京次郎誕生日記念小説 (前篇) | じゃすとどぅーいっと!

じゃすとどぅーいっと!

ヨノナカニヒトノクルコソウレシケレトハイフモノノオマエデハナシ

王者の風格 (前篇)


須佐之男(すさのお)組。
ほとんどの人は耳にした事があると思われるその名。


その筋の人たちの間では、“東の須佐之男組”と呼ばれ恐れられている。
要するに、東日本で一番勢力の大きい暴力団。


・・・おっと。
“暴力団”だなんて呼び方をすると怒られるんだっけ。


彼ら曰く、“極道”が正しい呼び方らしい。


そんな須佐之男組の八代目組長を務める人こそが、私の父。
高祖父の更に高祖父の代から受け継がれた、生粋の極道一族なのだ。


病弱だった母は私が小さい時に亡くなってしまった。

紅一点だった私は、自分で言うのもなんだけど、それは可愛がられて育った。


家柄のせいでなかなか友達は出来なかったけど・・・
実兄と、たくさんの兄のような人たちのお蔭で、寂しいと思った事はなかった。


二十代半ばにもなって「お嬢さん」と呼ばれるのは、何だか滑稽ではあるけど・・・
それもまぁ、仕方のない事なんだろう。




ここ数日、父が用事で家を空けているため、若頭である兄の小太郎が組を仕切っている。
そのせいで暇を持て余し、庭をブラブラと散歩していた。


「暇そうね?」


声をかけてくれたのは、幾松さん。
兄の奥さんで、何かと私を気遣ってくれる優しい人だ。


「んー、話し相手がいなくてさぁ・・・」


「私でよければ付き合うけど?」


「え?いいの?幾松さん忙しいんじゃないの?」


「大丈夫よ。あの人が頑張ってくれてるから。」


「じゃあ・・・お言葉に甘えちゃおっかな。」


縁側に座りながら、他愛の無い話をする。


「さとちゃんは、誰か“いい人”いないの?」


「いないよ~。そもそも、出会いなんてないし~。」


「それは残念。」


「知り合っても、家の事とかバレたら皆逃げちゃうって。」


「近頃は軟弱な男が多いのよねぇ。」


「そう言えば・・・幾松さんはどうしてウチに嫁いできたの?」


幾松さんの両親は既に他界しているそうで、反対する人がいないとは言え・・・
堅気の生活をしてきた人が、極道の世界へ足を踏み入れるのは勇気がいると思う。


「どうしてって・・・そりゃあ、あの人に惚れたからよ?」


「あ、惚気~?んもぅ、ご馳走様ですよ~。」


顔を見合わせて笑う。


「惚れた相手が進む道を、私も一緒になって歩きたいと思ったから・・・かな。」


「お兄ちゃん、幸せ者だなぁ・・・」


「でしょ?」


再び顔を見合わせて笑っていると、舎弟さんの1人が電話を持って走ってきた。


「お嬢!叔父貴からです!」


「え・・・お父さんから?何だろ?」


不思議に思いながら受話器を受け取り耳に当てた。


「もしもし?」


「おー、さと!喜べ!お前の旦那を見つけたんじゃ!」


「・・・・・・は?いきなり何言ってんの?もしかして、こんな時間からもう酔っ払って・・・」


「はははは!酔ってなどおらんわ!なぁ、京次郎?」


声は聞こえないけど・・・“キョウジロウ”を呼ばれたその人が、父の言っている人物なんだろうか。


「とにかく、帰ったら詳しい話をするから、楽しみに待っとれ!」


「あ!ちょっと、お父さん!」


そう言った時には、既に電話は切れてしまっていた。


「お義父さん、随分とご機嫌だったみたいね?」


幾松さんが笑いながら聞いてくる。


「あ・・・うん。何かよくわかんなかったんだけど、私の旦那を見つけたとかなんとか・・・」


「あら~、よかったじゃない。」


「いや、よくないよ!どこの人かもわかんないのに・・・」


「でも、お義父さんが見つけたって事は、ちゃんとしたところの人でしょう?」


「うーん、どうなんだろ・・・?確か、“キョウジロウ”って呼んでたはずだけど・・・」


「キョウジロウ?・・・・・・あ、もしかして魔死呂威組の組長さんの事かしらねぇ?」


「マシロイ組・・・?」


聞いた事のない名前。
しかも、人の事を言えた義理じゃないけど・・・随分と変わった苗字だと思った。


「名前くらいなら聞いた事あるわ~。割と最近、先代の組長さんが亡くなられたとか。」


「ふ~ん・・・」


父が気に入る程の人だから、気にならない訳ではないけど、そこまで興味がある訳でもない。


とりあえず、話を聞いてるフリして断っちゃえばいいか・・・
なんて、その時はそう思っていた。






数日後――。
所用から戻った父に呼ばれ、部屋へ向かっていた。


あぁ、あの話か・・・
と気が重くなるのを感じながら、襖越しに声をかける。


「お父さん。さとだけど・・・入るよ?」


「おぉ!待ってたぞ。さ、座れ座れ。」


いつになく上機嫌の父に促され、向かい合うように腰を下ろした。


「・・・で、何?」


わかってはいたけど、一応聞いてみると


「お前の見合いの話じゃ!」


満面の笑みを浮かべ、言葉が返ってくる。


「あぁ・・・そう・・・」


