到着早々、
日本からのちょっとした緊急事態のヘルプの仕事依頼があり、
翌日から、リサーチ、ロケハン、撮影、撮影と
嬉しい悲鳴の作業がありまして、
予定を大幅に変更。
なんとか仕事も終わり、
4日目にして初めて、
住んでる駅の周辺を一歩き。
隣の駅とかと比べても圧倒的に好きな雰囲気。
メインのストリートでさえ看板などが少なく、
グラフィティだらけ。
深夜は人気が全くなく、
ちょっと道を入ると真っ暗で、
廃墟も多いため、
ちょっとデンジャラスな雰囲気もしっかりとある。
街角で黒人の若者たちが、
何か盛り上がってるなと思ったら、
自分たちでミュージックビデオを撮影してたり、
白人のアーティスト集団が変装して、
実験的な映像を撮影してたりと
まさにアーティストの集う街の様相。
さて、
なんだかんだで住みはじめた場所を紹介。
場所はBrooklynのブッシュウィックと呼ばれる、
今一番熱いと言われる地域。
熱いというと誤解もあると思うので、
もう少し説明すると、
アーティストやミュージシャン、
ファッショニスタなどの、
時代に敏感というか時代を体現している人、
そうしていく人たちが、
NYには多く集まる。
そうした人たちは家賃も安く、
自由な空間で、
影響しあいながら生活をし、
その感性を磨いていくというのが
昔からの文化になっている。
かつてチェルシーやSOHOが、
そして近年のダンボやウィリアムズバーグが、
それぞれ家賃の高騰と街のセレブ化に、
次から次へとそういった場所が移っていき、
今がブッシュウィックというところに
なっているということです。
だから、元々は治安が悪かったり、
工場地域だったりと、
人があまり寄り付かないところが
発展していくケースとなるため、
お店や住居が密集しているわけではなく、
ちょっと歩けば、
身の危険を感じるような雰囲気のところにも
すぐに行き着いてしまったりもする。
僕が辿り着いた部屋も、
そうした場所の一角で、
駅で言うとL lineのJefferson Stという駅。
ここが住んでわかったんだけど、
相当に、この地域の中でもかっこいい。
お店はほんとに数える程しかないけど、
その数少ないお店はどこもかっこいい。
街はほぼどの壁にもグラフィックアートが描かれていて、
中にはもう既に有名なアーティストの作品も
普通に描いてある。
住んでる建物は、
4階建ての工場で、
2階と4階が住居スペースとしてレントされていて、
僕は2階の1室のロフトに住んでいます。
なんだかんだで住みはじめた場所を紹介。
場所はBrooklynのブッシュウィックと呼ばれる、
今一番熱いと言われる地域。
熱いというと誤解もあると思うので、
もう少し説明すると、
アーティストやミュージシャン、
ファッショニスタなどの、
時代に敏感というか時代を体現している人、
そうしていく人たちが、
NYには多く集まる。
そうした人たちは家賃も安く、
自由な空間で、
影響しあいながら生活をし、
その感性を磨いていくというのが
昔からの文化になっている。
かつてチェルシーやSOHOが、
そして近年のダンボやウィリアムズバーグが、
それぞれ家賃の高騰と街のセレブ化に、
次から次へとそういった場所が移っていき、
今がブッシュウィックというところに
なっているということです。
だから、元々は治安が悪かったり、
工場地域だったりと、
人があまり寄り付かないところが
発展していくケースとなるため、
お店や住居が密集しているわけではなく、
ちょっと歩けば、
身の危険を感じるような雰囲気のところにも
すぐに行き着いてしまったりもする。
僕が辿り着いた部屋も、
そうした場所の一角で、
駅で言うとL lineのJefferson Stという駅。
ここが住んでわかったんだけど、
相当に、この地域の中でもかっこいい。
お店はほんとに数える程しかないけど、
その数少ないお店はどこもかっこいい。
街はほぼどの壁にもグラフィックアートが描かれていて、
中にはもう既に有名なアーティストの作品も
普通に描いてある。
住んでる建物は、
4階建ての工場で、
2階と4階が住居スペースとしてレントされていて、
僕は2階の1室のロフトに住んでいます。
11月2日。
1並びの気持ちいい出発を諦めて、
翌日の2日、いよいよ出発。
会社の後輩が、
車で成田まで送ってくれた。
成田でランチをしていたら、
別の後輩が奥さんを連れて
サプライズ登場。
嬉しい出発となりました。
機内では映画を一本見ただけで、
後は、ほとんど寝てました。
というわけで、
あっという間にJFKに到着。
かれこれ10回目のNYは、
旅行でもなく、
出張でもなく、
初めて訪れた大学生の時に感じた、
「将来ここに住みそうな予感がする」
という心のざわつきを現実にするため、
住むためにいざ入国。
過去に到着時の海外の空港で、
物の紛失、盗難あれこれの経験多数。
何度海外に行っても、
注意が散漫になる到着のドタバタ、
今回は1人だし、荷物も多いし、
あれ?どうすればいいんだっけ?と、
一瞬途方に暮れてみる。
まず日本の携帯は、
出発直前に成田で休止手続きをしたため使えない。
アメリカ用の携帯は、
現地に着いて、センターに問い合わせれば
すぐに使用可能になると聞いていたのだけど、
一向に使えるようにならない。
一応、初日から住む予定の場所の、
住所と電話番号を聞いていたので、
最悪何とかなるかと。
長蛇の列になっているタクシー乗り場に並ぶことに。
もう時間は日没直前。
タクシーに乗り込み、
タクシーのドライバー的には、
スーツケース3つのアジア人、
どっかのホテルだろうと思っていたようだけど、
僕が告げたのは、
あんまり聞き覚えのないストリートの住所。
本当にそこか?
