えり子先輩による
ゆるーい徒然日記

内観らしい教訓が
あったり?なかったり?



私は雨女です、不幸なことに

たまの外出は
雨ばかり



今日は「春の嵐」ですって
そういえば
息子の入園式も
娘の入学式も
春の嵐で大雨でした、嗚呼、不幸



出掛け間際に土砂降りになって
慌てて
着替え直しました

レインブーツなんて履きたくなかったのにな
嗚呼、不幸
 




そして
私は傘の刺し方が悪いのか 
いつもびしょ濡れになります

昔から 
通学通勤、お出かけでも
みんなは濡れてないのに  
私は傘をさしてもびしょ濡れ


嗚呼、、、





さらに

傘の中で舞う風で
髪の毛が巻き上がって
もはや
メデューサです


向かい側からやってくる方には
メデューサのわたしは
どんな風に見えるんだろう

嗚呼…






なんで私ばっかり
こんな目に遭うんだろ!


ほんとに
いやになっちゃう!!もー

私って不幸










って

不幸だと
思って
不幸を集めると   


どんどん
不幸な私


って
演出されちゃいますな






 

 

 

 

 
 

 

 
 

 


 

内観めざましcafe(Instagram)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

えり子先輩による
ゆるーい徒然日記

内観らしい教訓が
あったり?なかったり?
 
 

先日、

我が家から
小1時間かけて
大阪湾近くの
大型家具ショールームへ出向きまして



数年ぶりに向かう場所に
ちょっとウキウキ



久々の
ショールームに
ウキウキしたのも束の間


「ん、こりゃ、空振りだな」

「欲しかったモノがひとつも無い」







片道小1時間


やたらと乗り換えが多くて
エエ金額になった電車代
(行きも帰りもICOCAチャージしたし)
 



浪費といえば浪費
失敗といえば失敗

なんだけど



「お目当てがここに無いとわかった」と

ひとつ学びまして

私の中では
大きな投資となりました




ま、
道すがら
自分のお気に入りの景色にも出会えて
時間とお金以上に
ココロは踊りましたから









 

 

 

 

 
 

 

 
 

 


 

内観めざましcafe(Instagram)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 




今回は内観サポーター”momoちゃん”がお届けします!!



「関係を荒立てずに

 意見を言えますか?」



▶︎苦手な分野ほど意見を聞くのが怖くて強行突破

▶︎反対されると面倒だから強行突破、

それが数年後に綻びになる

▶︎相手に意見を言わせない手法

(怒る、泣く、拗ねる、黙る、逃げる)

▶︎孤独でも守る分野と孤独を恐れる分野の捉え方の違い

▶︎ルールの共有ではなく、感情の共有が大事



前編は「家庭でも仕事でも荒立てない依頼の仕方や、交渉について」





後編は「拗ねると拗らせるは同じ漢字!拗ねてこじらせるメカニズム!」



(え)
昔仕事場とかで一応お願いすると、

私いい人っていうキャラでね。

第一フィルターが”いい人”で通っちゃうので、

私のお願いってある意味安請け合いするんですよ。


「はいはい、やるやる」

って言ってくれるけど、進まないんですよ。


一生懸命、頑張ってお願いしたはずなのに

進まなくて、それはたぶん

資質的なこともあるんですけど。


私がお願いしてもやってくれないから、

「もっと強く言わなきいけないんじゃないか」

みたいな、脅迫のお願いを持っていって、

関係性を並べ立てて終わる・・・っていう。

逆切れされ、こちらもキレて、で

次の仕返しが始まって・・・で、

プロジェクトがグチャグチャっていう。

「NOを言わせない、意見をもらうのが怖い、

決めたことに対して

なんか違う角度から言われたら怖い」

それを受け止める度量がないとか、

大きく言うと思い通りにならないことが嫌だから、

「いかに思い通りに進めるか」

のために周りをコントロールしよう、

というのすごくしてましたね。




(モ)
うん、私はそれを家庭でよくしていた。

仕事でもしてたかもしれないけど、

仕事ではちょっと斜めに意見を言ってしまって、

ぶち壊す側もあるし。

えりこさんみたいな人がうまく回そうとしているのに、

「え、それってでも。。」って私が言う

「言うなよ!今は、その話じゃないねん!!」

みたいな(圧を感じたり)

