何なんでしょうね、restartって。
・・・・新しく生まれ変わる?物理的に無理?
・・・・新しい自分を生み出す?じこさいせい?
・・・・新たな第一歩を踏み出す?ぐっと前傾姿勢?
きっとこれ、全てが当てはまるのであろう。
考え方、方向性、性向、性格、向き合い方etc....
全てに於いて自分の根幹から木の枝や葉の一枚一枚まで
抜本的な見直しが必要となった、即ち、機能不全も同然の状態の自分。
それを自覚自認したからこそ、崖っぷちの際で踏ん張りを利かせ、
再び足場の堅強な場所を歩もうとする姿勢を持つことが出来たのかもしれない。
そもそもなぜ、断崖絶壁まで自ら身を追い込んでしまったのか?
以前の自分なら、誰かに無理矢理押されたり腕を引っ張られたり突き飛ばされたりして、
外的営力によりそのダークゾーンにいざなわれた、と自己正当化の一筋を奔走していたであろう。
しかし、それは大きな間違いだった。
初めてアメリカを旅する日本人が驚愕で目が点になるほど大きいマックのジュースカップくらい、
大きな間違いだった。
・・・・間違い?錯覚?
それ以前にそこも違う気がする。
わざと目を伏せようとしていたのかもしれない。つーかそうだ。
臭い物に蓋をする。ご都合主義。
その脆弱かつ不甲斐無い心が、アディクションとして表象化、
そしてその境遇を一身に受けるのは、自分以外の誰でもない。
外観が愛らしいからとアプローチしたジャイアントパンダが反旗を翻して獰猛な本性を発揮するほど、
行いが自分に立ち返ってくる。そして逃れることは出来ない。
ジャイアントパンダに「待て待て待て、ここは穏便に話し合いで解決しようではないか」と、
交渉しても奴らは血まなこになって豪放闊達な辣腕を振るってくる。否、褒めてはいない。
つまり、皺寄せはしっかり返ってくる。
そうなることが分かった以上、同じ轍を踏むわけにはいかない。
と、それは理想論で帰結することも有り得る。
というか自分次第で轍を踏んで叩き割って転がり落ちて暗黒の底無し穴に落下することも
有り得る。
自分次第。
気が付けたことは、幸運であると今は思う。
不幸中の幸い?違う。何かニュアンスが違う。
不幸とは、偶然と必然の二つの要素が絡み合って起こるべくして起きた情勢。
それは違う。
起こるべくなんて甘ったるいものでは決してない。
平たく言えば、自業自得。
だからと言ってアディクションに苛まれ続け、
アディクションに従順に屈する人生なんて真っ平御免でいヽ(`ω´)ノ
だからこそrestart
正しく生きる自分とは。
自分らしい自分とは。
生きやすい自分とは。
生きる道を歩む自分とは。
発見する、または構築する、
視界が開けてきたと同時に視点も定まった。
踏み出す勇気と謙虚さ、そして決断力、
行為・行動・言動で表し、自分に自信を持つ。
そして、一歩一歩力強く歩き出す。
これからだ(`・ω・)ゞ
restart
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