と確認されながら、いざ出発。
地図大好き人間の僕は、
移動の時、
よく携帯で地図を眺める。
google MAPは大好物で、
ずっと見てても飽きない。
今いるところと目的地の関係も常にチェックできるし。
がしかし、
その、ここ何年もいつも頼りに頼ってた地図が、
見れない状態であることに気がつく。
すっかり外は暗闇。
まったく知らない今まで見たことがない
ニューヨークの景色の中を
タクシーは走っていく。
なんとなく事前にネットで、
住む場所の建物は見ていたので、
最悪は、ぐるぐるしてもらおうと思っていたけど、
車はどんどん人気のない地域に。
ここで降ろされても相当ヤバいなと思い出した頃、
それっぽい建物が目に入るが、
車はスルー。
あー、もうこのままマンハッタンに行って、
どっかのホテルに飛び込みで
泊まろうかなと思った時、
またそれらしき建物を通過。
多分アレかもと言い、
戻ってもらうことに。
目の前に着いたけど確信はない。
なぜなら、夜だし、
なんならここに住むのは
ちょっとチャレンジャーだな、、
という雰囲気。
でも、辿り着けないのはもっと想定外。
最後の最後の手段として
事前に用意しておいたカードを切ることに。
ルームシェする部屋のオーナーに、
電話も最悪できない状況なら、
運転手にクラクションを鳴らしてもらうと約束していたので、
鳴らしてもらう。
3分後、オーナー登場。
予感ビンゴ。
何とか一安心の到着となりました。
1並びの気持ちいい出発を諦めて、
翌日の2日、いよいよ出発。
会社の後輩が、
車で成田まで送ってくれた。
成田でランチをしていたら、
別の後輩が奥さんを連れて
サプライズ登場。
嬉しい出発となりました。
機内では映画を一本見ただけで、
後は、ほとんど寝てました。
というわけで、
あっという間にJFKに到着。
かれこれ10回目のNYは、
旅行でもなく、
出張でもなく、
初めて訪れた大学生の時に感じた、
「将来ここに住みそうな予感がする」
という心のざわつきを現実にするため、
住むためにいざ入国。
過去に到着時の海外の空港で、
物の紛失、盗難あれこれの経験多数。
何度海外に行っても、
注意が散漫になる到着のドタバタ、
今回は1人だし、荷物も多いし、
あれ?どうすればいいんだっけ?と、
一瞬途方に暮れてみる。
まず日本の携帯は、
出発直前に成田で休止手続きをしたため使えない。
アメリカ用の携帯は、
現地に着いて、センターに問い合わせれば
すぐに使用可能になると聞いていたのだけど、
一向に使えるようにならない。
一応、初日から住む予定の場所の、
住所と電話番号を聞いていたので、
最悪何とかなるかと。
長蛇の列になっているタクシー乗り場に並ぶことに。
もう時間は日没直前。
タクシーに乗り込み、
タクシーのドライバー的には、
スーツケース3つのアジア人、
どっかのホテルだろうと思っていたようだけど、
僕が告げたのは、
あんまり聞き覚えのないストリートの住所。
本当にそこか?
と確認されながら、いざ出発。
地図大好き人間の僕は、
移動の時、
よく携帯で地図を眺める。
google MAPは大好物で、
ずっと見てても飽きない。
今いるところと目的地の関係も常にチェックできるし。
がしかし、
その、ここ何年もいつも頼りに頼ってた地図が、
見れない状態であることに気がつく。
すっかり外は暗闇。
まったく知らない今まで見たことがない
ニューヨークの景色の中を
タクシーは走っていく。
なんとなく事前にネットで、
住む場所の建物は見ていたので、
最悪は、ぐるぐるしてもらおうと思っていたけど、
車はどんどん人気のない地域に。
ここで降ろされても相当ヤバいなと思い出した頃、
それっぽい建物が目に入るが、
車はスルー。
あー、もうこのままマンハッタンに行って、
どっかのホテルに飛び込みで
泊まろうかなと思った時、
またそれらしき建物を通過。
多分アレかもと言い、
戻ってもらうことに。
目の前に着いたけど確信はない。
なぜなら、夜だし、
なんならここに住むのは
ちょっとチャレンジャーだな、、
という雰囲気。
でも、辿り着けないのはもっと想定外。
最後の最後の手段として
事前に用意しておいたカードを切ることに。
ルームシェする部屋のオーナーに、
電話も最悪できない状況なら、
運転手にクラクションを鳴らしてもらうと約束していたので、
鳴らしてもらう。
3分後、オーナー登場。
予感ビンゴ。
何とか一安心の到着となりました。
東京、渡米前最後の1週間。
ほんとうにお世話になった先輩2人から
ウェスティンの2泊をプレゼントしていただき、
大好きな街を最後に高いところから
一望させてもらいました。
そして渋谷駅の近くに移り、
夜はお世話になった方達や、
大好きな仲間と楽しい時間を
連日過ごしました。
準備もなんとか一応の段階までは終わりましたが、
ただ一点、
NYでの住居が、
まだちゃんとは決まってないということを除いては
あとは空港に行って、
飛行機に乗るだけとなりました。
さすがに大人として、
その住居問題はどうかと。
簡単な選択をして、
安易にホテルで何日か滞在とかもどうかと、、、。
最後の最後まで粘って探してみることに。
出発2日前、
NYのとある部屋のリースホルダーの方と
なんとか話がまとまり
安堵ともに空港に向かえることとなりました。
見送ってくれた高校の同級生たち、
空港まで送ってくれた会社の後輩たち、
嬉しかったです。ありがとう!!