「私、みんなみたいに

計算(根回しとか)考えてない。

ふとした思い付きなんて言ってはいけないのね、

そうね。」と

自分を納得させて、

職場ではどんどん自信を失っていき、

家庭ではなんか変にトップだから。



(え)
うん、社長ですもんね


(モ)
そう、指示を出していくものだから、

「事は進んでるのに、思い通りじゃないのは、

みんなの意見を聞いてないからだよ」

って、今では思うんだけど。

上手くいっても1人、

うまくいかなくても1人

みたいな独り相撲って寂しいし、


なんか間違えたら

ピピってホイッスル鳴らさなきゃいけないし、

ずっと肩の荷も降りないっていう。

間違った回し方だなと思うんだけど、

「とりあえずなんか変えなきゃ」って思ってると、

その「変えなきゃ」っていう行動ばかり目がいって、

そこに関わっている人たちのそれぞれの思いにまで

気持ちが行かないですよね。



(え)
ね〜、確かに。

「自信のない分野」っていう話が

ちょっとだけさっき教授の話でありましたけど、

苦手だと思ってることにほど、その聞く余裕がない。


(モ)
怖いからね〜


(え)
怖いからね。

私も「これがあってるかどうか分かんない」

とか思っちゃうから、

やっぱり強行突破で、

「白黒も、Yes.Noも点数も(返事)要らないです」

とか

「言うな!」っていう押し込めたり、

押し通したり。


それに対してうっかりジャッジが入ったと思うと、

拗ねるっていう。

拗ねるはよくやりましたね。




(モ)
なんか

【拗(す)ねる】って漢字と、

【拗(こじ)らせる】

って漢字って似てますよね。


(え)
同じです!


(モ)
一緒なんや、面白いね!

【拗ねると拗れるんだね】





(え)
面白いですよね、うん。
おーい!聞いた?

【拗ねると拗れるんだよ】





(モ)
そうか〜。

えりこさんが拗ねやすいとしたら、

私はなんだろうなぁ。

あきらめ、諦め?

自分の意見を言うのを諦めてた時期が

長いかもしれないですね。





(え)
うんうん、わたしもそうですね。

「意見がなかった」と思っていた。

「意見を持ってるのって生きづらいなー」って。

なので、こう自分の意見のスイッチをオフにしたまま、

入れ物のようにして生きてた時がありました。


(モ)
その方が楽だからね


(え)
楽ですからねえ。

決めてもらって、

で、上手くいかなかったら

「だってあの人が言ったもん」

ってして。

「だって私じゃないもん」って、

どうも「私が自分で自分の人生を生きるぞ」って

決められた20代後半ぐらいまでは、

私の人生のイメージは、

私の前に川が流れてて、ホント傍観者。

「早く誰かどうにかしてくれたらいいな」っていう。

「どうしたい?」って聞かれると、

今この場の正解を探す。


(モ)
確かにそうね、

そういう人多いよね。

しかもどっかで評価されたら、

ガラッと世界が変わると思ってる人も多いんだなっていう風にも感じる。


(え)
思ってました、思ってました。

なにも上手くいってない状態って、

「自分が良いと思っていても、周りが良いと言ってくれない時」なのかなと思うんですよね。

自分の商品が売れない時とか、

家族が自分の意見を聞いてくれない時とか。

自分の主張を理解してくれてないとか、

自分はこんなにいいこと言ってるのに、

分かってもらえないとか。


(モ)
商品はすごくいいものなのに、

みんなその良さがわからないとか、

そこで拗ねちゃう。

良さを分かってもらえない理由を、

私って綺麗じゃないし、若くないし、

私田舎に住んでるし、知名度ないし、

コネもないし、私資金力も足りないしとか、

ないもの探しを始めちゃうんですよね。


(え)
うん、そうそう!


(モ)
だからうまくいくわけない!


(え)
聞いた?聞いた??聞いた???

そうなんだよ!


ないものを探して、

いかに私は難しいかということをアピールし始めると、

それはもう先に進みようがなくないか!って。


「こういうところもあっていいんじゃない?」

って言われても、

「いやいやー、いかに私が難しいか、今から10分かけて話します!」みたいな。


「いや、もう、そんなに言うんやったら、

じゃあ好きにやったらいいやん」みたいな。


で、周りが諦めちゃうけど、

その諦められたことに、

また「やっぱりみんな私をわかってくれない」

っていう、また新しい証拠が集まってきて・・・

家の片付けでもよくありますけど。






(モ)
そうだよね、

そういう人って、

損得勘定がちょっと強い気もしますね。


「1分1秒損したくない」みたいな。


そうすると正解を選ぶほかないし、

評価されないことを

やりたくなくなっちゃうんですよ。


(え)
聞いた?聞いた??それよ!

