『51H』
今日は年に一度の矯正歯科の定期検診に行った。
歯医者は嫌いだ。いつも俺の歯を見てダメ出ししやがるからだ。
しかし、今日は違った。
「よく磨かれてますね」と誉められた。齢28、生まれて初めて人から誉められた。
確かに最近、よく歯を磨くようになった。しかし、いくら磨いても歯医者は誉めてくれぬものだと思っていた。
歯のクリーニングをしてもらっている間、私は誉められるまでに成長した原因を考えていた。
ふと思い当たったのは、タバコである。
私はHOPEを一日0~2本吸う。実はこれがミソだということに気がついた。HOPEはタバコの中でも「重い」ほうに属する。だから、一日1本や2本くらいしか吸っていない人だと、吸っていないときと吸った後の違和感の差がはっきりしている。例えば服についたンニオイは気になってしょうがないし、BARや酒場などに行って普段よりたくさん吸ったり、喫煙所のような煙まみれの空間にいた日などは、どれだけ酔っていてもシャワーを浴びてニオイを落とさずには眠れない。衣服と髪の毛と来れば、当然タバコを吸った口の中が気になる。歯についたヤニを落とすべく歯はちゃんと磨かざるを得ない。また、口臭の原因である舌も専用ブラシで掃除しないと気がすまない。ついでに鼻も水を吸い込んで、水洗いする。でないと安眠できない。
なぜそんな気になるかと言うと、おそらくロンゲのときの不快な体験が尾を引いていると思われる。ロンゲにイヤと言うほどタバコ臭が染み付いたまま眠ると、翌日には枕はおろか、布団までもタバコ臭を放つのである(決して加齢臭ではない)。また、私は鼻炎持ちなので、タバコ成分が睡眠中に鼻にたまることで、そのまま寝ると翌日は起床から半日はくしゃみと鼻水に見舞われることもしばしばあった。
ともかく、そんなトラウマのおかげで私はタバコを吸った直後は歯を磨きたくてしょうがなくなる。外出中はさすがに面倒なので水飲み場で口を濯ぐ程度だが、自宅では食事前にタバコを吸ったとしても、歯磨き粉で磨く。タバコを吸ったまま食べると、なんかヤニを喰ってる気がして気分が悪い。無論、外出時にはこの回路をストップさせているが。
とゆーわけで、そんなに外出しない私は、幸か不幸か歯磨きの習慣が生まれたのである。喫煙後には歯を磨く、するとどうだろう。食事後に歯を磨かないままでいると、歯の中に違和感を感じるようになった。特に、食事で油っぽいものやドレッシングなんかを口にした後の、あの歯にまとわりつくようなネットリとした不快感。あれがたまらなくなって歯磨きせずにいられなくなる。かくして私は、自分の身体感覚に敏感になったのである。
だから、「歯が汚い人はどうすれば奇麗になるか」と問われれば、きつめのタバコを毎日1,2本吸うことだ。そうすれば歯を磨かずに入られなくなるし、洗濯が苦手な人は洗濯せずにはいられなくなるから一石二鳥だ。逆転の発想である。また、20歳以降にタバコを吸い始めた人で、一日5本以内の場合はまったく吸っていない人と健康のリスクが変わらないという統計があるそうだ(西川史子女医が「サンジャポ」で言っていた)。残りの寿命を考えたら、タバコをまったく吸わないで歯磨きに不摂生なままの人間がいいか、タバコを一日1本程度は吸うが、歯磨きにこだわる人間のどっちがいいか。私は後者だ。もちろん、こんなことは他人に勧める気はない。人それぞれ事情が違うから、当てはまろうがどうなろうがどうでもいいことだ。私の提案を鵜呑みにして、そのままタバコ中毒に嵌まる可能性だってあるし、今後タバコの値段が急激に上昇したら私もタバコを止めざるを得ないかもしれない。
ただ、今日ひさしぶりに人とまともな会話をして思ったが、私にとってすべての対話は物語に値する。歯医者さん(誉めてくれたから敬称)と話さなかったら、自分が歯磨きをやるようになった事実も、その原因も気づかぬままだった。
対話の重要性といえば、図書館で鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二『戦争が遺したもの』(新曜社)を読み始める。本書は専門家同士による対談本の白眉だと断言する。ただ、これも容易に人に推薦はしたくない。960ページある小熊英二の『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社)を読んだ人でないと、感動は共有しがたい。『戦争が~』は『〈民主〉~』の言わばappendix(付録)であるからである。付録と言ってもただの従属物ではない。贅沢な付録だ。
『戦争が~』と『〈民主〉~』の二冊を読んで確信したことが一つある。それは「生い立ちこそ思想の原点である」ということだ。