そして、送別会などで沢山の方たち
仲間たちと会うことで、
背中を押して、また背中を叩いていただきました。
感謝です。
時間に限りがあったので、
会いたい人みんなに会うことはできなかったけど、
いつでも、どこでも、
心強くさせてくれる存在が、
こんなにも沢山いることをあらためて
強く思う機会になりました。
ほんとうにお世話になった先輩2人から
ウェスティンの2泊をプレゼントしていただき、
大好きな街を最後に高いところから
一望させてもらいました。
そして渋谷駅の近くに移り、
夜はお世話になった方達や、
大好きな仲間と楽しい時間を
連日過ごしました。
準備もなんとか一応の段階までは終わりましたが、
ただ一点、
NYでの住居が、
まだちゃんとは決まってないということを除いては
あとは空港に行って、
飛行機に乗るだけとなりました。
さすがに大人として、
その住居問題はどうかと。
簡単な選択をして、
安易にホテルで何日か滞在とかもどうかと、、、。
最後の最後まで粘って探してみることに。
出発2日前、
NYのとある部屋のリースホルダーの方と
なんとか話がまとまり
安堵ともに空港に向かえることとなりました。
見送ってくれた高校の同級生たち、
空港まで送ってくれた会社の後輩たち、
嬉しかったです。ありがとう!!
そして、送別会などで沢山の方たち
仲間たちと会うことで、
背中を押して、また背中を叩いていただきました。
感謝です。
時間に限りがあったので、
会いたい人みんなに会うことはできなかったけど、
いつでも、どこでも、
心強くさせてくれる存在が、
こんなにも沢山いることをあらためて
強く思う機会になりました。
10月25日
東京のマンション引き渡し。
前に住んだマンションは上京から10年、
次に住んだここが6年弱。
両方とも相当な思い入れがある。
小さい頃から自分の部屋をいじるのが好きで、
「世界で一番いたいところ」というのが
自分の部屋だった。
働きだして、
着替えと寝るだけに帰ることが増えても、
それは変わらなかったし、
むしろ、ちょっとの時間でも
安らいだり癒される空間にしておくことを
大切にしていたので、
自分の中での部屋への依存度が
相当に高かった。
そんな部屋ともお別れ。
実家へ荷物を運び、
荷物の整理がてら3日間、
再び地元で過ごしました。
そして東京に戻り最後の準備。
品川駅に降りた時、
戻る部屋がないという、
16年間当たり前だったものがない実感が
とても寂しく感じられました。
若い若い時に聞いたことがあります。
「女は人に恋をする、男は習慣に恋をする。」と。
20代の時、ちょっとわかるなーと思ったことがあるのだけど、
久々に似たようなことを思いました。
東京という街も好きだったけど、
東京という街でしていた生活が大好きだったんだと。
東京のマンション引き渡し。
前に住んだマンションは上京から10年、
次に住んだここが6年弱。
両方とも相当な思い入れがある。
小さい頃から自分の部屋をいじるのが好きで、
「世界で一番いたいところ」というのが
自分の部屋だった。
働きだして、
着替えと寝るだけに帰ることが増えても、
それは変わらなかったし、
むしろ、ちょっとの時間でも
安らいだり癒される空間にしておくことを
大切にしていたので、
自分の中での部屋への依存度が
相当に高かった。
そんな部屋ともお別れ。
実家へ荷物を運び、
荷物の整理がてら3日間、
再び地元で過ごしました。
そして東京に戻り最後の準備。
品川駅に降りた時、
戻る部屋がないという、
16年間当たり前だったものがない実感が
とても寂しく感じられました。
若い若い時に聞いたことがあります。
「女は人に恋をする、男は習慣に恋をする。」と。
20代の時、ちょっとわかるなーと思ったことがあるのだけど、
久々に似たようなことを思いました。
東京という街も好きだったけど、
東京という街でしていた生活が大好きだったんだと。


