だから、私も効率効率って言っちゃうんですけど、

すぐ正解が欲しいタイプだったんで。

今もその傾向が出ますけど。


なので迷ってる時間がもったいないから、

うまくいかないことを初めに捜して、

上手くいくことだけを取りに行く。

うまくできなかった時に

「あぁ、損した」ってなってるんで。

なんなら他にアラを探しに行ったり、

「やっぱりこの積み重ねの先なんだよね」っていうのは、

私も内観研究所をとうして馴染むとか、

鍛錬していくっていうのを 

もう1回改めてやってる感じがしますね。


(モ)
尽きることがない作業だし、

1人だと飽きるし、同じことの繰り返しになるけど、

違う人ひと話せば話すほど発見があるし、

発見するのも早くなるし。


いろんな正義がパラレルワールドみたいに、 

同じようにあるじゃないですか。

だから私は世間の6割ぐらいの人が思う正解、と

「違う正解」を自分が持っている可能性がある、

という自覚があるんですね。

「これが幸せ」ではないとか、

「得してる」だからいいじゃないかっていうものに対して、納得いかない。

それは「1%ではないけれども、

まぁ30%くらいの少数かもしれない」

っていう感じの感覚で生きてるんですけど、

そしたらいちいち怒らなくなる。

みんなが、7割が正解というものに対して、

自分は少数派なんやから、

違っても「だよねー」みたいな。

それで評価されなくても

「だよねー」みたいな感じで。


(え)
そうそうそうそう!

それは学生とかサラリーマンみたいな属性が、

ある程度自分に近い人たちの中にいると、

大きくブレなかったりするので、

同意が得やすかったり、

正解が大きくブレなかったりすることがあるなと

思うんです。

私も含めお客さんからも聞くのが、

結婚して表面的に付き合ってたところから、

生活まで深く掘り込んだり、

旦那さんの親族たちの価値観を見てきた時に、

「違い」に、すごく直面したり。

私は子供が産まれて、

会社でも友達でもない人達と付き合う、

ママ友みたいなとか、公園行ってみたりとか、

その「共通点は同じ年の子供です!」

みたいな人たちとしゃべると、

また全然違うものが出てくる時に、

それまで持ってた正義だったり、

価値観みたいなことが、すごく振られて、

そこですごくグラグラしたり、

否定されたように聞こえたりとか。





(モ)
そうよね、なんかうまくいかない1つに、

「否定されているように感じる人の割合」がちょっと高いなって思うんですよね。

そういう人が減ったら、

みんな意見言いやすくなるんちゃうかなと思う。


(え)
否定をされたというか、

自分と意見が違ったっていう時の・・

これは経験もあるし、

わたしの資質が理由でもあるんだと思うんですけど。

「意見が通らなかった=私を否定された」

っていうパッケージで生きていると、

相手の意見を押し止めちゃう。

「場を支配する」っていう言い方をされたんですけど、

やり方は様々で、

「怒る」っていうやり方の人もいれば、

怒るはまだ分かりやすいので良心的なんですけど、

「泣くと黙るそして消える。」

「泣いたら可愛そう」って言われますけど、

ある意味、泣くことによってアピールするとか、

「私にとってのYesじゃない答えは受け止めません」っていうアピールだったりとか。
 
(モ)
そうね〜


(え)
可哀そうって、セットになってきて、

「私は犠牲者だ」とか、

「私は被害者なんだ」

みたいなのが張り付いたりするので、

やっぱり余計こじれちゃう。


(モ)
何回も確認するところなんですけど。

「今日話しているのは何のため」とか

「今どんな自分になりたいと思っているか」とか、

「それを聞いて、そこに向かうために今から意見を言いますよ」って言うことを、

結構何度か(確認します)。

そういう確認事項が、

例えば(幼稚園の)バザーとか

行事に集まった人の中で「わかってるよね」

みたいな感じで始まるけど、

みんな言われたから渋々やってる人と、

盛り上げたくてやってる人と、

子どものためだと思ってる人と、

先生の負担が減ればと思ってる人と、

チャッチャッと終わろうと思ってる人もいれば、

この時間を楽しもう思ってる人もいて、

「なんかもうぐちゃぐちゃやな」っていう。」




ーーーー
『裏話』

ここは内観研究所をえりこ先輩と共同で進めていくにあたって、わたし(モニカ)が何度も確認した部分でもありました。

「今、わたしたち何のためにこれを決めようとしてる?」とか。

よって今はめざましcafeも内観ゼミやトレーニングの前にも、打ち合わせがほぼいらない状態です。
ーーーー



(え)
そうそうそう!そうですね、

そこの整理がされていない場にいることが、私はすごくストレスになっちゃう。

(モ)
もうわたし絶対無理だから、良くないことかもしれないけど、関わらないし、ぐちゃぐちゃじゃない所もあるのかもしれないけど、今のところ私は見たことないから行かないんですけど。(バザーや行事に)

