令和4年度の司法試験過去問、会社法です。

現時点でまだ出題趣旨・採点実感が出ておりませんので、あくまでも答案例の1例と思って読んでいただければ幸いです。

記載内容については大幅な間違いがある可能性もありますので、ご自身の学習に利用される際にはくれぐれも鵜呑みにせず批判的な目線で検討していただければと思います。

 

第1.設問1
1.Dの主張
 Dは本件株主総会決議でDが取締役に再任されなかったことが実質的な解任(会社法339条1項、以下法名略)であり、甲社は339条2項に基づいてDに対し損害賠償責任を負うと主張することが考えられる。そして、Dの任期は平成30年6月20日から4年間であるところ、Dは令和2年6月25日開催の本件定時株主総会において取締役として選任されず、2年の任期を残して実質的に解任されているから、損害額は従前に受けていた役員報酬である月額40万円に残りの任期であった24か月を乗じた960万円が損害となると主張することが考えられる。
2.主張の当否
(1)ア. まず、Dは定時株主総会で選任されなかったことが実質的に見て解任であると主張するが、選任議案が否決されたに過ぎない者が「解任された者」(339条2項)に当たるか。
イ. 339条2項の趣旨は、株主総会が会社の経営に相応しくないと考える役員を自由に解任することができる(339条1項)ことに鑑みて、解任される役員の利益を保護するところにある。そして、取締役の任期の途中で株主総会が取締役の任期を短縮する旨の定款変更を行い、当該定款変更により任期が満了することになる取締役を再任しないことは、当該取締役からみて人気の途中で取締役を解任されてその地位をはく奪されるのと同視しうるのであって、当該取締役が将来において得られると想定していた利益に対する期待権を保護する必要がある。したがって、任期の途中で定款変更がなされ、その後に株主総会で取締役として再任されなかった者も「解任された者」に含むと解する。したがって、Dも「解任された者」に含まれる。
(2)ア. では、Dに関して「解任によって生じた損害」をいかなる基準で判断すべきか。
イ. 会社と取締役の関係は委任関係となる(330条、民法644条)ところ、当事者間で会社法上定められる任期の範囲内で具体的な任期について合意をしていた場合には、当該合意内容が委任契約の内容となり、両当事者を拘束して、一方当事者が相手方の同意なく変更することはできなくなると解する。
 ここで、甲社は非公開会社(5条2号参照)であるから、定款で取締役の任期を最長10年まで伸長できる(332条2項)ところ、甲社ではこれに従って取締役の任期を10年とする旨の定款を設けていた。そして、Dが取締役に就任する際にAからDに対して乙社出身の取締役については従前から4年ごとに交代している旨の説明があり、Dもそれを受けて61歳まで取締役を務めた方がより長く安定した収入を得られる旨を述べて取締役就任を引き受けている。そうすると、甲社とDとの間では取締役の任期を4年とする旨の合意が形成されたといえるから、Dの任期は4年であり甲社が一方的にこれを変更することは許されなくなる。
(3) したがって、Dの主張通り、Dの任期は2年残っていたと言うことができ、「解任によって生じた損害」は月額40万円の報酬に残任期を乗じた960万円になるといえる。よって、Dの請求は認められる。
第2.設問2
1.Jの主張
 Jは戊社の株主として株主代表訴訟(847条1項)を提起し、その中でGがデュー・デリジェンスを行わないまま事業譲渡契約を締結したことが任務懈怠に当たると主張することが考えられる。そして、その損害額については、デュー・デリジェンスが適切になされていた場合の対価として想定される最大金額である1000万円と実際に事業譲渡の対価とされた4000万円の差額である3000万円であると主張することが考えられる。
2.主張の当否
(1) 戊社は非公開会社(2条5号参照)であるから、株主代表訴訟の請求適格は「株主」に認められる(847条1項、2項)ところ、Jは戊社の株主である。したがって、Jは戊社に対して任務懈怠責任(423条1項)を追及する訴えを提起するよう請求することができる。(847条1項)
なお、本件においてJが請求した日から60日以内に戊社に回復することができない損害が生ずるおそれがあると見るべき事情は存在しないから、戊社が請求の日から60日以内にGに対して訴えを提起しない場合に限りJは自ら訴えを提起することになる(847条1項、3項、5項)
(2)ア. 任務懈怠責任の要件は①役員等②任務懈怠③損害④因果関係⑤帰責事由(428条1項反対解釈)であり、②は具体的法令違反及び善管注意義務違反(330条、民法644条、355条)をいい、⑤は故意又は過失をいう。
イ. まず、Gは戊社代表取締役であるから①を充たす。
