私は、あんまり物事を深く考えたりしなくて
本当にいやな時はいやだって言ってしまうし、
我慢を知らない性格だと自他ともに認める、そんな身勝手な人間です。
でも、私自身そのことを卑下したこともないし
それはそれで、そんな私にも私だけのいいところがあって
それは自分自身がわかっていなくても
周りにいる人たちが私の良さをわかってくれていれば
私っていう人間がただ、身勝手でわがままな生き物だけじゃないんだって
わかっていてくれればそれでいい。
今でも、そう思っています。
私の知り合いに心の病におかされた人がいて
久々にその人が連絡があって
それまで私は、その人にどうやって接していいかわからなかったし、
関わることから逃げていたのかな、あまり連絡を取ろうとしませんでした。
病気と断定される前の、彼の最後の悲鳴だったのに、
あたしは連絡を無視してしまったのです。
久々にその人から連絡がきて、
風の便りにその人が心の病におかされているとは聞いていたので
内心ちょっとドキドキしました。
内容は依然話したかったことと、今の現状について。
特にポジティブな言葉もないし、ネガティブな言葉もない。
今どんな生活をしているとか、具体的なこともなかったです。
それはメールという形で連絡が来たのですが。
そんなときって、言ってはいけない言葉ってあるんでしょうか?
無理やり明るくさせてはいけないとか、
そんなことしか知識はなかったです。
でも、私思うんです。
人の気持ちにマニュアルがないのと同様に、
その解決策にもマニュアルはいないんじゃないかって。
私は臨床心理学を学んだわけでもないし、
大学で少しだけ心理学を学んだだけで、
そのことは私の生活になんら役には立っていませんが、
私がポジティブに生きるための糧にはなっていると思うのです。
ひたすら自分が落ち込んだ時、
ひたすら自分がもう駄目だと思った時、
誰か助けてほしいに違いないですよね。
べつに、気を使って励ましてほしいわけじゃない。
だからって、気づかないふりしてそっぽ向かれたくない。
ここに今落ち込んでいる自分がいるんだよっていうことを、
身勝手なりに誰かに気が付いてほしい、人間ってそんなもんでしょう?
結局私は、なんて言えばいいかわからずに、
なんでも言ってくれたらいいからね
と一言返しました。
その言葉の責任をこんなに感じたことが今まであったかな。
でもね、
結局思うことは
相手が病気であれ、健常者であれ、
私たちが放つ言葉は本当にナイフにもなることがあるんだなっていうことを、
何となく改めて感じた気がしました。
だから日ごろ、何気なく放つ言葉には
いつも心をこめて話したい。