(え)
仕切りたくなっちゃいます。

整理整理しにそこだけかかっちゃったりして。


(モ)
そうやねんけどね〜。。。

自治会で1年役に当たって、

黙って参加してたんですけど、

最後にやっぱり黙り切れずに、

「ここであーでこうですよね」

って言って場がシーンと。





(え)
結構私もやるんですよ、それ。

会議をうまく回す側の時は黙るんですけど、

参加する側の時は、

「こことこことこれが気になる」みたいなことと、

「私から見て、こことここが収まっていない」

とか思っちゃうとやっぱり整理にかかったりして、


「目的なんですか?」とか

「この話は今どこに向かっているんですか?」とか、やってしまってシーンみたいな。(笑)







(モ)
そんな感じでいつも思うのは、やっぱり年功序列が強すぎる。「何でも、先にやってる人の言うことを聞くもんだ。」「なんでも、先に生まれている人の言うことを聞くもんだ。」というのがありすぎて、「はたしてそう?」みたいな。

そっか、フラットな関係を築くというのも大きいかなー。


(え)
あーそうですね。

旦那さんに意見が言えないとか、

自分が持ち込んでる主従関係だったり、

お金稼いでないからとか。

私はそこでしたけど、

「お金稼いでないんだから、稼いでる人が偉い」っていう。


それは夫がこう思ってたというより、

私がそう思ってて、勝手に下に回り込んで、

だからキャンキャン言うみたいな。


(モ)
ルールを全部に適用するのが、

非常に面白い現象だなと思って。

例えば、

「まったく自分に収入がなくて引け目に思う」

という気持ちはある種、理解できるんだけど、

そのルールが適用されるのって、

例えば新しい大きな買い物する時とか、

自分が欲しい服に関して言えないって、

お金が絡んでいることに関して、

やや引け目とか負い目を感じるってのはわかるんだけど。

今日の晩御飯を何にするとか、

あんまり関係ない、まあ厳密にいえば

お金が絡んでないことじゃないんだけど、

でもそれでもあんまり関係ないことですら、

自分の意見を言ってはいけないみたいな。


全てにおいて学歴の上下も、

その頭いいかどうかっていうのが大事な話題では、 「じゃあ、どう思う?」って

聞いてたらいいと思うんだけど、

学力とか関係ない場面においても、

「あの人の方がやっぱりいい大学出てるから」って、

「え、いや、そこで大学(関係ある)?」みたいな。


「卒業して10年くらい経ってません?」とか。。

1つの優劣が全てを支配するっていうのも案外、

上の人は望んで無いかもね、とも思う。


いっぱい稼いでて学歴が高くてっていう人も、

「自分そこ判断力ないんで」と

思ってるかもしれないじゃないですか。

そこでみんなが遠慮しちゃうと

もう誰も何も言えないみたいな。


(え)
そうなんですよね。

1個あるのは責任逃れ。

意見が強い人だからもう全部お任せみたいな。

文句じゃなくて、意見とかアイディアなんだけど、

なんかが出てくるのが嫌、

それに対してディスカッションするのが面倒くさいって、

言葉はすごく逃げ腰ですけど、

そこを恐れちゃうことで丸投げしちゃう。


(モ)
確かに

家の片付けしてる時に、

旦那にこれをやっていいか聞くのが面倒くさいっていう感情が何度も出てきた。

「めんどくさいな、どうせきっとこう言うだろうな」

って。

「こう言われたら、でもなんかもうその会話はとかめんどくさいな」みたいな。

(え)
うん、そうそう!

それって前回の「ねばならない」と

ちょっと混ざってて、

「聞かねばならない」とか、

その引き受けられることであれば強行突破して、

それに対してNGが出ても、

「そっかそっかぁ、ちょっとやってみたかったんだよね」

って話かもしれないですけど、

どこまで引き受けていいかなっていう。



(モ)
うーん、でもそれも結局、

私が許可を取ろうとしてるから

面倒くさいにつながる。


許可をとるって、

感情を伴わないから面倒くさい。

作業だから。

なんだけど、

ルールを共有するんじゃなくて、

感情を共有するっていうのが

すごく大事かなと最近思うんですよね。




(え)
確かに!そこ忘れがちですよね。

(モ)
重視されてないようにも感じる~世の中でそこは。

逆に感情は別物みたいな、

感情を殺してとか自分も殺してみたいな感じで。


「みんなそうなんだ、ふーんそうか」って

思ってました。

「喜怒哀楽凄かったら、ごちゃごちゃになるからかな〜」って傍観者時代。

「そういうもんなのね、

自分を殺すもんなのね、なるほど〜。

私すごい自己主張激しいからエゴイストなのかしら?」とか、

色々内観の始まり。

みんなと自分の意見が違う場合、

=Let's内観って感じ。


==============
『裏話』

わたしが「世のなかの人は感情も自分も殺して、うまくいくように生きてる」と思い込んでしまったエピソードが実はあります。

これを書きながら発見!発見すると、もうそれに捉われなくなるので、世の中に対する見方がまっすぐになっていきます。
=============



(え)
そうですけどね、そうですね、

健全な内観の始まりですもんね。


(モ)
そうそうそうそう!

