平成29年度の司法試験 民事系第1問(民法)の答案例です。

 

第1.設問1
1.Bは(i)Bの甲1部分所有(ii)Cの甲1部分占有を主張し、甲1部分所有権(民法206条、以下法名略)に基づく返還請求をするものと考えられる。
2.(1) これに対しCは占有権原の抗弁として、平成16年9月15日に締結したAC間の賃貸借契約に基づく甲1部分賃借権があることを主張することが考えられる。しかし、本件賃貸借契約はAC間で締結されたものであり、Aは適法な権原なくこれをCに賃借しているものであるから、甲1部分の真の所有者であるBに対しては当該賃借権に基づく占有権原の抗弁をすることはできない。
(2)ア. そこで、Cは賃借権の時効取得(162条2項)を主張することが考えられる。
イ. 賃借権は債権であるが、占有を不可欠の要素とする点で地上権と共通するし、賃借権は継続的給付を目的とするものであるから「所有権以外の財産権」(163条)として時効取得することも可能と解する。
 もっとも、土地所有者による時効中断の機会を確保する観点から、①継続的用益という外形的事実が存在し、②その用益が賃借意思に基づくことが客観的に表現されているときには賃借権の時効取得が可能になると解する。また、実体法上の要件として③10年間の占有④賃借意思⑤平穏かつ公然⑥賃借権の行使⑦行使時の善意⑧無過失⑨時効援用の意思表示(145条)も充たす必要がある。
ウ. 本件土地は平成16年10月1日にAからCに引き渡されているが、請負人たる建築業者の都合で工事の着工が遅れ、平成17年6月1日まで利用されていなかった。そして、その間は更地のままの状態が継続していたのであるから、この間に継続的用益という外形的事実が生じていたとは認められない。むしろ、同日以降には本件工事が始まったことによってCの継続的な用益という外形的事実が生じたといえるから、平成17年6月1日からは①を充たす。 また、CはAと本件賃貸借契約を締結しており、Aの指定する銀行口座に賃料の振込も行っていたから、甲1部分の使用が賃借の意思に基づくことが客観的に表現されていたと言える。(②充足)
 そして、Cは本件土地賃貸借契約に基づいてAから甲1部分の引渡しを受けているから賃借意思もある(④充足)し、これに基づいて甲1部分に本件工事を行っていることは目的物の使用に当たるから賃借権行使の事実も認められる。(⑥充足)そして、⑤⑦は法律上推定され(205条、186条1項)、これを覆すような事実はない。
エ. 無過失と認められるためには通常必要とされる注意義務を怠らなかったといえることを要するところ、Cは乙土地の登記簿を閲覧した上で、Aと共に本件土地を実地調査しており、本件土地の測量をした上で面積が登記簿上の乙土地の面積と一致することを確認しているから通常必要とされる調査義務は尽くしたと言える。したがって、CはAが無権利であることにつき、無過失であったと言える。(⑧充足)
オ. ③について、賃借権の時効取得に継続的な用益という外形的事実が要求される趣旨が原権利者の時効中断の機会の確保にあることに鑑みれば、時効期間の起算点はかかる外形的事実の発生時が起算点になると解する。
 本件では平成17年6月1日から本件工事が開始されており、外形的事実が発生しているから、取得時効の起算点は平成17年6月1日といえる。そして、Bが提訴した平成27年4月20日の時点では未だ10年は経過していない。
3.よって、Cの反論は認められない。
第2.設問2
1.Aは①AC間の本件土地賃貸借契約の締結②①に基づく本件土地引渡し③CD間の転貸借契約の締結④③に基づく引渡し⑤転借人の使用収益の開始⑥解除の意思表示を主張し、無断転貸(612条1項)を理由とする本件土地賃貸借契約の解除を主張することが考えられる。これに対してCからは(i)乙土地及び甲1部分については無断転貸に当たらない(ii)甲2部分については未だ信頼関係が破壊されたとはいえず無断転貸による解除は認められないとの反論が考えられる。
2.まず、(i)について、AC間の賃貸借契約の目的物は本件土地であるのに対し、CD間の賃貸借契約の目的物は丙建物であり、両契約の目的物は異なっている。また、借地人が借地上に所有する建物を第三者に賃借しても借地人は自らの建物所有のために土地を使用しているに変わりはないことから、借地上の借地人所有建物を第三者に賃貸することは土地の無断転貸には当たらない。したがって、1の事実は乙土地及び甲1部分の無断転貸を基礎づける事実には当たらず、何らの法律上の意義も有さない。
3.(1) 一方、(ii)について、甲2部分についてはCが平成18年4月1日に診療所を開設して以来、患者用駐車場や救急車用の駐車場として使用されているのであり、CD間の賃貸借契約の目的物である丙建物に付随するものとしてDからCに転貸されているといえる。
(2) もっとも、612条2項が無断転貸を解除原因として認める趣旨は、賃貸借契約が継続的な法律関係であって両当事者間の信頼関係を存立の基礎とするものであるところ、無断転貸は通常、当事者間の信頼関係を破壊する背信行為といえるところにある。そこで、無断転貸がされた場合であっても、背信行為と認めるに足らない特段の事由があれば例外的に無断転貸は解除原因とならないと解する。
(3) 本件において、Cが甲2部分を転貸したのは単なる友人のDであり、同居の親族などではなく明確に使用主体が変更されているといえる。また、Cは健康上の理由で廃業を考えていたことからDに甲2部分を転貸するに至っているが、健康上の理由で廃業を考えていたとしても通常は甲2部分の所有者であるAにDへの転貸を相談することはできるはずであるし、それをすることが困難であったと言えるような特段の事情があったわけでもない。
 しかし、甲2部分は元々Cが経営する病院の駐車場として使用されていたのであり、1台分が患者用の駐車場から救急車用の駐車場に変更されたという些少の違いこそあるものの、その使用態様に大きな変動が生じるものではなく、転貸を認めることでAに特段の不利益が生じるものではない。そうすると、甲2部分についてCがDに転貸をしたとしても、そのことはAC間において背信行為と評価できるに足りるものとはいえない。
(4) よって、2の事実はAの請求に対するCの抗弁として法律上の意義を持ち、抗弁が成立することからAの請求は認められない。
第3.設問3
1.本件においてEは(i)本件土地のAもと所有(ii)平成28年12月10日にAE間で本件土地の売買契約締結(iii)Cが丙建物を所有することにより本件土地を占有していることを主張して、本件土地所有権に基づく物権的返還請求としての建物収去土地明渡請求をするものと考えられる。
2.(1) これに対してCは①平成16年9月15日のAC間における本件土地賃貸借契約の締結②Cの丙建物所有③丙建物につきCが所有権登記を具備していることを主張して対抗要件具備の抗弁(借地借家法10条1項)をすることが考えられる。もっとも、かかる抗弁によれば、本件土地のうち丙建物の敷地として利用されている乙土地及び甲1部分については対抗力が生じるといえるが、駐車場として利用しているに過ぎない甲2部分についても対抗力が生じると言えるか。
(2) 借地借家法10条1項の趣旨は、登記簿上に賃借権の登記がなされていなくても、借地上に借地権者が登記された建物が存在すれば賃借権が設定されていることが推知できるといえる点にある。そこで、甲2部分にも賃借権の対抗力が及ぶかは客観的に見て甲2部分にも借地権が及んでいると推知しえたか否かにより判断する。
(3) 本件において、Eが本件建物をAから取得した時、Dは丙建物で診療所を営んでおり、甲2部分は診療所の駐車場として使用されていた。そうするとEとしては、賃借権が本件土地中の甲1部分及び乙土地部分のみならず甲2部分にも及んでいるのではないかと推知することが容易になしえたといえる。また、AはEに対してCの契約違反を理由に本件土地の賃貸借契約は既に解除されているためCは速やかに丙建物を収去して本件土地を明け渡すことになっているという虚偽の説明をしていた。しかし、Eはその旨が真実であるか否かをCに直接確認するなどしていないし、前述の通り、対抗力が及んでいたか否かの推知は客観的に見てなされ得るものであるから、EがAの言葉を信頼したとしても、そのことによって対抗力が生じなくなるとは言えない。
3.したがって、借地借家法10条1項の対抗力は甲2部分にも生じるということができ、Cの反論は認められる。
以上
 

