日本からスイスに帰ってきました。

 

一人で、10日ちょっと日本に行く事、私にとって大きな決断でしたビックリマーク!!

 

普段、子供の事は私に任せっきりの大太郎さん。

習い事の時間も曜日も分からない、学校で体操袋、水泳袋が必要な日も分からない。あせる汗ダウン

 

スイスは給食が無いので、お昼に子供達は帰って食べるのに、私が居ないとなると・・・。

結局、ご飯を食べれる場所にお願いしました。一人1食、1,800円。えーん

日本だと、ちょっとしたランチが食べれる値段ですね。

たいした物は出ませんが、文句を言っている場合ではなかった。

 

中国人の友達2人にも、子供達のヘルプを2回お願いして、迷惑をかけまくっての出発でした。お願い

 

日本に行った理由は、父。

春から、がん治療をしていました。

実家から自転車で5分の場所にある総合病院は、県内で5本の指に入る病院で、15年以上前に治療をした事があり、看病をする母にあまり負担がかからないようにとの理由で選んだけど、

 

結果、誤診で命拾いしました。

 

癌が見つかり手術を選択した父。

手術日を決めてから、転移がないか検査をすると、リンパにあるので、まずい。直ぐ取りましょうと、その手術日を脇のリンパの手術に充てました。

でも、取ったリンパを検査に出したら、癌がなかった。目

手術予定の箇所は、約1カ月後でしか予約ができないと言われて、父は、進行する前に、抗がん剤と放射線治療をして欲しいとお願いして、治療開始。

すると、10年以上前に別の病院でお世話になった放射線科の先生が、偶然にも週1で、その病院に来られていて、父の事も覚えていて下さっていたんです。事情を話すと、手術を薦められなかったので、やらない事に決めました。

しかし・・・・

放射線治療と抗がん剤では、癌が消えず・・・担当医から

 

『ここでは、手術は無理。私では、手術ができない』

 

とはっきり言われました。(最初に手術日決めたのは、何だったん??!?? 分かりません。)

 

見栄だったのか分かりませんが、結果、正直にできないと言われて良かった。

 

『○○病院なら紹介状が書けます』

 

と言われたので、父が放射線科の先生に相談すると、

 

『○○病院?行くな!私が良く知っている先生にお願いするからそこで手術しなさい』

 

とおっしゃって下さり、手際よく診察の予約まで取ってくださいました。

 

紹介して下さった先生がおられるのは、以前父がお世話になった事のある病院で、以前、別の病院でお世話になった先生が、偶然にもそこに勤務されていて、今回の手術との兼ね合いで大事な箇所だったので、担当医と相談していただき、最善を尽くしてくださいました。

手術は12時間かかりました。

私が見舞った初日は、凄くしんどそうで、何本もの管で繋がれて、動くのもやっとでした。

しかし、看病をしていて、日に日に父が回復しているのが分かり、先生がこんなに早く元気になる人は見た事がないと言われたほど、並外れた回復力で、最短期間で退院する事に。

 

思い切って、日本に帰って良かったと思いました。

 

父が、あのまま地元の病院で治療をしていたら、今頃生きているか分からないと言っているけど、私もそう思います。

 

病院は新幹線で行く距離なので、最初は、あえて行かなかったけど、結局は、以前お世話になった先生にも再びお世話になり、今回手術して下さった先生は名医だそうで、不思議なご縁に助けられました。

 

そして、友達が助けてくれて、大太郎も子供達も頑張ってくれたおかげです。

 

感謝という言葉が身に沁みました。

 

小太郎は、宿題を忘れてしまうというポカもやりました。今迄、私が現地校、日本人学校共宿題のチェックをしていたので、自立する良い機会だったと思います。

花ちゃんは、泣かずに元気に待っていてくれました。

 

父がこうして回復できたのは、周囲の助けがあっての事。

みんな、本当にありがとう。そして、最善を尽くしてくださった先生方やお世話になった看護士さんのおかげです。

安心して、スイスに戻る事ができました。