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十色定理を骨の髄まで

ちょうど1週間経ってしまいましたが、十色定理@神奈川行って来ました!

ちょうど2週間くらい前にお昼の部のチケットがまだ販売しているのに気づいてしまい、
「十色定理生で見れてないし、、同じ日ならコロナにかかったとしてもカウントは1だよな、、」とか考えてチケット購入してしまいました。
というかなぜそのことに気づかなかったのか。
多分優秀な海月はすぐに気づいて一般で買ってただろうな、、e+ではもう予定枚数終了していたので、危なかったです。

さて、感想を書き留めて起きますが、まず、今回は整理番号順に入場して、座席を中でチケットチェックの際に渡される形でした。
チケットの裏には連絡先を記載しておき、あとで追跡できるように+cocoaも入れてくれということで、入れました。
電池減るのめちゃ早いよね、あのアプリ。位置情報とBluetooth使うし、Wi-Fiも自動的にオンになるから全ての感知システムをフル稼働するのでもー電池減るの早くてビビりました。

ちなみにチケットは発券されてるチケットとかが既にわかるようになっていて、入場チェックされて入る感じでしたね。
振替公演前の番号がそのまま生きてるのでチェック大変だったろうな、、とその時点で涙がじんわり。
昼公演振替の人と新しくチケット買った人は入場アルファベットで分けられてました。多分Kが振替たFCチケットっぽかったですね。

で、夜公演はAがFCだと思われます。自分がそうだったので。
ところでチェック欄になぜか私の前後の人は色がついてて私だけついてなかったんだけど、なんの違いなんだろうか、、ずっとそれが気になってました。

で、昼公演は1階席の後ろの上手側でして、ステージ全体が見れてよかったです。
夜公演は下手よりの真ん中かな。かなり前の方だったので、あとで配信みたら映ってました。

プラの映像に映るのはじめてだな、、
メリーはよくあるけど。とちょっとドキドキしました。

んで、メリーはスタンディングだったのですが、プラは着席スタイル。
まぁ、プラの場合昨年のシンフォニックコンサートで慣れてるのでそこまで声がだせないことに違和感はなく。もともとアゲアゲじゃない曲も多いので、踊りたい曲はもちろんありましたけど(スウィングノワールとかね)。

で、昼公演ですが、はじまったらやっぱり、音圧がすげー!と思いまして、これがプラのライブだよねー!!!って感じなのと、アキラさんのギターの音!!やっぱ生のが断然いいじゃんよーと思ってみてました。
この時点で感無量ですが、C.C.Cで涙腺が崩壊。かっこいいよーアレンジが。来てよかったし、これはもっとたくさんの人に聞いてほしかったし、こういうことにやっと感動できる瞬間が来たのかという気持ちになるし、すごく嬉しくてノリノリになりたいのにそれが制限されているのがなんか悲しくて泣けてきてしまいした。
あと、ふと思ったのですが、私はこの不自由さを悲しんでるけど、車椅子の人とかは常にこういう気持ちなのかなー、、なんて。
そう思うこと自体が失礼なんですが、制限されているとはいえこの場所にこれてホントによかったわーと思っておりました。

あまのじゃくがはじまったらプラの空間がぶわっと広がっていっているようで、枯れない樹が息を吹き返したぜー!という感じでもう感無量。
ちょっと前からプラ兄さんたちが枯れない樹枯れない樹というもんだから、なんとなく頭の中でPlasticTreeの樹ってイメージがあって、もしもエフェクトかけてライブを絵に起こすならこんな感じだなぁとかちらつくんですよね。

いつか動画とか作ってみたいなー
そんな技術ないけど。

MCで竜太朗さん同じ事を昼夜話してましたが、まずはこの会場にきてくれた人たち本当にありがとうと言ってました。

いろんな事情で来れない人もいるので、配信のときは配信の人もありがとうと話してましたが、メリーの件があった私としては、行きたかったけど行けなくて配信を選んだ悔しい立場の人がいるので、私も手放しでイエーイなんて思ってられないなと会場にいながら思ったのですが(なにせ2公演もみてるし)、家に帰って来て配信みたらファンがいるからよかったとか海月が海月を労うということになってて、なんていいファンがいるんだ、、PlasticTreeには、、と思ってしまいました。

