11月16日 AM3:10
頭の誕生日パーティーと言うことではしゃいでいた隊士たちも、サプライズパーティーに喜んでいた主役も寝静まり・・・
いつの間にか、起きているのは陸奥だけになっていた。
「まったく、だらしのない奴らぜよ・・・」
寝ている隊士たちに毛布をかけていく。
(1枚足りなかったか・・・まぁ、バカは風邪ひかんじゃろうし、いいか)
気持ちよさそうに寝ている辰馬の顔を見つめ、陸奥は笑った。
「あはは・・・ははは・・・」
(どうせまた、女の夢でも見てるんじゃろう・・・)
そう思った陸奥は、胸の奥に少しの痛みを感じていた。
辰馬の髪にそっと触れてみる。
(わしは・・・おんしにとって、ただの仲間の1人でしかないがか・・・?)
すると、辰馬の手がふと伸びてきて、陸奥の手を握った。
「・・・!」
急いで手を引いたが、強く握られていて離す事が出来なかった。
「か、頭?」
声をかけてみたが返事はない。
よくよく顔を見ると・・・まだ眠っているようだった。
跳ね上がる鼓動を落ち着かせ、冷静に辰馬の手を解いた。
そして、辰馬の手の冷たさに気付く。
(バカでも頭か・・・。風邪ひかれると迷惑じゃ・・・。)
自分の着ていた羽織をかけ、広間を後にした。
部屋に戻る気にならず、甲板へ出向いた陸奥は凛とした空気を感じていた。
(いつからじゃ・・・頭に対して、尊敬以外の気持ちを持つようになったのは・・・)
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攘夷戦争も終盤に差し掛かった秋の日。
すでに天人がのさばり始めていた町に、
髪は短く、眼光鋭き、まるで少年のような風貌をした少女・・・
陸奥は暮らしていた。
攘夷戦争で家族を亡くした陸奥は、父の形見である脇差を肌身離さず持っていた。
それ故、天人に目を付けられる事が多く、その脇差で対抗した。
剣の腕前は中々のもので、天人2人がかりでも負ける事はないほどだった。
が、ある日の事・・・
そんな少女の噂を聞きつけて天人はやってきた。
「お前かぁ?この辺で凄腕のガキってぇのは?」
「・・・」
「てめぇ、ガキだからって容赦はしねぇぞ・・・!」
10人という大所帯を前に・・・さすがの陸奥も死を覚悟していた。
天人が一斉に斬りかかろうとしたその時・・・
「おうおう!天人も堕ちたもんじゃのう!1人を相手に多勢で挑むとは・・・恥ずかしくないんかのう?それに、相手はまだ子供じゃろうが!」
「あぁ?うるせぇな!誰だ、てめぇは?」
「坂本辰馬っちゅうもんじゃ。どうじゃ?その子の代わりに、わしが相手になるっちゅうのは?」
「面白ぇ・・・そんなに斬られたいなら、望み通りにしてやるよ・・・!お前を片付けたら、次はそこのガキだ!ゆっくり甚振ってやるから覚悟しとくんだな!」
「あはははは!おまん面白い奴じゃのう!先を見据えた考えは悪くないが、実行できなきゃ意味がないぜよ!あはははは!」
「何言ってやがる!お喋りもここまでだ!実行できないかどうか・・・その身をもって知るんだな!」
そして、天人たちは坂本辰馬と名乗る男に斬りかかっていった。
「あぶな・・・!」
そう叫んで、思わず目を瞑った陸奥の耳にはバタッと誰かが倒れた音が聞こえた。
辺りは静まり返る。
倒れた音は1回だけ・・・どう考えても、10対1じゃ分が悪い・・・
次に殺られるのは自分だと思い、グッと目を瞑った陸奥の頭に、何かが触れた。
恐る恐る目を開けた陸奥の視界に飛び込んできたのは・・・
血まみれで倒れている天人の姿と・・・
笑顔で自分の頭に手をのせている、男の顔だった。
驚いて立ちすくむ陸奥の体を、辰馬はギュッと抱きしめた。
「な、何しゆうが!離すぜよ!」
「恐かったじゃろ?もう大丈夫じゃ。安心せえ。」
「恐くなんかない!」
そう言った陸奥の体は、震えていた。
「子供は大人に甘えるもんじゃ。それに・・・女は意地はっちょったらいかんぜよ!」
その言葉に、陸奥は抵抗をやめた。
自分から言ってもいないのに、相手に“女”だと言われるのは初めてだったから・・・
少しだけ、その広い胸に甘える事にした。
震えがとまり、落ち着いてきた陸奥に男は声をかける。
「おんし、家族はどうしたがか?」
陸奥は黙ったまま、首を横に振った。
「そうか・・・やっぱり、こんな戦争は無意味じゃ。もっとずっと先を見据えて行動せねばならん。・・・どうじゃ?おんしもわしと一緒に行かんか?」
「行くってどこに・・・」
「宇宙じゃ!・・・争いで生み出されるのは、悲しみだけじゃ。誰も喜ばん。これからの時代は貿易じゃ!人間も天人も豊かになれば、戦なんてしなくなるはずじゃ!」
「宇宙・・・」
「これからどんどん仲間を増やして、私設艦隊を作るつもりじゃ。だから、おんしもその仲間になってくれんかのう?」
「仲間・・・」
こんな時代に戦う事を無意味だと言い、先の未来で誰もが幸せに暮らす事を楽しそうに語るその男に・・・興味がわいた。
「・・・行く。」
「おぉ!そうかそうか!・・・ただ、1つ約束してくれんかのう?」
「何じゃ・・・?」
「大義を見失うな」
「・・・大義?」
「人として、せにゃならん大切な事を見失ってはダメじゃ。だから、その刀・・・大義のため以外に振り回したりしちゃいかんぜよ?」
