春花をドックハウスへ送り届け、青函フェリーの乗り場までは車でわずか12分。函館とは、船乗りとその家族にとって何とも便利な街である。

 

乗船券は事前にインターネットで購入しており、支払額は12,000円であった。しかし、窓口の料金表に目をやると、そこには24,000円とある。この倍近い二重価格の仕組みはいったいどうなっているのだろうと、乗り物好きの悲しい性でつい首を傾げてしまう。

20時30分発の「あさかぜ2」は、2022年に就航したばかりの新しい船であった。

青函フェリーはドライバー室も一般客に開放されているため、今回はそこに運搬を委ねて横になることにした。いつもなら出港の際、デッキに出て長い間海を眺めるのが常であるが、すでに外は暗い。

心地よい疲労のせいか、今夜ばかりは船舶無線16チャンネルをワッチ(傍受)する気力もどこかへ消え去っていた。

 

次に目を覚ましたのは、青森港への到着を告げる船内放送であった。下船後、インターチェンジ近くのホテルへ滑り込み、わずか4時間半ほどの仮眠をとって、翌朝5時には再び出発した。黒石、平川を経由して国道7号線へ入り、日本海側をひたすら南下して山形県の鶴岡を目指す。

鶴岡に立ち寄ったのは、4月に自家焙煎珈琲店「コフィア」のマスターと交わした「次回はラングラーで来ます!」という約束を果たすためであった。車を止めると、マスターは私の来店を察知して店外へ飛び出してきた。開けた助手席側の窓から身を乗り出し、車内をまじまじと観察している。同じラングラー乗りというだけで、男たちの距離はかくも縮まるものか。深い味わいのマンデリンとウインナーコーヒーをいただき、30分ほどの濃密な時間を過ごして店を辞した。

 

近くのコンビニの駐車場に車を止め、春花との「個人面談」の結果を忘れないうちにと、長野で待つ妻へ詳細を報告した。音声入力の文字起こしなど、こういう時にこそ現代のAIは実によく活躍してくれる。

日本海東北自動車道を経由し、いったん新潟フェリーターミナルに立ち寄った。初日の下船時に忘れてしまったクレジットカードを引き取るためである。小樽で気づいてすぐに連絡した時には見つからなかったというが、何はともあれ無事に戻ってきて胸を撫で下ろした。

その後は寺泊、出雲崎の海岸線を抜け、西山インターチェンジから再び高速道路へ。

柿崎で降りて一般道に入り、板倉の馴染みのガソリンスタンドで今回の旅の最後の給油を行った。計器の燃費計は100キロメートルあたり7.4リットル(リッター約13.5キロメートル)を示していたが、満タン法による実際の計測結果はリッター12.9キロメートル。

念願の13キロメートル台の大台には惜しくも届かなかった。しかし、この屈強なラングラーが長距離ドライブにおいて、いかんなく省燃費性能を発揮することが証明されただけでも大収穫である。

 

振り返れば今回の北海道行きは、わがラングラーの本格的なテストドライブであり、同時にプロの船乗りとして歩み始めた春花の個人面談としての性格が強い、極めて特別な旅行であった。

 

気がつけば、道内だけで約1,800キロメートル、総走行距離は2,500キロメートルを超えている。来年はまた、かつてのようにバイクで北の大地を目指すのだろうか。それとも、あの船上のグリルへ家族全員を連れていく旅になるのだろうか。

中村家の旅の時刻表には、まだまだ新しい路線が書き加えられそうである。夕闇が迫る信州の山並みが見えてきた。