酒田の朝は暑かった。しかし、古い木造旅館で迎える朝は、まさに幼少期に過ごした夏の祖母の家そのものだ。敷地前の道路を走り去る車の音を聞いていると、鳥取の東伯町で耳にしたあの懐かしい夏の静けさと重なり合っていく。

朝7時ちょうどに宿を出発し、朝の光が差し込む酒田港周辺をドライブする。

その後、港近くの海鮮市場にある「菅原鮮魚」へと足を向ける。最上屋旅館のご主人が「あそこがいい」と薦めてくれた店で、目当ての岩ガキを探すためだ。

しかし、店先で提示されていた特大サイズは、近年の物価高も手伝って1個1000円。

1ヶ月ほど前、茨城の那珂湊にある巨大な魚市場群で、特大の岩ガキが2個で1000円、大きな真ガキなら5個で1000円という破格の値で売られていたことを思うと……まあ、時代と場所の差と思えば仕方がない。それでも、旅の良き土産として買い求めることにした。

 

この日、酒田と飛島を結ぶ航路はあいにく欠航となっていた。空は晴れ渡り、海も一見すると穏やかで、気象アプリ『Windy』で確認しても波高は1メートル程度と出ている。それにもかかわらず運休となっていたのは、定期船「とびしま」の故障に伴い、九州商船から急遽借り受けて充当していた代船(シープリンセス等)での運航だったからだろう。慣れぬ日本海のうねりや船体の特性もあって、運航判断が通常より慎重にならざるを得ないのかもしれなかった。

 

酒田を後にし、国道112号から113号へと繋いで海沿いを走り、鶴岡のJA直売所へと向かう。

目的は、この時期ならではの「だだちゃ豆」だ。開店前から並び、行列のかなり前方につくことができた。しかし、開店のベルが鳴ってもすぐには飛びつかず、1分ほどその場に留まって地元の人々の動きを観察した。彼らがどの袋へ迷いなく手を伸ばすのかを見極めるためだ。

だだちゃ豆の発祥であり、本場とされる「大泉」地区産のものが良いという話を聞いていた。大泉地区は名峰・月山からの清らかな伏流水と、昼夜の寒暖差が大きい粘土質の土壌に恵まれており、豆に凝縮されるアミノ酸や糖分の乗りが他とは一線を画すからだ。地元の熟練たちが狙いを定めるのを見届け、「これだ!」と確信した大泉産の2袋をかごに入れて買い求めた。

 

そこから再び日本海東北自動車道を酒田まで北上し、道の駅「鳥海」にあるヤマサ鮮魚の店頭で岩ガキを味わう。

産地ごとに細かく値段が分かれており、新潟産と地元・吹浦(ふくら)産を1個ずつ買い求めた。合わせて1300円。市場の価格に比べれば、実に良心的な設定だ。身を口に放り込むと、濃厚な磯の香りとミルキーな旨味が口いっぱいに広がった。

ここからはひたすら高速道路を走り、信号のない笹川流れのワインディングを経由して、ラングラーの燃費記録に挑戦する。

 

しかし、この日はあいにくの微弱な向かい風。特に鶴岡へ向かう区間で燃費計の数値が全く伸びず、期待外れな展開が予感された。

結局、上越まで4時間30分をかけて走り抜いた結果は、11.8km/Lにとどまった。

もっとも、ラングラーは給油口から燃料タンクまでのパイプが細く、満タン法自体の精度にも疑問が残る。次回は10月以降、風がなくエアコンをかける必要のない冷涼な日を狙い、白馬から糸魚川、酒田に至る350キロのルートで再び燃費記録に挑戦しようと心に決めた。

 

旅の最後、上越にあるジョーシンへと立ち寄る。

今年最後となる鉄道模型の買い物として、KATOの「EF65-500 特急色」を購入し、車内に収めた。

こうして、晩夏の恒例行事である庄内への旅は終わりを告げた。遠い日の残像と、夏の終わりの静けさを車窓に抱きながら、私は我が家への帰途に就いた。