「みんなが泣いてる!でも私泣いてない!Let's内観!」とかね。

全ての気づきの始まりだと思って。



(え)
そうそうそうそう!そうですね、

感情とか関心とか。

「どこに関心があって、

この人はこの意見が出るんだろう?」って思うと、、


そういえば

私がYes/Noをやりやすくなったことの1つに、

「相手の言葉じゃなくて関心を見る」

っていうトレーニングをしたから

っていうのがあって。


関心によってどういう言葉をチョイスするかは、

その人のその人生の背景なので、

悔しいと思ってても悲しいという人もいるし、

嫌だと思ってても「うん」って言ってる人もいるけど


その人が「何を満たしたくて、これをやろうと思ってるのか」

っていうところが見えると、

Yes/Noの言葉にはそんなに意味がないなーって。 


そこにあまり大きく振り回されなくはなってきた気がします。


(モ)
「何を満たしたくてやってるのか」

を本人が分かってない場合が多い・・




(え)
ですね、それはありますね。

わかってないなということに

気づこうとしてなかったりします。



(モ)
うん、

なんかその場合、

結構やってあげられることが非常に少ない思いに駆られる。


(え)
コンサル業は

そこにぶつかると気付くことがよくありますね。


私がモニカさんに

「コーデのお願いをします」という、

あのコーデ依頼表を書くときに、

自分で書きながら、「おや!?」ってなることはやっぱりよくあって。

「あれ?じゃあ何をこれで満たそうかと思っているかに気づいていないことに気づいて、

ちょっと今焦っています。」みたいな。



(モ)
そう。

だから無自覚のまま、

日々追われている人はすごく多くって、

たまに聞くんです。

その人(クライアント)の服が浮かばなくなってくると、

その人自身が何を求めているか

わかっていない時期なんですよね。

遠くにいるんだけど、

「浮かばないなぁ〜」と思って。


お店に行ってもその人の顔が浮かばないし、

「これだ」っていうのが無いっていうのは、

私がその人が何を求めているか

今わかってないんだと思って、

30分でも時間をとってもらって

話すようにするんですよね。


「今仕事はどうですか?」とか聞いてみると、

「こういう思いがあってやってるんだけど、

意外とついてきてない」とか、

「こう思ってやってきたんだけど、

実は最近そうじゃないかなと思ってる」とか、


「あー、変更点があるのね」って思って、

「それが私のなんか浮かばないところか」みたいな。



(え)
それは家もやっぱりそうで、

「こうしたいです、ああしたたいです」って、

やりたいことは出るんですけど、

「それをしたら叶えたいと言ってることに

繋がると思っているのはなぜだろう?」

っていうところが、

ちょっと「うん!?」ってなると、

結構提案できるものがなくなってくるので、


「モノの片付けの話なのに、すみません、

ちょっとあなたの話を聞きます」みたいな。


「なぜこれとこれが結びつくと思った?」

みたいなことを整理しないと、

形だけ提供しても満たせるものもないし、

本人が欲しいと思ってたそれは、

実は違うということはよくある。

 
(モ)
ネバネバが絡んでいることもあるしね。

階段のステップが、やたら長い人いるもんね。

そういう人が1人で「描いてる道」って、

「これをやって、あれをやって、これをやったら、

こう言われて、こう言われたらこうなるから・・

こういう風に説明して、

これを取ってあれを取ってこうなったら、

こうなってこうなったらこうなんです!」って。(笑)


「ちょっと待って、(着地は)ここなのね!」みたいな。

「ここ(前段階)全部いらないのね?」っていう。

それだったら、

もっとストレートな道あるんじゃないって。

言ったら、

「でもそれやったらこう言われるから」って

なるんだけど、

「言われるって誰に?」って聞いたら

「え?無い!?」 

みたいな・・・


そこで過去の話がね、

「親にこう言われた」とか

「あの時なんかあの人にこう言われたから」って

「その人は今そばにいる?」みたいな。





(え)
そうそうそうそう!

