生まれながらにして波長が合う人などいません。ある時、友人がふと私に言いました。「私とすごく波長が合う人に出会ったみたいなんだ」

私は尋ねました。「どんなふうに波長が合うの?」

「私が黙っていると、機嫌が悪いことに気づいてくれるし、一人になりたい時は詮索せずにそっとしておいてくれる。何気なく言ったことも、ずっと覚えていてくれるんだ」

「一緒にいてすごく楽で、何も説明しなくても通じ合える感じ」

私は少し考えてから言いました。「もしかしたら彼女は、生まれつきあなたと波長が合っていたわけじゃなくて、あなたが想像する以上に心を砕いてくれているだけかもしれないよ?」

友人はきょとんとして言いました。「どういうこと?」

「黙っている時に詮索されたくないと知っているのは、彼女があなたをよく観察していたからかもしれない。あなたの突飛な言葉を受け止められるのは、二人の考えが完全に同じだからじゃなくて、彼女があなたの表現に合わせて、あなたの世界に入ろうとしてくれているからかもしれないよ」

「あなたはそれを『以心伝心』だと思っているけれど、実はあなたが何気なく言った言葉を、彼女がずっと心に留めていただけかもしれないんだ」

友人は尋ねました。「本当に波長が合う人なら、何も教えなくても分かり合えるものじゃないの?」

私は首を横に振りました。「人は恋愛を、まるで天性の才能のようなものだと考えすぎているんだと思う」

「私たちはつい、運命の相手に出会えば、相手は自分の沈黙や悔しさ、言葉の裏にある思いを自然と理解してくれるものだと思い込んでしまう。説明しなくても誤解されず、変わらなくても相手が自分に合わせてくれる、とね」

「でも、この世界に全く同じ経験をして育った二人なんていないんだよ」

「あなたが辛い時に静かにしていたいと思っても、相手は誰かにそばにいてほしいと思うかもしれない。あなたが『邪魔しないこと』を思いやりだと思っていても、相手はそれを『無関心』だと受け取るかもしれない」

「人と人との間には、それぞれの子供時代や経験、表現方法の違いが横たわっているもの。いわゆる『波長が合う』というのは、最初から違いがないことじゃなくて、誰かがその違いを乗り越えてあなたを理解しようとしてくれることなんだよ」

友人は小声で言いました。「じゃあ、彼女はずっと私に合わせてくれていたってこと?」

「必ずしも自分を犠牲にしているわけじゃないと思うよ」

私は言いました。「誰かを好きになると、私たちは無意識のうちに相手のことを学んでいくものだから」

「最初は相手がなぜ急に黙り込むのか分からなくても、後になってそれが感情を整理している時間だと知るようになる。以前は『家に着いた?』なんて言葉を何とも思っていなかったのに、相手がその言葉で安心することに気づいたりする」

「相手の『触れてはいけない部分』を覚え、相手の言葉の使い方も少しずつ学んでいく」

「まるで、最初は違う周波数に合わせていた二台のラジオが……」 「……同じチャンネル。相手は雑音を嫌がって背を向けたりせず、あなたの声がはっきりと聞こえるようになるまで、根気強くダイヤルを回し続けたのです」

友人は言った。「そう考えると、『波長が合う』っていうのは、見た目ほど簡単なことじゃないみたいだね」

私は頷いた。「羨ましくなるような『以心伝心』の裏には、誰にも見えない努力が隠されているものだよ」

「彼があなたの嫌いなものを知っているのは、注文のたびに気にかけていたから。あなたが『大丈夫』と言っても本当は大丈夫じゃないと分かるのは、無理して笑っている姿を真剣に見ていたからなんだ」

「感情が高ぶっている時に彼が勝ち負けを争わなかったのは、彼に気性がないからじゃなくて、その瞬間のあなたにはまず落ち着くことが必要だと分かっていたからかもしれない」

「最初から同じ波長の人なんていない。ただ、思いやりのある人が、こっそりとあなたに合わせて周波数を調整し、あなたと波長を合わせているだけなんだよ」

友人は尋ねた。「じゃあ、どうして彼はそれを一度も言ってくれないんだろう?」

「本当の思いやりって、何気ない振る舞いの中に隠れているものだからね」

私は続けた。「彼は譲歩するたびに『さっきは君に合わせてあげたんだよ』なんて言わないし、あなたの習慣を覚えていても、その心遣いに対して拍手を求めたりはしない」

「ただ、あなたの感情を自分の考慮に入れるようになるだけ。何かを言う前に、その言葉であなたが悲しまないか考え、何かを決める前に、あなたがそれを受け入れられるか考えるんだ」

