人の性格は、
才能や努力以前に「遺伝」と「環境」で決まる。
それ以上でも、それ以下でもない。
安定した家庭、十分な資源、肯定され続ける環境で育った人は、
他人の悪意や搾取に直面する機会が極端に少ない。
奪わなくても与えられ、
争わなくても居場所が用意される。
疑う必要がないため、
世界を基本的に善意で捉えることができる。
その結果として、
純粋で優しい人格が育つ。
一方で、
悪意ある人間が身近に多く、
資源が常に不足し、
一つの判断ミスが生活や尊厳に直結する環境で生きてきた人は違う。
その世界では、
人生は「椅子取りゲーム」や「人狼ゲーム」に近い。
先に掴まなければ奪われ、
素直でいれば利用され、
信じた分だけ傷を負う。
だから人は、
先回りし、警戒し、疑い、計算するようになる。
それは性格の歪みではない。
生き延びるために身につけた生存戦略だ。
強さと引き換えに、
純粋さを手放さざるを得なかっただけのこと。
時間も、健康も、金も、感情も削りながら、
どうにか立ち続けてきた。
誰かを蹴落としたかったわけではない。
ただ、そうしなければ倒れてしまう環境にいた。
そこに善悪はない。
誰かを裁くための話でもない。
ただ、
置かれた環境が違い、
求められた役割が違っただけだ。
それだけの話だ。
ただし、
すべてが完璧な家庭で育つ人間など存在しない。
人は誰しも、
恵まれた部分には鈍感になり、
恵まれなかった部分にだけ、
過剰なほど敏感になる。
だからこそ、
人と人との間には理解のズレが生まれ、
同じ現実を生きているようで、
まったく違う世界を見ていることが起こる。