パダムパダム Padam Padam
エディット・ピアフ Edith Piaf
このシャンソンは、ウクライナ出身のユダヤ人、ノルベール・グランツベルク(Norbert Glanzberg)が作曲した。
ノルベ-ルは、1910年にオーストリア・ハンガリー帝国のロハティン(現在のウクライナ)で生まれ、ポーランドで育ちました。ユダヤ人であったため、1933年、ナチスの迫害を逃れてフランスに亡命した。そして、1940年、ナチス・ドイツの影響力が少なかった南フランスで、エディット・ピアフとの運命的な出逢いをしたのだった。
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ところで、薩摩忠は「パダムパダム」を「足音」と歌詞に書いているが、岩谷時子は「くちづけの音」と書いている。原詞を読む限り、そのどちらでもないと思われる。
フランス語の "Cet air" は「その歌の節」という意味で、それがいつも自分に付きまとって来るという歌詞になっている。その歌の節が私が話す前に頭の中で聞こえてきて、話ができなくなる。私を追いかけて来る。そして、その一節は、「愛を思い出せ」と私に語り掛ける。
精神的に少し病的な感じ、つまり何かに追い込まれた人の心理を歌っているのだ。
そして、その不安や追い込まれた感覚は、戦争がもたらすものであるに違いない。
ノルベール・グランツベルクは、パリ解放の1945年まで強制収容所に連行されず、命を落さずに生き延びた。それは、ピアフやモーリス・シュバリエら音楽仲間の支援があってのことだった。