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翠雨 ~雨が似合う女~
こいつを紹介されたのは、付き合ってから2ヶ月目くらいだったろうか。
嬉しそうに話すヅラに吐き気がしたのと同時に、嫉妬していた。
「銀時、俺の彼女だ」
「それ3回目」
ファミレスにいきなり呼び出され、何かと思えば自慢ですか。
さっきからヅラは、「俺の彼女だ」しか言わない。
「穂希と言ってな・・・俺の彼女だ」
だあぁぁぁ!もう分かったよ!ただの自慢じゃねぇか!
と言おうとした瞬間に、穂希から「4回目だから」と静かにツッコミが入った。
「そうか?つい自慢したくなってだな・・・」
やっぱり自慢かよ・・・と毒づきながら、出されたイチゴパフェにひたすら無言でガッついた。
「・・・で?銀時どうだ?」
「あぁ?」
「カワイイだろ?俺の彼女は」
その言葉に顔を真っ赤にしながらヅラを見ている穂希を見て、更に嫉妬心が煽られる。
「どっかの白い化け物みたいな奴よりはマシなんじゃねぇの?」
「それは・・・エリザベスさんですか?」
「あー・・・確か、そんな名前」
「エリザベスさんよりは、一億倍マシだと思いますけど」
無表情で言うこの女の顔に、思わず銜えていたスプーンを落とした。
それを見て、すぐに店員を呼び新しいスプーンを持ってこさせる。
「少々気が強いところがあるが、なにより気が利く女だ」
ヅラはそう言うと、穂希の頭に手を乗せた。
照れながらも、ニッコリ笑った穂希の顔に俺は・・・・
嫉妬どころか、軽く引いた。
「お団子20本ください」
ある雨の日、俺は団子屋にいた。
20本も注文する聞き覚えのある女の声に、軒下から顔を覗かせて見る。
「あ・・・彼氏の前だけカワイイ顔する女だ」
振り返った穂希は、ムスっとした顔で山盛りの団子が乗った皿を持ち、こちらにやってきた。
俺と背中合わせに座ると、団子に手を付け始める。
「お前・・・それ一人で食うの?」
「はい」
振り向きもせず、ひたすら食べ続けている。
「ヅラと喧嘩でもしたかー?」
「・・・ふばいばぶ」
「お前、団子入れすぎて何喋ってるか分からないんですけど」
「うぐっ」
団子が喉に詰まったのか苦しそうな声を出す穂希に、俺が飲んでたお茶を差し出した。
軽く頭を下げお茶を受け取ると一気に飲み干し、息を整えている。
「はぁ・・・苦しかった」
「当たり前ぇだろーが!そんなに勢いよく食えば喉に詰まるっつーの!」
「・・・ですね」
言った傍から、また団子を3本手に取った。
「お前また・・・・」
その団子を口には運ばずに、俺の空いた皿の上に乗せる。
「お茶のお礼です」
「あ、どうも」
「いえ・・・別に」
俺の顔を見るでもなく背中を向けたままの穂希は、それ以上団子には手を付けずにいる。
俺は遠慮なく団子を頬張りながら、止まない雨に目をやっていた。
「・・・喧嘩じゃないです」
「あ?」
「さっき聞いたでしょ?喧嘩したのかって」
「自棄食いかと思ってな」
「んー・・・でもまぁ、自棄食いみたいなもんですね」
俺はそれには答えずに、黙って団子を完食した。
「よかったらこれも食べませんか?」
穂希はそう言うと皿ごと俺に渡し、傘を持って立ちあがった。
「え?いいの?」
穂希は頷くと、雨の中を歩き出した。
その後ろ姿はどこか寂しそうで、今にも雨と一緒に溶けて消えてしまいそうに見えた。
雨が似合う女だと思った。
それから、穂希は団子屋に来る度に、大量に注文しては食べきれない分を俺によこした。
何を言うワケでもなく、ひたすら食べては去って行く。
ただ、そんな日に限って天気はいつも雨だった。
「お前、辛気臭ぇ」
「は?」
「雨だし、お前はいつもムスっとしてるし・・・団子はうめぇけど」
いつもの様に背中を向けて座っている穂希の横に座り直すと、傘を持って立ちあがろうとする穂希の手首を掴んだ。
「話せよ」
「はい?・・・離してください」
「話せって」
「いや、だから離してくださいってば」
力を込めて無理矢理引っ張りそこに座らせ、手首を離した。
「・・・うまくいってねぇのか?」
穂希は何も言わない。
「いっつも自棄食いして、何か忘れたい事でもあんのか?」
相変わらず何も言わない。
「どうせ会えなくて寂しいとか、真選組が怖いとか・・・そんな感じだろ?」
この女は頑なに口を閉じて何も喋ろうとしない。
さすが、桂小太郎の女だ。
「何やってんの?また新しいバイト?」
ある日、変装したヅラを偶然町で見かけ、話しかける。
「もうすぐハニーの誕生日だからな、金がいるんだ」
「ハ、ハニーだぁ?お前、そんな呼び方してんの?」
「何だ、悪いか?」
気持ち悪・・・という言葉は心の中に閉まっておくことにした。
「ヅラ・・・ちゃんとハニーと会ってんの?」
「ヅラじゃない、ダーリンだ」
「おま・・・ダーリンなんて呼ばせてんの?」
「ハニーとくれば、ダーリンは当然だろう」
何このバカップル・・・とさすがに言いたくなるが、それも心の中で消化した。
「そんな呼び合いしてれば・・・大丈夫か」
「何が大丈夫なのだ?」
「たま~に、団子屋で会うんだよ。ハニーに」
「ハニーは元気か?忙しくてなかなか会えてないのだ」
やっぱり会ってねぇんだな・・・。
だからあの女、寂しそうな顔でいつも自棄食いしてるんだと思った。
「ちゃんと連絡ぐらいしてやらねぇと」
「何だ、お前に相談までしているのか?」
「まぁな・・・よく話してくれるぜ」
嘘をついた。
それはヅラに対する嫉妬心だったのか、強がりだったのかは分からない。
「それは助かる。銀時、これからもハニーを頼むぞ」
「何が?」
「もし俺が、真選組に捕まったりした時などは・・・」
そこまで言いかけて言葉に詰まったのは、俺がヅラの胸倉を掴んだからだろう。
「よせ、銀時」
俺は、ヅラの顔を睨みつけると、叩きつける様にして手を離した。
「大事な女だったらなぁ・・・てめぇで護れよ」
「そんな事は分かっている。もしもの話をしていただけだ」
その、“もしも”に、どれだけ臆病になってんのか・・・
こいつは女心が分かってねぇ。
まぁ、俺も女心なんざ分かりたくもねぇし、分かってるつもりじゃねぇが。
「とにかく・・・うまくやれよ」
俺はヅラの顔を見ずにそれだけ言うと、胸くそ悪くなってその場を後にした。
「何を熱くなっているのだ銀時は・・・穂希にでも惚れたか・・・」
ヅラが呟いた言葉は、俺には届かなかった。
あの時もっと銀時に聞いていれば・・・
或いは、ハニーをほったらかしにしていなければ・・・
俺達は、別れずに済んだかもしれない。
― El futuro ―