いっぱい何かをよけてよけてよけて、

道のりを長くして難しい事として、

それもその関係を荒立てていること。


この人と今しゃべってるけど、

過去にあの人に、

「あー言われてこう言われて」みたいなこととかの

怒りと一緒に喋ってきてたりとか。



(モ)
うん、よくある。

(え)
「別に今何も言ってないけど、

それはあなたの過去から呼び起こされた怒りやんね!」って。


(モ)
結構それを感じることよくあって、

「今誰と話してんの?」って聞くんだけど。


「私そんなこと今1ミリも感じてなかったけど、

私が感じている風に見えたんやったら謝る。

でも感じてないよ」

ってことを伝える。


それを踏まえた上で、

私がそう感じているように見えたのか、

違う誰かと話したのかどっちなの??」って聞くと、

大概

「昔のことがあって」って。

私もやらかして言われたこともあるんですけど、

「私そんな風に思ってないんですけど」

みたいな。 

「あ〜、そうか」って。

自分が言われたくないがための防御の盾を用意して、

自分の盾とばっかりしゃべってて、

目の前にいる人と喋ってないって。




(え)
そうだよ〜、そうなんだよーー!



(モ)
でも結局、意見を荒立てたくないから何も言われない側の人は、

「何でも反対されないから、スムーズにいってるね」

じゃなくて、

実は「孤立してるね」

になっちゃうかもしれないし。


自分以外の人の意見が入ってきにくい状況を、

自分で作ってお城の周りに堀を作って、

なかなか人が渡ってこれないようにしてしまって。


「ああすごい自分の天下だ」と思って、

頂上にいるつもりだけれども、

自分より高い人を見上げては

「何か違う」と言い続けるようになってしまうんだよね。




(え)
そうですね、自分が正しい、

と振りかざして行くことの代償として、

孤独っていうのがあると聞いていて。


私も「ネバ(やらネバ)」もあるし、

荒立てないために、

私がいかに正しいかっていう正論を押し付けて、

Noを言わせないということも

やったりしてたんですけど、


そうすると何も言われないかもしれないし、

反論がないかもしれないので、

一旦耳障りの良い言葉ばかりで、

悪い言葉が入ってこないっていうのが作れるんですけど、


親密性が育たなくて、

結局心の触れ合いができるほど・・・


さっきのモニカさんの話じゃないですけど、

「こう言ったらこういうアイディアが来た」

っていう関係が築けなくなっちゃう。

家の中がわりとだんまりになっちゃうっていう。


(モ)
閉塞感を生むよね。

(え)
どうせ言ってもさって。


(モ)
すごいわかりにくい表現かもしれないんだけど、

みんな孤立を抱えるべきところで、

抱えず明け渡してしまい、

抱えるべきでないところにこだわって

孤立化してしまっているような。

ここ逆じゃない?と思う女性が、

私の目から見るとすごく多いんですよね。

例えば仕事においては、

多少孤立してるぐらいの方が、

自分のビジネスとして立って行くから、

自分が思うことの根拠と理由を明確に示して行くことが必要だと思うんですよ。


「私はこう思う、なぜならこうだから。

だからこうやってきて、こうなった」

っていうのが成果の1つであって、


そこを「突っ込まれたら怖いから」

って言いきらない、見せきらない、やりきらない。

「こう言われたから変えてみる」

「こういう人がいるからこうやってみる」

っていうのをずっと続けていると、

結局何ができるのか

よくわからない状態になっちゃう、仕事が。

何がやりたいのかも、

何が出来るのかもよく分かんない、

モヤっとした感じ。


ここで、「モヤっとしてるからここだけは!」

という感じで守りに入ろうとする。

「私の人柄については触れないで」とか、

「できない理由とか言わないで」みたいな。

(個人事業主の場合)仕事ではトップなんだから、

ここっていう孤独感を味わう、

でも守るべきものがあるはず。

でもプライベートや自分のフィールドじゃない部分は、

もうちょっと明け渡してもいいんじゃないのって、

思うんですけど。


結構逆に仕事はうまくいかせたい、

お金がほしい、

自分の気持ちより他のものが!

って自分をごまかして、

明け渡してしまって、

波風たたずに意見を言うどころか、

意見を聞くだけみたいな。


聞くだけ聞いてなんか溜まっちゃうだけみたいな。

感情もアドバイスも溜まり溜まって、

「下の方発酵してまっせ!」みたいな。

「出さな、出さな」みたいな。


(え)
そうかも〜。

選んでないっていうのもありそう。

それを引き受けてはない?



(モ)
孤独を?


(え)
孤独であることも、

もらった意見も、

自分がどうしたいかっていう感情も、

何をする何をしない、

という選択をしないまま全部放り込んで、

中に入れてるだけ。


(モ)
恐怖!!(笑


(え)
それなので、

どうしたいかどうなりたいか?