「思いやりのある人だって、自分自身の波長を持っていないわけじゃない。ただ、二人の間に雑音だけが残るような状況にしたくないだけなんだよ」

友人は静かに言った。「そんなふうに愛される人は、きっと幸せなんだろうね」

「もちろん。でも、その幸せを当たり前だと思ってしまいがちでもある」

「一人があまりに自然に合わせてくれると、もう一人は、最初から意見の食い違いなんてなかったんだと勘違いしてしまう」

「彼がいつもあなたの感情を受け止めてくれるから、彼にも感情があることを忘れてしまう。彼がいつも譲歩してくれるから、その事柄は彼にとって重要じゃないんだと思ってしまう。彼がまずあなたを理解しようとするから、彼自身も理解されたがっているのかどうか、あまり尋ねなくなってしまう」

「一番見落とされがちなのは、口数の少ない人ではなく、いつも他人の気持ちを気遣っている人なんだ」

友人は尋ねた。「もし誰かが本当に私を愛しているなら、もう少し私に合わせてくれるのは当然のことじゃない?」

私は問い返した。「じゃあ、あなたは彼を愛していて、彼のために何度周波数を合わせたことがあるの?」

友人は答えなかった。私は言った。「関係性の中で、時折どちらかが歩み寄ろうとするのは優しさです。でも、もし片方だけが常にチャンネルを合わせようとしているなら、それは『波長が合っている』のではなく、一人が自分の声を失い続けているだけのことです」

「本当に健全な関係とは、どちらかが常に相手に合わせ続けることではありません」

「あなたが私の世界に入ろうとし、私もあなたの違いを理解しようとすること。今日、あなたが私の沈黙に耳を傾け、明日、私があなたの疲れに気づくことなのです」

友人は言った。「でも、二人でいる時って、もっと気楽であるべきじゃないかな?」

「もちろん、気楽さは大切です」

私は続けた。「ただ、良い関係が気楽に感じられるのは、二人の間に意見の食い違いが一度もないからではありません。食い違いが生じたとき、どちらも『自分の感じ方こそが正しい』と証明しようと躍起にならないからです」

「一人が説明し、もう一人が耳を傾ける。一人が少し先へ行ってしまっても立ち止まって待ち、遅れたもう一人もまた、少し急いで追いつこうとする」

「本当の『波長が合う』とは、二人が常に同じスピードで進むことではありません。どちらかが遠くへ行ってしまっても、振り返って相手を探そうとすることなのです」

友人は少し黙り込んだ後、スマートフォンを手に取り、その相手にメッセージを送った。

私が「何て送ったの?」と尋ねると、

彼は微笑んで言った。「彼女に聞いてみたんだ。僕と一緒にいるとき、何かずっと僕に合わせて我慢していることはないかって」

私は言った。「以前は彼女があなたを理解しているかばかり気にしていたけれど、今はついに、あなたが彼女を理解しているかを気にし始めたのね」

友人は静かにつぶやいた。「本当の『波長が合う』って、自分に完璧に合う相手を見つけることじゃなかったんだね」

私は頷いた。「そうじゃなくて、お互いの声をはっきりと聞くために、二人ともが自分のダイヤルをそっと回そうとすることなんだよ」

「だから、もし一緒にいて心地よいと感じる相手に出会えたら、単に『生まれつき相性がいい』と喜ぶだけじゃなくて」

「もしかしたら見えないところで、相手があなたの波長に合わせるために、長い道のりを歩んできてくれたのかもしれない」

「自分のために波長を合わせようとしてくれる人を大切にしてください。そして、相手だけに合わせ続けさせるようなことはしないで」

「最高の関係とは、一人が変わり続け、もう一人がただ安心してそれに甘えるようなものではありません」

「私があなたの世界を理解しようとし、あなたも私の声に歩み寄ろうとすること」

「私たちは、生まれつき波長が合っていたわけじゃない」

「ただ、お互いに思いやりがあったからこそ、その『違い』が『すれ違い』になって終わることはなかったんだ」
#日が暮れるか暮れないかの時が一番美しい #波長が合う人は惹かれ合うもの