みんないい大人だからそうそう荒れないんでしょうけど、お互いが好きなものを尊重できる距離感が好きです。
FC旅行に行ったときも海月さんはやはりどこか似ていて初対面にしては居心地がよくて、国籍も超えて仲良くなれるのだなと実感していたので、ホントに素敵な宝物を私は持っているんだなとしみじみ思いました。

で、話に戻ると昼公演はやっと十色定理が聴けたもんだから感情が爆発して何回も泣きながら聴きいってしまいました。
後ろの方で泣いてる変なやつに見えてたかな、、

ま、いいけど。
スウィングノワールでベースの音が出ないトラブル以外は大きなトラブルなく、1999とかPPPでやってた内容がアンコールに入るって感じでしたね。

十色定理はC.C.Cの今回のアレンジがかっこいい!というのと、remainのギターの音がよい。ケンケンがコーラス!!
スウィングノワールが最高なダンスチューンでベースぶいぶいでよい。
インサイドアウトがここにきてカッコいい。月に願いをは竜太朗さんらしい歌いかただなーみたいな感じです。
しかし今回はエンドロール。がぶっちぎりかな。ベースもこれよい。
あの終わりにして未来を期待させる曲が最後にくるのが最高によいです。

プラ轟音を体にびんびん感じるとこれを待っていた感がすごくて、終わって会場からでてきて昼公演きてよかったー!!!という気持ちでいっぱいでした。

夜公演は昼公演のおかげで大分精神的に落ち着いて楽しめました。
アキラさんが昼公演で病院の待合室みたいだねって感想を素直に言ってましたが、夜は映画館になってましたね。
病院って微妙だなって話になったのかな。

夜公演は十色定理は素晴らしいですが、そのあとのアンコールも素晴らしかった。13thからはじまり、蒼い鳥をぶっこんでくるという暴挙ですよね。蒼い鳥って精神を破壊されるんだよな、傷口抉られるというか。

今回はみらいいろをメンバーからと言って歌ってて、プラにそんな未来を願う曲があっただなんて、、とみらいいろを聴きながらいい歌、、と思ってました。
蒼い鳥も希望もある歌なんだよね、ホントは。
最後が希望っぽい景色で。

とにかくプラ兄さんたちがこの場所を待ち望んでいたことも、私たちが必要にしていたことも、そして、未来をプラが全然諦めてなくて、前向きなことがわかって私はすごい多幸感に、酔いしれた1日でした。
しかも終わりに特報が入るという完璧さ。
なんなんだ。こんなに事務所有能だったっけ?

11月にまたシンフォニックコンサートやるんですよー!!これは嬉しい!
嬉しいから髪切っちゃおうかなとか一瞬思いました。

去年のものが映像化されず、もちろんもうしばらくやらないであろうと思っていたので本当に嬉しいです。

しかも昨日PPP#3がやるよ的な連絡もありまして、プラってヤバいってときほど足掻いて責めてくるよねとホント思いました。

彼らが終わらせないように、バンドが途切れないように大事にしてくれるのがわかって安心しました。
安心してお金を落とすことに、、

結局プラに使ってるお金が多分昨年と変わってないんだよな。
夏フェスとか行ってないのでトータルの金額は下がってますが。

ホントにえらい!

ということで投げ銭をいつもしてPPPは買ってます。通常のライブ代くらいで。
いいもん見せてもらってるし、それで元気になれるからよいのである。

しかしシンフォニックコンサート当たるかなー、、すごい不安。一般先行とか書いてた気がするけど、そんなに席あるのかな、、
第1回そもそも外れている人がいることを思うと心配。。
あと私は1週間は健康に気をつけておかないとな。
エンタメ業界のために。
有観客でクラスターがでるとまたライブが叩かれてしまう。



