しています。