ウ.(ア) 本件においてGに具体的法令違反は認められない。そこで、本件事業譲渡契約締結に際してデュー・デリジェンスを行わなかったことが善管注意義務に違反するかが問題となる。
(イ) 事業譲渡契約の締結に際してデュー・デリジェンスを行う義務は法定されておらず、かかる行為を行うか否かは経営判断となるところ、取締役の行為の結果だけを見て責任を問うことができるとすると取締役の判断が萎縮し、リスクを冒して利益の拡大を図るという判断がなされなくなって究極的には株主の利益が害される。そこで、取締役の経営判断に対する裁量を尊重し、判断過程・内容に著しく不合理な点がなければ、善管注意義務違反に当たらないと解する。
(ウ) まず、判断過程についてみるに、本件事業譲渡契約においてデュー・デリジェンスを行うか否かにつき取締役会でGがデュー・デリジェンスを省略する理由を説明し、戊社出身であるGとIを除いた3人の取締役でデュー・デリジェンスを行うかどうかの決議を採った上でデュー・デリジェンスを行わないと判断したのであり、判断過程には不合理な点はない。
 他方、判断内容について、実務においては一般的に事業の買収等が行われる場合にはデュー・デリジェンスが行われることが通常である他、本件ではHが銀行員という金融の専門家や弁護士という法律の専門家からデュー・デリジェンスを行った方が良いという助言を受けていることを述べているのであって、かかる事実があるにもかかわらずデュー・デリジェンスを行わなかったことについては判断内容が著しく不合理であるといえるようにも思える。しかし、Gがそれにも関わらずデュー・デリジェンスを行わなかったのは、乙社の代表取締役であるFが乙社の破産手続を採ることを示唆するような発言をしていたことに加え、仮に乙社が破産することになれば甲社の主力商品の1つが欠けることになり、戊社の売上総利益の半分を占める甲社との取引にも重大な影響が生ずることを考慮したものである。確かに本件事業譲渡契約に際してデュー・デリジェンスを行わなかったことによって3000万円の損害が生じていると評価する余地はあるが、仮にデュー・デリジェンスを行って事業譲渡の対価を1000万円と設定し、それによって乙社の日用品製造販売事業が立ち行かなくなればそれ以上の損害が生じ得た。そうすると、デュー・デリジェンスを省略して事業譲渡契約を締結するとの判断をしたとしても、その判断は内容が著しく不合理とは言えない。
 したがって、Gがデュー・デリジェンスを行わなかったことは善管注意義務違反に当たらず、本件では任務懈怠は認められない。
(3) よって、Jの請求は認められない。
第3.設問3
1.丁銀行の融資は乙社に対してなされているものであるから、戊社に対して残債務の弁済を請求することができないのが原則である。また、戊社は本件事業譲渡契約により乙社の日用品製造販売事業を譲り受けているが、店舗の名称に「乙」の文字などを使用したことはなく「商号を引き続き使用した」とは言えないため、22条1項を直接適用することもできない。
2.ここで、22条1項の趣旨は、商号を引き続き使用したことによって事業主体に変動が生じていないと信頼した債権者を保護して取引の安全を図るところにある。そこで、商号を引き続き使用した場合でなくても①事業主体を示すものとして用いられている名称を引き続き使用している場合であって②事業主体の変動が生じたことを債権者が知り得たといえる特段の事情がない場合は22条1項の類推適用により、事業の譲受会社が譲渡会社の債務を弁済する責任を負うと解する。
3、(1) 本件事業譲渡契約では戊社が登録商標Pを使用することを乙社が認め、これに基づいて戊社は引き続きPを使用している。そして、Pは乙社がこれまで商標として使用してきてPに含まれる「乙」が日用品のブランドとして確立させたものであって、消費者は登録商標Pが乙社を示すものと受け取っていた。そうすると、Pは事業主体を示すものとして用いられている名称であり、本件事業譲渡によって戊社がこれを引き続き使用することは①を充たす。
(2) もっとも、戊社は取り扱う商品のうち6割についてはこれまで乙社がPの商標を用いて販売していた商品と同一の商品を販売していたものの、半分近くに当たる4割については全く新しい商品にPの商標を付して販売したのであり、乙社と比較してPの商標が付された商品の種類が酷似しているとはいえない。また、戊社は同社のウェブサイト上で「Pが新たに生まれ変わり・・・」という刷新を連想するかのような宣伝文を用いて宣伝を行っている。しかし、戊社はこれまで関西でスーパーマーケット事業を展開しており、それまで乙社の商品を取り扱ったことがないから、かかる宣伝文を見た一般的な消費者はブランドが改良されたなどではなく事業主体が変わったと認識することが容易にできるといえる。そうすると、債権者も当然そのように認識しえたはずであり、②は充たさない。
4.したがって、22条1項の類推適用は認められず、丁銀行の請求は認められない。
以上