私は今どう思ってるのか?くちゃくちゃになる。

(モ)
まあでもそういう人は得てして、

何を着ていいかわからなくなっている可能性が高い。


(え)
うん、そうですね。

よくカオナシみたいだねって言うんですけど。


全部食べて大きくなってて、

でも「どれも捨てられない」

って思ってるけど、

大事なものって、

きっとそんなもう残ってないよって。


(モ)
なんか結構恐怖やわ、私それ。

なんか恐怖を覚える!!!


(え)
私はそれをよくやってたので。

もっともっとっていっぱいで膨らみすぎてるんだけど、

「でもきっと私そんなに大事なものこの中に入ってなさそうだなー」って。

「言われたからやりました」って

「やれって言われたからやりました」

「これが正解って聞いたからやってみました」

もうどこにコアがあるのかってなると、

「あれなんかこれいるのかな?アレいるのかな?」みたいな。





=========
『裏話』

ここで私(モニカ)は恐怖を連発。こんな風に強い感情を感じたときには、「なぜそんなに心が動くのか?」内観してみるとあらたな気づきがあることが多いです。

これ以降、内観したことを語っています。
==========



(モ)
うん。聞きながら

「なんでこんなに恐怖なんか」

っていうのを内観してた。

何でも強いところって、

いいところと悪い面があるじゃないですか。

でこれがいわゆる私の頑固。


頑固さと恐怖、

学生時代にやっぱり遡ってしまうんだけれども、

過去に正解はないと言えども、

「この恐怖はどこから来てるんだろう?

最初に思ったのはなんだろう?

そう言う人を初めて見た時はいつだろう?」

と思ったときに、


やりたいと思う間もなくやってる人とか、

テストがあるから勉強するに近いんだけど、

ハードルがあるからやるみたいな。


そのスピードに私はついていけなくて多分。

断っちゃうんですよ、結構。

昔よく怒られたのが

「なんでやってみないの?できるかもしれないじゃん」

ってよく先生に怒られたんだけど、

「今私、そのキャパないです」って断ったんです。

「なんか無理だと思う」

みたいな感じで、

そしたら

「やってみないと分からないじゃないか、できるんだよ」

みたいなことを先生から言われるんだけど、

頑固だから(笑)

1ミリも信じられなくて、

もちろんそれで

「損してるね、もったいないね」

と言われたこともあるし。



大人になってからの話になると、

通りすがりのコンサルタントに

「もったいないなぁ」

って、よく言われるんですよね、。


で「そっか私もったいないことしてるんだ、

なんか私って残念な人」

ってセルフイメージがついちゃって。


でも最近、

「私は損してもいいと思ってるから、

人から見たらもったいなくなるよね」

って気が付いた。


理由と結果が合致して。

こコンサルタントの世界のルールで

「もっと稼げるのに、垂れ流してもったいない子やな」とか、

「見せ方も悪いな」とか

いっぱいあるんだろうけど、


そこで取りに行くことが、

私にとってキャパオーバー。

出しそびれてたまることを、

どうしようと恐れているうちは、

たぶん「もったいないって言われ続けるんだろうな」って。




(え)
あの、こう言っては身もふたもないですけど、

「ほっといてくれ」じゃないですか。



(モ)
わかんな〜い。

もう、でもどうなんやろ。

「お金を使える器」とかも聞くじゃないですか。

みんなが大好きな話だと思うんだけど

「年収何億とかそういう人は器がでかいんだよ」とか。

それこそ何を求めてるの?

