1991年に生産を終了した、メルセデスベンツのフラッグシップセダンW126、その中でもAMGチューンの
560SEL-6.0
その戦闘的なスタイリングは多くの「アーマーゲー仕様」
を生み出し、独特のエグゾーストノイズは現在のAMGに
受け継がれ、絶版から20年を経過してなお(見る人から見れば)魅力に満ち溢れています。
ほんと近頃めっきり見なくなりましたけど、今回の輸入車鑑定 でも試乗をして、改めてこのクルマの楽しさを再認識しました。
修復歴のチェックは比較的容易です。6リッターとは言え、クリアランスのある126のエンジンルームはフレームの視認性も容易です。
前周りが当たっているクルマは多いものの、サイドマーカーを外せばインサイドパネルの損傷も確認ができる造りをしています。
サイドとクォーター周りは、ウェザーストリップが固くて丈夫(こういうところにもお金がかかっているのがわかる)なので、容易に外して確認することは困難です。
機関で言うと、エンジンは若干オーバーヒート気味になる傾向があるので、上昇したときに正常に水温が下がるかのチェックは必要です。
エアコンはモデルチェンジ後のW140と違い、悪名高いエバポレーターからのガス漏れの心配はほとんどありません。
ATはロックアップ式の4速、耐久性には優れますが、このころの機械式ミッションは添加剤で滑りをごまかせること容易だったので、見極めは必要です。
さて、560SEL-6.0と言うと、印象的な商談があります。
時期は1998年ごろ、広島のお客様から買取の問い合わせを受け、電話のあったその日に新幹線で買取に向かいました。広島駅の北口で待ち合わせたM様という方で、身長180cm・体重100kgという体のいかつい方でした。M様は、フルサイズの輸入車と腕時計をこよなく愛する方で、言葉はバリバリの広島弁の見た目は豪傑、でも実はとても繊細で約束は何があっても(自分が損してでも)守るタイプの方でした。
試乗しながらM様の自宅に向かいましたが、良く整備されたコンディションの良い個体でした。
M様の自宅ガレージで車を鑑定しましたが、結果的に修復歴車、
右のサイドメンバーとインサイドパネルに修復歴があり、それを伝えた時のM様の落胆ぶりは僕も心が痛んだほどでした。当時は、事故車やメーター改ざん車も、時として当たり前に(買主は知らないままに)売られていた時代で、僕も何度となくそのような個体を買い取る機会に遭遇していました。
もともと説明していた金額から(修復歴があったために)7割ほどの買取額を提示するしかなかったために、「これは広島まで来て空ぶりかな」と内心思いました。あるいは、M様の風貌からも販売店に怒鳴りこむか?いずれにしても、買い取ることは難しいなと思いながらも商談を進めました。
結果は・・・?2時間後に、僕とM様は一緒にAMGで東京に向かっていました。商談を進める中で(当時は現行型だった)W140型Sクラスへの乗り換えを検討していたM様が、僕が所属していた会社に在庫であったアルマンダインレッドの600SELに興味を示されたうえで、「あんたなら信用できそうじゃ、今からあんたと東京に行くけえ」と言われたからです。
「事故車を売られた」という事実と遠方の業者に対する警戒心、僕も所詮は初対面の遠方の業者ですから、そんな言葉がもらえるとは予想だにしなかったで、その時のうれしい気持ちは今でも憶えています。
そのあと、M様のご自宅で夕飯をごちそうになり、広島の地酒をお土産に頂いたうえで、900kmの道をドライブしてきました。朝の6時頃に(途中我慢できなくなり海老名で30分仮眠し)田園調布に到着、朝食後に600SELの契約を頂き、新横浜までお送りしました。
納車の直前に僕が マーキュリーコロニーパーク が全損になるレベルの「もらい事故」で、代わりに当時の部下だったH君が納車に行ってくれました。(H君、今はI社長ですが、あの時はありがとね)そのあとM様とは電話では何度となく、時には別の買取商談の帰りに広島でお好み焼きを一緒に食べたりしました。
もう何年もお会いしていませんが、今でもお会いしたいな、と思い出すお客様です。