『〈民主〉~』はまさにそれが主眼であった。小熊氏は、戦後日本の思想家たち自身が語らなかった戦争体験こそが、実は彼らの後の思想形成に大きな影を落としているということを版画のように浮き彫りにした。戦争時、何歳であったか、父であったのか長男であったのか、都市に住んでいたのか田舎にいたのか、知識人であったのか一般市民であったのか、等々によって戦争の解釈は個人で違ってくる(例:占領下の米兵の傲慢な態度に接したものは反米・右翼に、当時10代であった者は一世代上の知識人を批判的な思想に、等々)。
鶴見氏は厳格な父、虐待母に育てられたゆえに、不良少年として生きる道を選ばざるを得なかった。生い立ちは「原点というか制約」という彼の言葉はもっともだ。
いくつか彼の人生哲学を紹介する。
「権力と正義の側にはなるまい」・・・母は躾という名の「正義」を、親という「権力」を振りかざすことで自分を苦しめたから。
「一番になるということは権力に追従するということ」・・・成績トップである人間が国家のトップに就いていた。父親もトップであるから大臣になった。
「愛されることは辛いこと」・・・母は兄弟の中でも自分を溺愛した。溺愛ゆえの折檻でひどい目にあった。
「俺は悪人だけど、悪をする自由だけは保ちたい」・・・小遣いをまったくもらえなかった鶴見少年は、万引きしたものを転売して金を得ていたという。悪事を働くことが折檻を乗り切る残された道であったとも思える。そうでもしないと、自罰感情が圧倒して自殺したに違いない。
「タヌキが好き」・・・キリスト教徒は何が善行か知ってるから、善行を実践しようとしてもそれは見返りを求める行為になるので善行ができない、というパラドックスを抱えている。だから、無神論者・悪人の偶然こそ善行になる。つまり、大切なこととは、あいまいでぼんやりとしたものである。ところで、タヌキは人を騙して悪事を働く。しかもキツネと違い、タヌキは最後にばれる。だからおもしろい。悪だけど悪を貫徹できない=大切なことが潜むあいまいさ・ぼんやりしたものを持っているものの象徴として、鶴見氏はタヌキを家の守り神にしているそうだ。深い!!(私が小説家だったら、タヌキ好きの少女が、実はタヌキ好きとは生い立ちに深いかかわりを持っていることが徐々に明らかになっていくストーリーを書くけどね。ホラーサスペンスや~)
まさに、「思想は家庭から始まる」のである。彼は私の生きてきた文脈と非常に通じている!無論、そのことを引き出したのは、インタビューアーに回った上野氏と小熊氏の、時にエグイまでの容赦ない厳しい質問が、一人の人間の語りたくもない過去をほじくり返したのである。二人の功績も鶴見氏と遜色ないほどにすばらしい。
本書『戦争が~』は、戦争体験した哲学者の貴重な告白の記録である。50年、100年と読み繋げるに値する。少なくとも彼の語る内容には、アダルトチルドレン(AC)や家庭虐待といった今の社会にまさに浮上してきた問題に対するヒントを与えてくれている。戦争という極限状況をわれわれは体験できないし、したくもない。だからこそ、そのとき何が起こり、何を考えたかという記録は、かけがえのない遺産なのである。祖父は先日傘寿を迎えた。祖父は何かを残していくれているだろうか。
つらい過去は語りたくない。まして、絶対に二度とあってはならない出来事を子孫に伝えたいとは普通思わない。聞く側がいくら聞きたくても、語り手がそれを拒む事もある。
上野氏はフェミニストの立場から、戦時中慰安所の運営に関わった鶴見氏に厳しく責任追及をする。鶴見氏もやりたくてやったわけではない。死にたくないからやるしかなかった。しかし一方で、罪もない多くの女性たちが慰みものとして非人道的な扱いを受け、戦後誰にも言うことすらできずに傷を一人で背負い込まされたというのも事実である。この二人の対話には、現場の緊迫がこちらまで伝わってくる思いであった。今まで何度となく戦争はよくないということを叩き込まれてきたが、そこには何か教え込まされる事への不信感があった。今回、これほど戦争の無残さを心から実感したのは始めてである。それは、私が主体的な意志を持って本書に向かったからだと思われる。
それにしても、容赦なく食い下がり、語らせようとする上野氏と小熊氏と、それに真摯に何とか言葉を探し出して答えようとする鶴見氏が、本書を後世に残すに値するにふさわしい一冊にまで価値を高めている事は間違いない。得てしてありがちな、質問側が手心を加えるような予定調和の空気はない。無論この厳しい問答には、三人の間の揺るがない信頼関係があってこそのものである。だからこそ、対談後の会食中の雑談の記録は読者も癒される。ちなみにこのインタビューは3日連続で行われている。一日目の雑談の最後のページにある三人で料亭の前で撮った写真が、「平和」という言葉の意味を深く考えさせられて、何気ない写真なのに涙がでそうになった。
本書は相当に濃密だ。私はまだ、一日目を読み終えたのみである。
さて、ここでタイトルに戻る。「すべての対話は物語に値する」。今日はまさにそれを思い知らされた一日であった。
しかしながら、どれだけ毎日ちゃんと磨いたとしても、歯石や茶渋は完全には取れません。半年に一度は歯医者さんでクリーニングぅ~(はるみ)。