 

【感想等】

・これまで民事系第2問は実質的に会社法オンリーに近いような出題がなされてましたけど、今後少しずつ商法プロパーの問題が出てくるんですかね?この問題は判例を知らなくても現場思考ができればこれに近い規範を導いて、それっぽい当てはめができると思うんで、そのレベルなら商法が出てきてもあんまり苦労はしないかなとは思うんですが・・・。

・設問1は「解任によって生じた損害」の解釈が何を重視するかでめちゃくちゃ分かれそうだなぁとか思いながら書いてました。取締役の報酬のところで使う論証を転用してみたんですけど、合っているかどうかは全く分かりません。

・任務懈怠責任の要件に挙げられる帰責事由について、私は改正前民法のクセがついちゃっているんで「帰責事由=故意過失」と書いちゃうんですが、改正民法が帰責事由と故意過失を区別していることからすれば「帰責事由とは故意過失の事だ」なんて書かない方がいいんですかね…。ただ、任務懈怠責任って確か役員の職責の重さや社会的影響に鑑みた特別の法定責任だったはずで、債務不履行責任ではないから、民法が改正で帰責事由と故意過失を区別するようになったとしても、そのことが直ちに任務懈怠責任における帰責事由まで影響を及ぼすんだろうか?って気はするんですが・・・。(不勉強なので「何言ってんだコイツ」って思ったらご指摘いただければ幸いです)

・弊学の会社法の教授がいうには「どういう事情があれ、デューデリジェンスを全く行わないという判断は経営的にあり得ないから、判断内容の不合理性は否定できない」だそうです。あとは経営判断原則の規範を「判断過程・内容に『著しく不合理な点』があるか」とするか「判断過程内容に『不合理』な点があるか」とするかで善管注意義務違反が肯定できるか否かを判断する問題と見るべきで、「判断過程・内容に不合理な点はない」とすると試験的には減点されそうかなと思います。

 

以上です。

 

そういえば以前のロースクールに居たときに会社法を指導していただいた教授が演習書を出していることを最近知りました。

(会社法を全く勉強してないわけじゃないですよ! 過去問演習は前のロースクールの3年生になったくらいから出題趣旨と採点実感の分析、後はひたすら書いて人に添削してもらうしかしてなかったんで、演習書に全く関心がなかったんです・・・)

出版されてからもうだいぶ経ちます(何なら第2版が出てた・・・)し、良書として評判が高い図書ですから皆さんもご存知かもしれませんが、実務家の作成した参考答案なども掲載されていて過去問の学習に非常に有用です。

もっと早くに出版されていればよかったのになぁ…