近所にクルド人の家族が住んでいて、会社を自分で経営し、一戸建ての家を購入し、亡命者としては大変成功している方です。はっきりとは聞いていませんが、クルド自治区に住んでいた時は、トルコの刑務所に入っていたようで、あの周辺の人種、政治問題はかなり難しいようですね。以前、私がドイツ語学校に行っていた時も、クラスにクルド人の若い女性がいましたが、彼女もご主人と共にスイスに亡命してきた人でした。パスポートは、トルコの物で、キリスト教なのにイスラム教ですと偽らなければならず、ご主人は、トルコの刑務所に入れられ、かなり拷問を受け歯はボロボロになり、スイスに来て無料で治療をしてもらったと言っていました。
他にも、エチオピアで学校の先生をしていた男性。父親が政治家で、反政府軍に連れられて行きどこにいるのか不明で、政治には興味のない彼まで危険が及び、それでスイスに来たといっていました。とりあえず1年は滞在許可が出たものの、2年目はスイス政府から断られ、恐ろしくてこのままエチオピアに帰れないといっていました。彼はアフリカ人だけど、発音がとても綺麗なしっかりとした英語を喋り、スイスで調理場のヘルパーをして働いていましたが、エチオピアの治安が回復したらエチオピアに帰って再び先生として仕事をしたいといっていました。
これまで、語学学校でも他にも亡命者を見てきて、つくづく平和ボケしている自分、世界で何が起こっているのか知らない自分が情けなくなった事もありました。
先日、テレビのドキュメンタリー番組で、コンゴ人の女性がスイスに亡命し10年以上居たのに結局政府から認められず、コンゴに帰らなくてはならず、その後のコンゴの生活をやっていました。
スイスでは最初の5年は毎月生活に困らないお金が貰えるようで、それなりのお金を持ってコンゴに帰国。実際コンゴは、危険と隣り合わせの生活とは程遠く、兄弟はコンゴで洋服店を営んでいたり、父親は何人もの人を雇って会社を経営、かなり裕福な家族です。一体どういう亡命の理由でスイスに10年以上いれたのか疑問です。
彼女はコンゴでお店を開店して、月500USドルの稼ぎがあり、お店で雇っている人の給料は月30USドル。コンゴではかなり裕福な生活をしているのをみて、正直呆れました。
彼女の妹さんはオランダに亡命し、上手く亡命者として認められ、現在もオランダに住んでいるとか。
政府も、色々な人が亡命者として申請するので、どこまで話が正しいのか見極めが難しいとは思いますが、高い税金をスイス人は払って、その一部が亡命者の生活費にあてられているのに、こういう人がいて残念だって大太郎も言っていました。