アセンションの軌跡

アセンションの軌跡

アセンションについての記事を時々書きます

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魂に花が咲くとすればどうすればいいか、時折そんなことを考えている

秀吉なら咲かせてみせよ

家康なら咲くまで待とう

そんな感じか

真理探究においては、他人の説く道も非常に勉強になると私は思う

上野公園氏の人に内在する良心神

2年前はこれに惹かれていた

しかし今はそれほどではない

上野公園氏は、人間はいと小さき者と説きながら高い割合で自分の凄さを語る。上野公園氏よ、あなたは人間ではないのか?

上野公園氏信者のマトメノフミでも思ったことがあるが

私がいつだか記事にした部分に、他人に悔い改めを説くならば、もし自分が間違っていた場合

弥勒の世に入れてもらうために頭を下げられるのか?と

彼は私のブログを見たわけではないだろうが、彼はもし自分が間違っていたら信じてくれた方のカルマを背負って破砕されても構わないと書いていた

その覚悟があるのは当然だろう

だが私の知りたいのはそこではない、もし人間が対等なら、そこに来るべきは

もし自分が間違っていたら、間違えを悔い改めて弥勒の世に入れてくれと

頭を下げられるかだ

創造神が悔い改めない人間を裁くのなら

全ての民を悔い改めさせてこその救世主

私は正義心とは無縁な人間だと自分では思っていたが、全ての民を弥勒の世に連れていくのが当然だと、人間を裁くのなら俺が相手になってやるだの

何日か前に守護神に

それを正義心と呼ぶのだと諭されてしまった

そう言われればそうなのかもしれない

私の守護神は真田幸村と武田典厩だが、真田イヤーもそろそろ終盤である

自らの力でら咲かせることができぬと悟ったが故に、咲くまで待とう

これが私の道か