少し前、当たり前だった世界は

ずいぶん久しぶりに気持ちを書き留めておこうと思ってこれをかいてます。

気づけば年末から書いてないまま9ヶ月もたってしまった、、
その間に一つ歳をとり、コロナが世界中を駆けめぐって、私の当たり前だった世界が突然なくなってしまいました。

その前の話になりますが、メリーから健一が脱退するなんてことが2月に発表されました。
なんとなくメリーには「もうダメかもな」という終末感を感じていたのですが、健一の脱退だとは思わず、びっくりしましたけど、これで潔くメリーを上がろう、、とぼんやり思っていました。

メリーはあくまで何番目かの存在だったのですが、いつからか彼らが武道館に立つ姿をみたいというメンバーの夢が私のなかでもメリーに期待して、夢を抱いていた部分があって、そのために応援していたけれど、ここのところ夢を見させてくれない瞬間がいくつかあって、中央線ツアーも参加せず、そっと離れようと思っていました。だから発表があったときも、あーいよいよヤバいな、メリー、、とショックよりも冷静に捉えていました。

健一が最後ならそれを見届けてメリーを追いかけるのはやめよう。

そう思っていたらコロナでまともにライブができる環境じゃなくなって、2回の延期とさまざまなゴタゴタを経て、19日野音でファイナルを迎えまして、それだけは見届けてきました。

他の公演はチケットとっていたけど結局行かずだったんですが、健一を前でちゃんとみたいと思って高いお金を払って見てきましたよ。
悔いは全然ないです。
それより月曜日に疲労困憊で帰宅途中で6月に買ったばかりの時計を落としてしまったことの方がよっぽどショック。
同じくらいの値段なのにね(笑)

ムカつくからしばらく前の時計を使うことにしました。コロナだからお客さんのところに行くことも少ないし、仕事以外で時計をしないし。
そのうち、同じのがメルカリかなんかで売ってたら買おうかな。(もう新品で買う気がなくなってしまった)

さて、野音はどうだったかというと、音の調整とかイヤモニとか微妙なところはありましたが、ガラちゃんの歌のエネルギーが増していて、脱退という寂しい感じとガラちゃんが書いた女々しい歌詞がぴったりハマったりしてよかったです。
私は健一が見たかったので、健一がお客さんをしっかり見ながら演奏しているのをみて、心はすっかり決まってるんだなというのを感じて、もうこの決定は覆らないということも理解できて、諦めがつきました。
健一がこのあとのメリーもよろしくお願いしますと言っていたので、音源とかはチェックしようかな、あと1回4人のメリーを見に行くかはそのとき考えようと今思ってます。

ブッチさんのときもそうだったけど、その場で脱退する人が苦しい顔をしていなければ、残される側がいくら悲しくてもどうしようもないし、それはしょうがないということを経験しているので、悲しいけど割と平気でした。もちろん泣いてるけどね。それは盛大に。
でもそれは置いてかれる側が悲しいだけであって、残る側のわがままなんですよね。健一が無理だったのならずっとまえに遡って無理にならないようにすべきだったし、健一自身の問題なので関われるのはある一定の部分だけなんですよ。ブッチさんが脱退するとなったとき、何がダメだったんだろうとすごく無念だったのですが、ライブみたらそもそも私が関われることではなかったのだなと思い知らされたので、それ以降の脱退は悲しいけどそれはどうしようもないという気持ちとして消化することを覚えました。
なので、今は普通に22日のライブのことを考えています。

というか、野音のライブでやっぱりライブ 
いいなぁと思ったけれど、声が出せない状況でメリーのメンバーに、今自分は心の中は揺さぶられまくってるんだよ!ということが伝えることができなくてもどかしくて、これがプラのライブでもおきるのかー、、辛い、、なんて思ってました。

とはいえ、メリーのライブよりコールアンドレスポンスないけど。
メリーは多いからこそ辛かった。健一が最後だと思うと余計に。

コロナがなかったら、大きな声で健一のことをファンは呼んだだろうし、ガラちゃんの煽りにも全力で応えてると思うんですよ。
きちんと送り出したかったとすごく思っていたので、場所が設けられただけでも随分ましですが、それでも誰にぶつける訳でもないけど悔しかったし、憤りを感じていました。

