今日は、令和7年11月22日。快晴で、絶好のガイド日和であった。今日も前回と同じように折り鶴や戦争放棄をするためのミニ箒を観光客に配った。警備員と少し揉め事が起きてしまったが、何とか何事も無く済んだ。ガイドは若干危険と隣り合わせな事でもあるんだなと痛感した瞬間であった。

 

そして、被爆瓦を触ってもらったりして、原爆の恐ろしさ(熱線による被害)を感じてもらった。Yさんが原爆ドーム側に行ってガイドをしたり、作者も同じくガイドをした。原爆供養塔、韓国人原爆犠牲者慰霊碑、原爆の子の像、平和の灯(ともしび)、原爆慰霊碑、被爆アオギリ二世、被爆遺構展示館の説明をした。そして最後に祖父の実体験を少し聞いてもらった。それから、彼ら(作者がガイドしたインド人)は一旦原爆資料館に行った。最初に会った場所で写真を撮ろうという約束をした。午後2時頃には、広島市を出発して、尾道市に行くとの事だった。午後2時半になっても、戻って来なかったから、作者は「(最後に一緒に写真を撮る事を)忘れたんだな、もう広島市を出発したんだな」と諦めかけていたとき、戻って来てくれた!!

こうして、自分の平和への思いをくみ取ってくれた。ガイドの概要をPDFで作ってみた。(インド人のメアドを知ったため、夜に説明したモニュメントについてのPDFを作成して、送っておいた)今日は、よく折り鶴とミニ箒を渡したり集合写真を観光客と一緒に撮ったりした。