この詩の作者は山田康文くん。
生まれた時から全身が不自由で書くことも話すことも出来ない。
養護学校の向野先生が、康文くんを抱きしめ
投げかける言葉が
康文くんのいいたい言葉の場合は
ウインクでイエス、
ノーの時は康文くんが舌を出す。
出だしの「ごめんなさいね おかあさん」だけで1ヶ月かかったという。
気の遠くなるような作業を経て、この詩は生まれました。
そしてその2ヶ月後、康文くんは亡くなりました。
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり
(山田康文)
康文くんの先生で、この本の著者の向野幾代さんは復刊にあたって
「あの子の詩は障害者が『ごめんなさいね』なんて、言わなくてもすむような世の中であってほしい、というメッセージ。今もこうして皆さんの心に、呼びかけているんですね。いま、障害者の問題は、高齢者の方たちの問題でもあります。」
『老いる』
というのは、
障害が先送りされているということ。
歳をとると、誰もが足腰が不自由になって車椅子が必要になったり、知的障害になったり・・・
私たちも、たいていはいつか障害者になるんです。
だから康文くんたちは私たちの先輩。
世の中をより良くするよう切り開いてきた、パイオニアなんだと思います・・・
生まれた時から全身が不自由で書くことも話すことも出来ない。
養護学校の向野先生が、康文くんを抱きしめ
投げかける言葉が
康文くんのいいたい言葉の場合は
ウインクでイエス、
ノーの時は康文くんが舌を出す。
出だしの「ごめんなさいね おかあさん」だけで1ヶ月かかったという。
気の遠くなるような作業を経て、この詩は生まれました。
そしてその2ヶ月後、康文くんは亡くなりました。
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり
(山田康文)
康文くんの先生で、この本の著者の向野幾代さんは復刊にあたって
「あの子の詩は障害者が『ごめんなさいね』なんて、言わなくてもすむような世の中であってほしい、というメッセージ。今もこうして皆さんの心に、呼びかけているんですね。いま、障害者の問題は、高齢者の方たちの問題でもあります。」
『老いる』
というのは、
障害が先送りされているということ。
歳をとると、誰もが足腰が不自由になって車椅子が必要になったり、知的障害になったり・・・
私たちも、たいていはいつか障害者になるんです。
だから康文くんたちは私たちの先輩。
世の中をより良くするよう切り開いてきた、パイオニアなんだと思います・・・