22日もそういうことを感じるのか、それでも十色定理が生でやれることを喜ぶのか、いや、むしろ泣いちゃうのではと思っているのですが、無事開催されることを今は願っています。

さめざめかいてますが、もちろん行きますよ!振替公演のTシャツなどを買い損ねたので、明日は早めに行ってグッズも買わねば。

この連休が久しぶりに1年前の自分がやってそうな生活で、嬉しいです。
血が流れ始めたぜー!という感じ。
エンタメ、とくにロックライブは制約が緩和されにくいし、そもそも特性上リスクが高いので、なかなか昔と同じように楽しめないので、早く元の日常くらいに戻ってほしいし、それまでに私の大切な場所がなくならないように自分で援助できるところはしていかないとなと思っています、日々。

コロナって人の物理的繋がりを切ってしまって、ライブハウスとか見ず知らずだけど、同じものが好きで集まって共有する幸せを感じてた人たちからその場も心も奪っていった気がして、戦争を悪いものだと語る老婆のように私はこの後もずっとコロナは悪いやつと語っていくんだろうな。

でも大きくみると温暖化とか都市化が発生の原因な気がするから廻りめぐって人間が悪いような気がするんですけどね。
ホント、人間って愚かなんでしょうね。

それでも人のためを思って何かができて、涙が流せるんだから憎めない。




令和元年PlasticTreeでしめる

今年もあっという間に年の瀬。
備忘録的なことを書いておかねば、、

PlasticTreeに関していえば、
①シンフォニックコンサート
②秋ツアーで九州(熊本)初上陸
③竜太朗さんの教祖をフジロックで見る→本人たちも同じところに来ている→翌日アルルカンとの対バン(これも見てる)
④ムックさとちイベントにて3月5日。を投下してさるという痺れる

THE YELLOW MONKEYに関しては、
①ツアーにお金を突っ込みまくる。夏忙しい。土日ツアー
②秋田公演がスーパー指定で4列目でセンターで凄まじいイエモンメンバーのオーラーにあたる
③アニーのサイン入りTシャツが当たる→額縁買う

ゆくプラくるプラまひるの歌をきいていて、今年もいい1年だったなーとか、プラファンになって私も20年目だわ、とか考えてました。
プラのような心のシェルターがあったからここまで頑張ってこれたように思ってみてました。

今回の年末公演にしても、久しぶりにやる曲も多いけれど、リクエストしたら流れ関係なしでランキング順にやってくれるし、いつも最新のアレンジにしてくれるし、年末映像作ってくれるし、彼らは何も変わってないように見せてしっかり1つずつ変わっていて、本当に生きている植物のようになってるなーと思います。
そんな彼らを見てると前年踏襲でいいかとか考えずに仕事できてるのかもなーとか。
私の人生にとても大きな影響を与えている人々だな彼らは、と改めて思ったり。
地道に、着実に、周りの声に惑わされず、自分の信じたことをやる。
それってプラの歩んでいる道になんだか似てるんだよね、なんて思ってました。

まよなかのうたは自分の聞きたかった、thirteenthfridayはなかったけれど、あーやっぱりいい曲が多いよね、この曲も夜かーとか考えながら、竜太朗さんの声も結構苦しそうで、あとどれくらい見れるのかな、、私も、彼らも、、
いつ見られなくなるかなんてホントわかんないから今幸せだし、次もライブ行こう、、とゆっくりと朽ちていくことをどう納得するか考えてました。いつかやってくる別れはしょうがないもの。そう思えるのはプラの歌がそういう感じだからなんですよね。

年輪25年が終了したPlasticTreeは4半世紀この世界に生き続けているのは奇跡だし(バンドなんてとても脆弱な生き物だし)、私も20年ファンとしてみてるというのが宝物です、ホント。
私が認知症になったとしても、一番最後までプラのことを覚えていたい。

私の大切なものです。

ここのところゆくプラくるプラいくと、この宝物をなるべく長くとっておけるように、私も頑張らねば!と思ってます。(主にお金を稼ぐで)




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