「魔死呂威組の組長で、中村京次郎っちゅう男でな。」


幾松さんが言っていた人で間違いはなかったようだ。


「頭は切れるは、肝は据わっとるわ。申し分のない男なんじゃ。」


「へぇ~・・・」


「おまけに、面構えも立派でなぁ。きっと、さとも気に入ると思っとる。」


さぞかしゴツい人なんだろうなぁ・・・
私の気持ちは、更に沈んでいく。


「見合いの日取りは・・・」


「は!?ちょっと待ってよ!」


当然の様に進められる話を、慌てて止めた。


「何でお見合いする事決まってんの!?」


「見合いと言っても、単なる顔合わせじゃ。そう身構えんでもいいわ。」


「いやいやいや・・・何かもう、結婚する事が前提になってない!?」


「はははは!何言ってるんじゃ、さと!『お前の旦那を見つけた』と、最初に言っておいたじゃろうが!」


そう言う事か・・・

最初から、私に選択肢なんてなかったんだ。


昔から強引な人だと思ってはいたけど・・・

ここまでくると、怒りを通り越して笑えてくる。


「・・・お父様。大変申し上げにくいことではございますが・・・そのお話、丁重にお断りさせていただきたく存じます。」


畏まって頭を下げると


「まぁまぁ。悪い話ではなかろうて。会ってみるだけでも・・・な?」


さっきより少しだけ控えめな声で諭される。


この話はきっと、私が折れるまで終わらないんだろう。


「・・・・・・わかりました。ほんとに会うだけだからね。」


「がはははは!見合いは来週の日曜じゃ!後で幾松と一緒に呉服屋にでも行って来るといい!」


何で顔合わせだけのお見合いの為に、わざわざ着物を仕立てなければならないんだか・・・とは思ったものの、父の我が儘に付き合ってあげるんだから、とびきり値の張る物を誂えようなんて考えてるあたり、“この親にしてこの子あり”って感じなのかもしれない。


幾松さんと出かけた呉服屋で、愚痴を聞いてもらいながら反物を選んでいるうちに、いつの間にやらモヤモヤとした気持ちはなくなっていた。






お見合い当日。

少し遠出する事もあって、早朝から車で移動していた。


相手方は、ウチの組での顔合わせを申し出たらしいのだけど・・・

父が「嫁ぐのは娘の方だから・・・」と、こちらから出向く事になったそうだ。


どちらの言い分も間違ってはいないと思う。


勢力にかなりの差がある組同士だ。

ウチの組を立ててくれる京次郎さんの申し出は正しい。


そして、嫁ぐ側が相手方に出向くと言う父の考えも正しい。

まして、嫁ぎ先が魔死呂威組の組長さんな訳だし。


ま、結局こんな結果になったのは・・・あの父が強引に話を推し進めたからなんだろう。


窓から外を眺めながらぼんやりと考えていた。

あの父に気に入られた京次郎さんって、どんな人なんだろう・・・と。




「さ、着いたぞ。」


考え事をしている間にウトウトしてしまっていたらしく、気付けば目的地に到着していた。


「お嬢、どうぞ!」


何故だか嬉しそうにドアを開けてくれた舎弟さん。


「え・・・あ、うん。・・・・・・何かいい事あったの?」


「何言ってんですか!お嬢の晴れ姿が見られるの・・・俺がどれだけ楽しみにしてたと思ってるんですか!」


「いや・・・・・・ははは・・・」


「行ってらっしゃいませ!」


「い・・・行って来ます・・・」



そこまで楽しみにしてもらって悪いけど・・・私はほんとに結婚する気なんてないんだよなぁ・・・


そりゃあ、いつかは結婚するつもりでいる。

幸い私には兄がいるから、組を仕切っていく為に婿を取る必要はない。

だから、結婚する相手くらいは自分で決めたいと思っている。


百歩譲って、「組の為に婿を取れ」と言われたのならば・・・その時は大人しく、父の決めた相手と結婚する事も覚悟していた。


なのに・・・何でよりによって。

父が勝手に決めた、他の組の人に嫁がなければないのか。

しかも、それが組長さんだなんて・・・



重い足取りで父の後をついて歩く。

道の両側には、魔死呂威組の舎弟さんや若中さんがズラッと並んで頭を下げていた。


慣れているとは言え、さすがに他の組の人に出迎えられるのは初めての事だったので、少し気後れしてしまう。


「まぁまぁ、そう畏まらんでもいいわい!」


と豪快に笑う父を見ていると、やっぱり立派な“極道モン”だと改めて感じた。


「こんな所にわざわざにご足労いただきまして、すいません。」


父の背中を見つめていると、ふと前から声がした。


微妙にたどたどしい標準語。

姿は見えないけど、声の感じからすると若い人なのだろう。


若頭さんかな・・・

なんて悠長な事を考えていると


「おぉ、京次郎!今日はよろしく頼むわ!」


予想もしてなかった名が聞こえた。


「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。」


「そんな鯱張らんで、気軽に話してやってくれ。なぁ、さと?」


いきなりこっちに振らないでよ・・・!