錆付いた脇差を見つめ、陸奥は頷いた。
「わしは坂本辰馬じゃ!おんし、名は?」
「陸奥・・・」
「陸奥か!これからよろしくのう!あはははは!」
名前を言う前に、辰馬の豪快な笑いによって、陸奥の声はかき消された。
「行くぜよ!陸奥!」
そう言って差し出された手を遠慮がちに握り、2人は歩き出した・・・
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過去を思い出し、陸奥は笑った。
(・・・初めて会った時から、この感情は持っちょったか・・・)
短かった髪を伸ばし始めたのも、女らしく見せるため。
言葉遣いは・・・照れもあって直す事が出来なかったけど。
(頭にとっちゃ、わしも1人の仲間でしかないのに・・・バカはわしの方か・・・)
11月も半ばともなれば、さすがに冷え込む。
まして、羽織を着ていない陸奥は、寒さに身震いした。
(そろそろ戻るかのう・・・)
振り向こうとした瞬間・・・後ろから暖かいものに包まれた。
突然の展開に硬直する陸奥の耳に、いつもとは違う優しい声が聞こえる。
「女が体冷やしちゃいかんぜよ。」
耳にかかった息がくすぐったくて、陸奥は慌てて離れようとした。
だが、力強く抱きしめられていて逃げられない。
・・・あの時のように。
「お、おまん、何しゆうがか!離すぜよ!」
「はは・・・あん時と同じ事言っちょるぜよ。・・・陸奥の体が冷えたんはわしが羽織を取ったせいじゃ。責任持ってわしが暖めにゃならんきに。」
耳まで真っ赤にした陸奥は、恥ずかしさで俯く。
「のぉ、陸奥?」
「・・・」
「今日は何の日か知っちょるか?」
「・・・11月16日・・・」
「・・・」
「おまんと・・・始めて会った日ぜよ・・・」
「・・・!覚えちょったがか。」
「・・・忘れる訳ないきに。」
「陸奥・・・」
「・・・こんなバカと知り合う事なんて、人生で1度あるかないかじゃからのう!」
陸奥の精一杯の照れ隠しだった。
「・・・」
「・・・」
「・・・陸奥。」
「何じゃ?」
「わしがよく歌っちょる歌・・・覚えちょるか?」
「お、おう。」
そのまま、陸奥の耳元でいつものように歌いだした。
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きっと僕が何も言わなければ
君は僕の気持ちなんて知らないまま
僕の出番のない人生劇場を
君なりの喜怒哀楽で越えていくのだろうね
でもここら辺で
その三文芝居に一発風穴をあけてやりたいんだ
本当に人を好きになるっていう事は
どういう事か君は知らないだろうと思ってさ
初めからもう一度言おうか
要するに
君が好きだ 君が好きだ
君が好きだ 本当はとても簡単なんだ
君が好きだ 君が好きだ
君が好きだ 男に不自由してないような
君の事だから色々と言ってみただけなんだ
おっと
「頭のおかしい人かしら」なんて思わないでおくれ
何をおかしいと思うかなんて
君さえ変われば変わるもの
とにかく一日くれよ
話はそれから 未来はそれから
君の宇宙を100倍に広げよう
君が好きだ 君が好きだ
君が好きだ アイラブユーじゃピンとこないよ
日本人にはこれしかないんだ
君が好きだ 君が好きだ
君が好きだ 台本なんて関係ないんだ
そこらの大根役者とは
ひと味もふた味も違うぜ
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「コレ・・・誰の事歌ってるかわかるがか?」
「・・・どうせ、あの女の事じゃろう・・・」
言ってて、また胸の奥に痛みを感じる。
「おりょうちゃんの事か?」
「・・・」
「陸奥はほんとに鈍いのう!」
辰馬は陸奥から離れ、向かい合う。
そして・・・
不思議そうな顔をしていた陸奥に・・・口付けた。
「・・・!」
事態が飲み込めず、呆然とする。
口唇が離されたかと思うと、今度はまた抱きしめられていた。
「あの歌は、陸奥の事歌った歌ぜよ。」
「な・・・」
「もっとわしに頼ってくれって言いたかったんじゃ・・・」
「・・・」
「それに・・・」
「そ・・・れに・・・?」
「陸奥が好きっちゅう事も・・・」
「っ・・・!」
言葉よりも先に、涙が溢れていた。
「わしじゃダメかのう・・・陸奥?」
陸奥はただ黙って首を振った。
「そうか・・・良かったぜよ・・・」
陸奥の頬に手を置き、涙を拭いながら辰馬は笑った。
「ははは・・・やっぱり陸奥の泣き顔はカワイイぜよ!」
「ばっ・・・!」
“バカ”と言おうとした陸奥の口は、辰馬の口唇によって塞がれていた。
さっきよりも、気持ちを確かめ合うように・・・
それから2人は、見つめあって笑う。
「あはははは!」
「・・・ははは」
「さて・・・いつまでもこんなところにいたら、風邪ひくぜよ!戻って暖まるとするか・・・のう、陸奥?」
意味深に笑う辰馬だったが・・・
差し出された手に免じて・・・今日ばかりは大目に見ることにした。
しっかりと手を繋いだ2人は、船の中に戻って行った。
(これからも、ずっとおまんについて行くぜよ・・・この大きな手があれば・・・迷う事はないきに・・・)
~完~
※文中に登場する歌詞
【人生劇場三文芝居】 by坂本サトル