ってとこなんだと思うんだけど、

その人の人生を見てみると

結構大きく借金してたりとか、

大きく会社潰れたりとか、


結構「どん底からの〜」とかっていう、

すごい振り幅じゃないですか。


それで、いい時の言葉を引用して、

「ほら○○さんも頑張れって言ってるし」みたいな。

「でも私それ、両方引き受ける器、

自分にあるのかしら?」って考える。


そう考えると、

通りすがりのコンサルタントの

「もったいない」とか、

私の記憶に残ってる「やればいいのに」

っていう先生の言葉を否定しきれないんですよね。


「やってみたら違う世界が見えるかもしれない。

でも、いつまでも所詮、己の世界にとどまる

小さな人間なのかもしれないよね」

とも自分のこと思うんだけど、

運気とかそれに伴う

バイオリズムというものもあるよねと思って。


結局そこに波乱が欲しいのか?みたいな。

やっぱりプライオリティの位置が、

「自分を活かしきって最大限の財産を築く」とか、

「自分の名を後世に知らしめる」とか

ではないわけじゃないですか。


(え)
そういう人から見た時に、

「あなたはもっと名を残せる人なのよ」って

言われても、

「私それ欲しいわけじゃないねん」っていう


(モ)
そうそうそう!やっぱなんぼ考えても、

「今日と明日、子供が笑ってる方が大事」

なんかそこまで自分生かしたいのって言われたら、

もう結構私の人生は半分終わってるぐらいの。

あとどういう感じでいこうかな〜っていう。


(え)
内観研究所をモニカさんとやってて、

いつも私たちこれ大事って思うところに、

「何をプライオリティに持って生きていきたいのか」を常に私たちは聞くからって

言うのがすごくコアだと思っていて。


私も通りすがりのコンサルタントみたいな人に、

「高層マンションの頂上を目指してがんばんなよ、

行けるんちゃう?」

みたいなご提案を頂いたりするんですけど、

高層マンションの頂上を目指して生きてもないし、

それは私にとって行きたい先ではないけど、

それがきっとそういう世界の人達からした時の

100点なんだろうなーって。

「いつまで30点でくすぶってんだい」って。

ハッパかけてくれてありがとうなんだけど、


私はその100点を取るために、

それ以外のことのプライオリティを下げたいと思わないから、

やっぱそこは何年もモヤモヤするし、

かけられるたびに毎回あれが100点なんだ、

100点目指さなきゃ!

っていうスイッチが一回入るんですけど、


「でもあなたの100点が私にとっての100点じゃないよね」って。

「年収も何1000万って目指せるじゃん」って。

「どこ目指してやってんの」

みたいなお言葉も周りの方から聞きますけど、

それが欲しいと思ってるわけじゃないんだけど。





(モ)
それが正解じゃないって言われたことを引き受けられるのかに、

迷ったり悩んだりしたこともありました。


それがゴールで頑張れる人もいるんだけど、

そこが通過点と思わないと頑張れない人もいると思うんですよね。


じゃあその先に何があるのって思っちゃうから、

年収何1000万も、

自分にとって素敵なマンションとかも、

素敵な車も、いる?って言われたら欲しいし、

買えるようになったら買うかもしれないし、

結構俗物的な面もあるから、

全然ハイブランドのものだって

買えるならそりゃいいよね、

ジャケットとかね、とか思うんだけど、


そこがゴールの人生を歩むために今頑張ってるのかっていったら、

そうじゃない気もするんですよね。



そこが買える自分になるのも一種の通過点というか、昭和の考えでいうと、

全部捨ててなげうって汗水たらして働いて、

最高の社長室の応接椅子に座って

「はい、ゴール!」みたいなのがあったけど、


今ってそこ目指してないのに、

高速エレベーターみたいにあがっちゃう人もいると思う。

でもそういう人って多分ここがゴールじゃないんだろうなって。


結局自分の周りの人の幸せとか、

自分はどういう影響を与えられるかというところを、見てないと、

「なんのために頑張ってるの?」

「社長室でふんぞり返るためです!」みたいな(笑)

 
誰もそんなの応援したいと思わないと思うんですよね。

そこが通過点になった時に、

「使える器」という風になるんじゃないのかなって 思うんですけどね。


だからそのために目の前にいる人に

関係を荒立てずに意見を言うことも、

もしかしたら自分の欲しい未来の一部の

通過点かもしれない。


猫が飼いたいと思った私の通過点の一部に、

1年、2年かけて旦那を説得するっていう。(笑)


(え)
そうそう、

勝ち負けのためにやってるわけじゃなくて。


(モ)
そうそうそうそうそう!

「結果じゃない感情の共有」

がいかに長いことできるかですよね。

「幸せだね」とか

「楽しいね」とかっていう共有ができるようにするための、すべての鍛錬みたいな。


(え)
そうなんです勝ち負けのためにやるから

きっと拗れちゃう。

(モ)
まあ自分のために戦うことですね、

どうせ戦うなら。


自分自身の望みのためにね。

なんか今日はより一層まとまりがない、

あれだったような気がします。



(え)
あのテーマを薄く伸ばしながら、

でもきっとそんな話ですよ。

私たちの気づきがそのまま出るっていう。

内観研究所はきっとこういう感じで進んでますし、

内観トレーニングもこういう、

ここだけ目指して、

これのための答えだけを拾って行くというよりは、

その間に出てくることで発見しながら

鍛錬するという場所でございます。


(モ)
他にはない時間であるような気がしますね。

(え)
うん、本当本当本当!

何になりたいから聞きたいとか、

内観トレーニングを受けてこうなりたいからっていうより、

今ある、「これを聞いてもらおう」とか、

喋ることで導き出そうっていうのにも

使ってもらえたらいいんじゃないか思っております。では、また聞いてください。
 
(え・モ)
ありがとうございました!





 

 

 

 

 

 
 

 

 
 

 


 

内観めざましcafe(Instagram)