こんにちは
えり子とモニカの@内観研究所です。
最近もりもりとブログを更新しています。
ほぼ「自分の心の中の声」を書いてる感じです。
昨日も朝から盛りだくさんの一日でした。
内観めざましcafeが9時半〜
わたしは、朝が苦手なので起きるのは早くない。
子どもの支度も手伝わない。
朝ごはんは作る。
内観めざましcafeのテーマが
「役に立つのを堪えるコミュニケーションとは!?」だったんですが、私的神回だったわ〜
また素晴らしいダイジェストが、インスタにあがってます。
特にここ!衝撃よ
「Noを言ったことがない」
そんな人いるのーーーーーーーーー
ドクターXの致しません、ばりに言います、私。
でもだからかーって、今までの人生の色々な場面に感じてきた「why japanese people!?」的な謎が溶けた気がした。
「解けた」んじゃなく「溶けた」気がしたわ。
この部分でも言ってますが、こうして違うタイプの人と話すと「違う角度からの意見」を教えてもらえて楽しいのですが、フラットで違いに違ったままで良い、と認め合えてることが大切だと思う。
午後から懇談で子どもの学校に行きましたが、
懇談こそ電話やオンラインで構わないと思う。
だけどさ!
対面じゃないと言いにくい!
っている人もいるんだな、さては。
と朝の内観めざましからの気づきで思った。
私は対面だろうがオンラインだろうが、気がかりは尋ねるし要点をまとめて話せば後は用はない
って感じだけど、モジモジしたり顔色を見ながら察したり…と、考える人いるね。
そもそも今思えば学生時代に、ハッキリ言わない人にムカつくことがあったけど。
『ハッキリ言わない人そのもの』と言うよりは、
「はっきり言いにくい人のために匿名で」とか、なんとか…何かと「はっきり言えない人への思いやり」は手厚い環境に対し腹立ってたかも。
はっきり言えるようになるように促しはしないのかーーーーーー!
って。
だって、わたしは苦手なことをルールにされ、頑張っているのに「はっきり言うのが苦手」な人は頑張らなくていいなんて、ずるい!![]()
ハッキリ言っても角が立って、どんなに正論だろうが聞いてもらえない…と気づくまで数年かかったな![]()
更にはハッキリ言うのを我慢する癖がつきすぎて、かちんこちんなった私が解れ、ハッキリ言う自分を取り戻せたのは、ここ数年です。
それには波風たてずにNoを言える修行が必要なのよね。
互いに認め合う、という前提をいかに育むかという、ね。
内観研究所って、不思議に時空が歪む感じがあるのよね。
数時間で子どもの頃から現在を行き来するような。
そして一旦過去に行き、戻ってきて振り返る過去がさっきまでと違っていたり、現在での同じようなことの捉え方が変わっていたり。
不思議だわ。
内観ゼミでも、そんな感じです。
不思議なの。
懇談から帰宅して今度は娘に
「もう知らんわ!」って、またキレたんだけど…
それについては、また書こうかな…どうかな。
やっぱり、すぐに娘も私も気を取り直しましたが…
内観って大切だと思いました。











をくらって、目が覚めた。
