3週間半、日本に里帰りをしていて、パソコンが使える環境ではなく、ブログの更新ができなくて、ごめんなさい。


地震の起きた日に日本に到着の便に搭乗していました。

この日は追い風のおかげでどんどん到着時間が早まり、スケジュールより1時間も早い到着予定でした。

飛行機は、どんどん高度を下げ、着陸体勢に入り後10分で成田に到着するはずでしたが、強い地震があり成田空港はクローズされて、羽田同様降りられないため、石川県の小松空港に向かうとのアナウンス。


45分後に、小松空港に着陸。その後フィリピン航空やJTAやANA等6,7機が次々と小松空港に着陸しました。

結局、成田空港はクローズしたまま、羽田は一部着陸が可能だが、羽田に到着しても周辺のホテルは全て満室、交通手段は全くないのが理由で、小松からそのまま自宅に帰りたい人は降機する事になり50人位降りられました。残りの乗客は、JALが用意するホテルに宿泊する事になりました。


この緊急事態の中、乗客は非常に冷静で文句も言わず、日本人だという事を誇りに思えました。でも、ただ1人60歳位の日本人女性は、こんな事になってJALはどう責任を取るつもりなのか、これは責任問題だ、いい加減にしてくれ等、1人の客室乗務員に言いたい放題。横で聞いていた私ですが、聞き捨てならなくて、「さっきから聞いてますけど、皆、機内で文句も言わずに頑張っているのに、あなただけですよ、文句をいってるのは。この緊急事態にこの客室乗務員を責めても仕方ないでしょう。皆、頑張っているのだから、もうちょっと頑張りましょうよ」

と雷を落としてしまいました。彼女より若い私が言ったのが気に食わなかったのでしょう、応戦してこられましたが

最後には黙られました。


結局小松についてから5時間半、機内で缶詰状態でしたが、その間JALは、小松空港から大阪に出れる特急の運行状況、時刻表を調べ、新幹線の運行状況もあわせて、アナウンスをしてくれました。めったにないような緊急事態のため、ホテルの手配、ホテルに行くバスの手配等にJALは少々戸惑ったようには思いますが、精一杯頑張っていただいたと思います。


ようやく機内から出れたのですが、私達家族が預けたスーツケースだけが出てこず。ロンドンに置き去りでした。

その手続きに1時間半かかり、ホテル行きのバスは行ってしまいましたが、JALがタクシーを手配してくれ、夜中の12時前にホテルに到着。


その後ホテルの大浴場に行くと、機内で知り合った夫婦や、子連れの方に再び出会いました。

ホテルに宿泊以外は、何の情報ももらっていないのに、皆さんとても冷静、そしてベットで寝れる事に皆さん感謝されてました。


食事は午後1時半に出された機内食の後、何も食べていませんでした。小太郎にぜひ食べさせてと、知り合った方からクッキーをいただいたり、スーツケースが出てこなかった事を話すと、メイク落としや洗顔クリームを貸していただいたり、見知らぬ方からのご好意が本当に嬉しく、有難かったです。


翌日、私達は運良く、小松空港から福岡に飛んでいるANA便に乗せていただき、その後新幹線で無事実家に戻りました。東京に行かれる方はおそらく2泊されたのではないかと思います。


私達のスーツケースは4,5日後に無事実家に届きました。ようやく届いたスーツケースは6箇所壊れて、使用不可能な状態でした。縦横大きな大太郎は、靴下も下着も近くの店で売っておらず、不便でしたが、被災された方を思うと、文句は言えないと思いました。


続きは、次のブログで。