【感想】

・司法試験の民法はここ数年、一昔前の「何を書いたらいいのか分からん」となりうる問題よりは、基本的なことをきちんと押さえられているかということを聞く問題が多いように感じる。令和4年度の民法もまだ本格的な検討はしていないものの、問題をザッと見た範囲ではそのような印象を受けた。司法試験を受験するようなレベルの人間であれば誰しもがメインとなる論点については触れられるはずで、その次元では受験生間に大きな差はなく、差がつくのはそのメイン論点についての記述が正確なものであるかという点や、落としがちなポイントを忘れず拾えるか(例えば、本問だったら設問1できちんと時効の援用の意思表示(145条)が要件になることを指摘できるかなど)に出るだろう。民法に関する深い知識をというよりは、「浅くてもいい(とは言っても一定程度の深さは必要)から広く、1個1個を正確に」ということを意識した勉強をした方が良いんだろうなと思う。

・その観点でいくと、賃借権の時効取得の要件立てはこれでいいのか疑問。判例が指摘している要件だけでなく、実体法上の要件もきちんと列挙しなければならない旨は採点実感にも示されているが、所有権と賃借権はその中身が違うことから、当然時効取得に関わる要件の捉え方も少し変わってくるはずで、その変化を意識した答案がもっとかけるようになる必要があるなと感じる。