と心の中でツッコんだ後、父の横に並び挨拶をした。


「はじめまして。さとと申します。今日はよろしくお願い致します。」


顔をあげた私の目に飛び込んできたのは・・・


左目に大きな傷。

その傷を隠すでもなく、むしろ見せ付けるかのように左側だけ上げられた前髪。

いかにも“極道”だと言わんばかりの相貌。

それを煽るような、眉間に深く刻まれた皺。


確かに、父が言っていた通り“立派な面構え”だと思った。


でも、“組長”と呼ぶには、少しばかり違和感を覚える。

思っていた以上に若い人だったから・・・


声から察して、三十代半ば~後半くらいの人を想像していたのだけれど、それよりも十は下なんじゃないだろうか。

下手すれば、私と同じ年くらいな気がする。


「はじめまして、京次郎です。ここじゃなんですので、どうぞお上がりください。」


「あ・・・はい。お邪魔します・・・」


「何じゃ何じゃ、二人共!まるで仁義でも切っとるみたいじゃないか。」


様子を見かねた父が口を挟んでくる。


「はは・・・まぁ、どうぞ。」


苦笑した京次郎さんに促され、私たちは客間へと通された。



父の手前なのか・・・あまりにも丁寧な言葉遣いで、逆に私が畏まってしまう。

それに、会うまでに想像していたイメージを尽くぶち壊されて、面食らってしまっていた。


そんな私を気にする事もなく、父は楽しそうに京次郎さんと話をしている。


先代さんが亡くなられたとは言え、この若さで組長を任される器なんだから、それなりにしっかりした人だとは思う。

父からは、切れ者で肝の据わった人だと聞いていたし。

でも・・・現状では、とてもそんな感じには見えない。


見た目や年齢的には、私としても申し分ないけど・・・

この人と一緒に、この組を仕切っていくのは不安だ。


やっぱり、断ろう・・・


そう思っていた時。

ウチの組の舎弟さんが、慌てて飛び込んできた。


「叔父貴!」


父の顔が険しくなる。


「何じゃ、騒々しい!見合いの席だと知っておるじゃろう!」


「す、すんません!ですが・・・・・・・・・・」


舎弟さんが父に耳打ちで何かを話している。


「・・・何?わかった、すぐ向かう。」


「若も現在向かっているそうです。」


「・・・すまんな、京次郎。ちと野暮用が出来てしまってな。」


「いえ・・・こっちは大丈夫です。」


「お父さん・・・?」


「さと。お前はしばらく、ここで京次郎と話しておれ。後で迎えをよこす。」


「え・・・いや、私も一緒に・・・」


「何言っとるんじゃ!まだ全然、京次郎と喋っとらんじゃろうて。」


「でも・・・」


「心配せんでもいい。じゃ、京次郎あとは任せたぞ。」


「はい。お気をつけて。」


別に、“野暮用”について心配していた訳じゃない。

ただ、断ろうと決めたこの話を長引かせる必要はないんだから、一緒に帰ろうと思っただけで・・・


父の去った部屋は、少しの間静まり返っていた。


「さとさん。あの組長さんが向かったんですから、きっと大丈夫ですよ。」


気まずくて俯いていただけなのだけど、京次郎さんは気遣って言葉をかけてくれた。


「あ・・・・・・はい。そうですね。」


何だかちょっと可笑しくなって笑顔を返すと、京次郎さんの眉間の皺が少しだけ緩む。

案外、柔らかい雰囲気の人なんだなぁ・・・とその時思った。


その雰囲気に便乗して、私はずっと気になっていた事を聞いてみる事にした。


「あの・・・京次郎さん?」


「何ですか?」


「その標準語・・・何か無理してませんか?」


すると、少し言い淀んでフッと息を吐いた。


「・・・慣れない事はするもんじゃないのう。」


「え・・・」


「実はワシ、こっちの出身じゃないんじゃ。第一印象ってのは大事じゃけぇ、ちぃとばかり気を使ってみたんじゃが・・・」


またしても意外。

この人、こんな喋り方するんだ・・・


「・・・もしかして、父の前でもその喋り方してました?」


「あ?・・・あぁ、そうじゃのう。」


“肝の据わった”ってのは、きっとこの事なんだと納得した。


須佐之男組の組長相手に、この調子で話しかけられる人はそう多くない。

父は、この粋のよさを気に入ったんだろう。


「どうかしたんか?」


「あ、いえ。・・・・・・でも、その喋り方の方が京次郎さんに似合ってると思います。」


「じゃ、遠慮せんで話させてもらうけぇの。」


さっきまでの、早々に話を切り上げてお暇しようと思っていた気持ちはどこへやら。

京次郎さんと話す事を楽しみ始めた自分がいた。



                                          ~続~



                  京次郎誕生日記念小説 王者の風格 (中篇)  に続きます。